■宗教との出会い
ハスラー生活を続けた後、ショーティやソフィアらと組んで強盗を始めたマルコムは、ついに刑務所へ入ることになる。
これが彼の人生の分岐点ではないだろうか。
刑務所での生活の中で、はじめのうちは看守に悪態をつくばかりか、聖書と神を罵倒し、すすんで孤独になることを望んだ。
しかしビンビイという囚人に出会い、ビンビイがマルコム自身の知的才能を気付かせたことで、マルコムの行動は変化していった。
マルコムがビンビイだけに心を開いたのは、ビンビイが宗教を論じ、当時マルコムが持っていた無神論哲学を論理的に説明してしまったからである。
それまで神を罵倒して、「悪魔」と呼ばれていた彼にとっては、初めて暴力や軽蔑の言葉以外の手段で諭された体験だったのだろう。
この出会いは、彼が後に、宗教に関わるようになるきっかけのひとつとなったと考えられる。
その後、マルコムは兄弟から「黒人本来の宗教」とされるブラック・マスリム(黒いイスラム教徒の意で、後のネイション・オブ・イスラム)の指導者であるイライジャ・ムハマッドの教えに触れる。
その時、マルコムの弟であるレジナルドは「兄さんは自分が誰であるか、わかってさえいないのだ」 とマルコムに告げた。
マルコムはそれまでの経験や出会ってきた白人たちを思い返し、「全歴史を通じて『悪魔の白人』はその悪魔的本性からして、白人ではないあらゆる人種を略奪し、殺戮し、凌辱し、搾取していた」[ii]という思想を受け入れた。
これは彼が出所後ブラック・マスリムの牧師として説くことになる思想である。
マルコムはこうして黒人としての劣等感から脱し、エスニックアイデンティティを手に入れた。
■ブラック・マスリムとしての活動
マルコムは出所後、ムハマッドから「X」の名を貰い、改宗し、ブラック・マスリムの一員として布教活動に専念することになる。
経験で培った洞察力と演説能力、潜在的な才能が手伝って、彼が教団での地位を築くまでに長い時間はかからなかった。
彼が教団で活動していた頃の思想は、ムハマッドの教えに沿ったもので、彼は自分を悪の世界から立ち直らせてくれた救世主であるムハマッドの教えを信じ切っていた。
つまりこの時点での彼の思想は、ブラック・マスリムによって形成されたものであるため、マルコム自身の思想とは言い切ることはできない。
しかし、彼の演説には特徴的だった部分がある。
批判の対象が白人だけではなく、穏健派の黒人指導者たちや、劣等意識をもった黒人たちも含んでいたことだ。
これは彼がスラム街で生活し、彼もまた劣等意識を持った黒人のひとりであったからで、「融合では黒人問題は解決できない」というのが彼の信念にあたる部分ではないだろうか。
また、マルコムは演説の中で、「白人のアメリカ」と述べたり、キリスト教や民主主義は400年もの間、白人による黒人への犯罪を許してきたものだと指摘していることから、マルコムが「アメリカ人としての自己形成」は望んでいないことが分かる。
やがて、ブラック・マスリムの代表的存在として全米で注目されるようになったマルコムに対して、教団からの反発が生まれはじめた。
そしてムハマッドが女性問題を起こし、マルコムのケネディ大統領暗殺についての発言が問題になったことで、マルコムは教団を離れることになった。
後にマルコムは、教団からの暗殺者が送り込まれていることを悟る。
個人的に大衆の前で活動するようになっていたマルコムにとって、これまで教団のメンバーとして貫いてきた絶対的な「白人への憎悪」の教えは、すでに疑う余地のあるものへと変化していた。
注
[ii]アレックス・ヘイリー著、浜本武雄訳「マルカムX自伝」(河出書房新社)昭和49、p108
