わたしの愛するマルコムXについて、書きたいと思います。
レポートに書いたものを修正加筆した記事です(もう時効だと思うので……)
激動の50年末~60年代を飾った黒人のひとり、マルコムX。
彼の生涯と思想についてせまる上で、見落とすことができないのは彼の自己認識と社会の彼に対する認識のギャップ。
マルコムX と聞くと、黒人運動の代表的人物であるキング牧師とは対極の存在で、暴力を肯定した過激な黒人指導者というイメージが先行する。
果たして本当に彼は過激な黒人指導者にすぎなかったのだろうか?
39年という短い期間ではあるが、彼の思想を揺るがす事件や出会いは実に多く、マルコムXという人物を知るためには、その思想の変化を追っていく必要がある。
※キーワードは『アメリカ人とアイデンティティ』と『黒人としてのアイデンティティ』
■幼少期
1925年、マルコムXはマルコム・リトルという名で、ネブラスカ州オマハに生をうけた。彼の父はマーカスガーヴェイを指導者とし、アフリカに黒人国家を作ることを目標に掲げ、「アフリカに帰れ」というスローガンを持つUNIA(世界黒人向上委員会)の熱心な活動家であった。(後にKKKによって残虐に殺される)
また彼の母は、白人の強姦によって生まれたため、白人に近い肌の色であった。
両親にとって4番目の子供として生まれたマルコムは、幼少から父親の自分に対する態度が、ほかの兄弟とは違うことに気づき、そこで初めて「色」が自分の待遇を左右していたことが分かる。
彼は兄弟の中でも一番白かったのだ。
これらの環境は、彼が自己認識する上で「色」が最も重要になり、晩年まで「色」に取りつかれる原因なのだろう。
アメリカ社会の黒人としてのアイデンティティーが芽生えたのは1934年、マルコムが8歳の時だと考えられる。
マルコムの家庭は父親の死に重なるように、社会全体の不況の渦に飲み込まれて、経済的な危機が訪れていた。
マルコムは、経済的な貧しさが彼の家庭の心理にまで及び、プライドを蝕んでいく様子や、周りの白人たちの自分に対する振る舞いから社会の中の自己を発見する。
他人の目に映る自分には、父親の活動や死に方が投影されていることに気づいたのだった。
マルコムはその後、白人の中産階級の家庭へ養子に出され、そこでは自分がまるで存在しないかのように、また、ペットとして見られているように感じながら過ごす。
■少年期
やがてマルコムはボストンへ引っ越す。
そこでショーティという黒人に出会い、縮れた髪を伸ばすためにコンク(縮毛矯正のようなもの)をする。
また黒人のガールフレンドをから離れ、白人女性のソフィアと付き合うようになる。
「黒人は『劣等である』――そして、白人は『優越である』と思い――また、黒人は、白人を基準にして『美しく』見えんがために、神の作り給うた肉体を、敢えて汚し、不具にするように信じこまされ、洗脳されているアメリカの多数の黒人の男女のひとりで、私はあったのだ。」[i] と後に述べているように、彼の心の中にはまだ白人ヘの憎悪は芽生えておらず、黒人としての誇りも持っていなかったことがわかる。
さらに言えば白人ヘの憧れをも抱いていたと考えられる。
彼が白人に対して軽蔑や諦めを感じるようになったのはハーレムでの生活が深く関わっているように思える。
ハーレムでは、ボストンで学んだポン引きの仕事や、麻薬取引、窃盗など数々の悪行をこなした。
マルコムは性の取引に関わり、白人と黒人は互いを性の対象としてしか見ておらず、同じ人種相手にはできない行為や欲求を満たすことを求めているとわかった。
そういった人種間のやりとりには全く人間としての敬意が払われていないことを悟ったからだ。
◆参考文献
アレックス・ヘイリー著、浜本武雄訳「マルカムX自伝」(河出書房新社)昭和49年発行
[i] 同上 42頁
