続きです。
冷たい雨が降る夜だった。
お母さんは付き添いで病室に泊まっていた。
その前の日からばあちゃんはほとんど話せなくなり、耳元で呼びかけると目尻の皺の間から、すっと水滴が流れた。
どういう意味の涙なのか、私にはわからなかった。
それを見たお母さんがぎゅっと顔を押さえて病室から出て行くのに、ばあちゃんは気付いていたんだろうか。
私とお父さんが二人でお弁当を食べて、ようやく眠りに着く頃に、電話が鳴った。
嫌な響きだった。
私たちは無言のまま車を飛ばし、病院に向かった。
その夜、薄いベッドに横たわったばあちゃんは、私を悠々とおぶったり、子どもに混ざってかけっこしていたばあちゃんじゃなかった。
一日で人間はこんなにちいさくなるのかと、ぼんやりと思った。
頬は浅黒く、痩せて、鼻や腕にチューブを沢山くっつけて、なんだか壊れたロボットみたいだった。
目は薄く開き、犬のようにまっ黒の乾いた瞳がそこから覗いていた。
もう、光が見えていないんだとわかった。手のひらをそばに近付けないと判別できないくらいの息遣いと、私が思っていた以上に皺だらけになった小さな顔を見ていたら、立っていられなくなった。
次の日の朝早く、ばあちゃんは死んだ。
看護婦さんがびっくりするほどの多く人が、ベッドを囲んでいた。
おじさん、おばさんや、いとこの中学生、高校生、東京から駆けつけたお兄ちゃんが、声をあげて泣いていた。
お母さんも、ベッドにしがみついて泣いていた。
みんな、ばあちゃんが愛してきたかつての子どもたちだった。
葬式。
お棺のふたを閉める時、「お母さん、ごめんね。お母さん、ごめんね」と叫ぶように泣いているのは、私のお母さんだった。
自分の母親が、一人の女性であることに気付いたのはこの時だったかもしれない。
私は何もできなかった。
ただただその肩を撫でているだけで、何も言えなかった。
ばあちゃんはよくビデオカメラで、子どもたちを写していた。
実家に帰れば、カタカナ混じりの文字で書かれたラベルのビデオテープが沢山ある。
でも、当り前だけれど撮影している本人はほとんど映っていない。
毎日つけていた家計簿を読んでも、その日天気や採れた野菜、孫からきた電話の内容ぐらいしか書かれていなかった。
火葬のあと、熱い台の上に残っていた白い粉は、小さな小さな壺にきれいに収まった。
葬式が終わって一段落して、みんな気の抜けたような顔でばあちゃんの家を片づけていると、庭の端に生えたやせっぽちの桜の木が、白い花弁を惜しみなく散らしていた。
ひとつの命が消えても、春の日は暖かくて、穏やかで、まるで悲しみなんてこれっぽっちもないかのように、空は澄んでいた。
ばあちゃんは一体何を残したのだろうか、何も残さなかったのだろうか。
何も残さずに、安心して死んだのだろうか。
「何も残さないで死ぬなんて、誰にもできない」
「何も残さないで、それで安心して死ねるだなんて、見当違いだよ」
私の口から出てきた声は、予想以上に大きく、そして震えていた。
彼女は、ちらりと私の顔を見た後、テーブルの木目を指でなぞった。
「ごめんね」
「いや、私の方こそ急に怒鳴ってごめん」
私がそう言ったあと、黙り込むのを見て、彼女は首を傾げた。
「知ってる?」
「何が?」
「あなたの声って、そんなに大きくないんだよ」
「え?」
「だから大丈夫だよ。私はこわくないよ」
「そう」
私は少し面食らった感じで、持っていたグラスのお酒を一気に飲んでしまった。
ざわめく居酒屋の空気は、テレビの砂嵐みたいに私たちにかまわず、ただそこにあった。
生きていると、世の中がみんな裏切り者に見えることがある。
人の気も知らないで! なんて目をむきたくなることもある。
肋骨の奥の方がじくじく痛むほど辛いことがあっても、それでも日常は待っている。
私たちはそこに戻らなきゃいけない。
足踏みすることなく、人の歩調に合わせて歩かなきゃいけない。
長縄飛びみたいに。タイミングを外さないように。
死を通して学んだなんて、美化することはできないし、その人の分まで精一杯生きようとかそんな大きな口は叩けない。
でもひとつ分かったことは、無情にも変わらない単調な日々に慰められることもあるってことだ。
もし私の気持ちに同情して世界中の人々が泣いてくれたら、それはそれで心に響くだろう。
でもそれじゃあ人間は立ち直れない。
不条理な現実は麻薬みたいに、私たちから鋭い痛みを取り去っていくんだと思う。
鈍い痛みは時折疼く。
忘れようともがいて、逃避しようと走って、そうやって生きていく。
それでも生きていかなきゃいけない。
居酒屋を出ると、外は涼しかった。
「ばいばい」と私たちは別れ、それぞれの家に帰った。
不思議な夜だった。
もうすぐ学校が始まる。秋がやってくる。
そして冬がやってきて、春にはあの小さい町に帰るんだ。
私はすこしでも大人になったのだろうかと、化粧の崩れた顔を鏡に映す。
ちょっと老けたかな、と落ち込んで、そうでもないさと言い聞かせてみる。
そうでもないよ、と誰かが答える。