一昨日の朝のこと。
またナナを病院に連れて行った。
胸水検査の結果、癌性の物質が見つかり、今後の治療の方針を…と話してくださる先生の話がほとんど入ってこなかった。
ナナちゃんは息が荒いので、酸素室のレンタルをすることもできます…
そんなことも話してくださったが、今後の治療も、酸素室も、そんなの間に合わない。
この2、3日のうちにきっとナナは遠くに行ってしまう。
ハチとゴンを見ていたから、認めたくないけど、わかっていた。
癌であることがわかり、今からこれこれの治療をすれば完治が見込めますとかそういうことなら、やれることをなんでもやるであろう。
しかしながらこの段階においては、癌であろうとなかろうと、ナナがもうそんなに生きられないことに変わりはないのである。
ため息しか出なかった。
昨日は、朝起きてすぐにナナの様子を見に行くと、やはり具合が悪そうで。
身を横たえて、息は相変わらず荒かった。
この数日やはり夜はあまり寝られず、如月も妻もちょこちょこ起きては、ナナの様子を見に行っていた。
起きるたびに寝床を覗き、ナナのお腹が動いていることに安心する毎日。
朝起きてすぐに、
「この2、3日、いられるだけナナのそばにいてあげよう」
と決めた。
最期を看取るのはつらい。
ハチのときもゴンのときも、最期苦しそうにしているのを見て、頭がおかしくなりそうになった。
でも、それが15年以上一緒に過ごした相棒への最期の礼儀のような気がした。
そこで、まずは近所のスーパーで食料を買ってくることにした。
そうすれば、外に出ずにナナといられる。
ナナは苦しそうではあったが、お腹の動きを見る限り、今すぐにどうこうという感じではなかったので、行くなら今だと思った。
買い物が終わって帰ったら、カラダを拭いて、敷物をきれいにしてやらないとな。
ナナは今自力でトイレに行けないから、気持ち悪いのは嫌だろうからね。
あ、あと、薬とちゅ〜る、お水も少しあげようねえ。
そんなことを妻と話しながら、およそ30分後だろうか、買い物から帰宅すると。
すでに、ナナは事切れていた。
苦しそうに上下していたお腹は、全く動かなくなっていた。
うそだろ…。
泣くとかそういうのではなく、呆然としてしまった。
ハチのとき、そしてゴンのときも。
検索して調べて、自分でやったことだから。
猫の死亡確認だけは妙に慣れてしまった。
おろおろしていただけのハチの時と違い、慣れたくもないのにこんなことに慣れてしまった自分が情けなかった。
ナナの瞳は、光に対して何の反応もしてくれなかった。
ナナを看取ることができなかった。
そんな後悔と。
ようやく、ナナは苦しい思いから解放されたのかという安堵。
自分に都合のいい考えすぎるのだけど。
ナナは、本当に手のかからないねこだった。
そして、ハチのときもゴンのときも、最期のときに如月が大騒ぎしているのを知っていた。
如月にまた、あんな思いをさせるのがしのびない。
だったら、如月がいない今のうちに、向こうの世界に行きましょう。
だからもう、泣かないで。
パパさんの泣いている顔は見たくないのです。
そんなことを考えてくれたのかなと思ってしまう。
それぐらいの気遣いは簡単にできてしまう、そんなねこだったよな、君は。
だって、おかしいでしょう。
あんなに何回も、寝ているときに見に行ったのに。
在宅で作業しているときも、折に触れて様子を見に行ったのに。
なんで、買い物に少し行っている間に。
気遣いしてくれたんだと考えなければ、オレがバカみたいでしょう。
バカみたいでしょう…。
夏場は、いくらエアコンをつけているとはいっても、遺体の傷みがはやいと聞いた。
だから、今日は本当に暑い日であったが、ナナの火葬をお願いしてきた。
なるべくなら頻繁に来たい場所ではないのに、1年も経たずもう3回目である。
お得意さまみたいになっていて情けなくなってしまう。
数日後、粉になったナナを引き取りに行く。
これもまた、いつものことになってしまった。
帰りに、本当になんとなく、とぼとぼ歩いていて、ショッピングセンターに入った。
少し涼を求めていたんだと思う。
吸い込まれるように、ペットショップのショーウィンドウを覗いていた。
「ねこちゃんにストレスを与えるので、ガラスをたたかないでくださいね」
でかでかと書いてあるガラスの向こうで、2匹の子ねこがじゃれあって遊んでいる。
ガラスに貼ってある情報によると、1匹はマンチカン。
もう1匹は、
アメリカンショートヘア。
ナナと同じ種類だった。
色は違うけど、よく見慣れた模様のねこだった。
2020.6.20生まれ
的なことが書いてある。
まだ生後2ヶ月とかなのかあ。
若くて、うらやましくなった。
当たり前だけど、うちのナナだって、15年前はこんなに小さくて、元気だったのである。
昔の、うちに初めて来た頃のナナを思い出して、なんかいろんな感情が渦巻いて涙が出そうになった。
たまたま会ったねこだけど。
「長生きしろよ。いい飼い主さんに見初められて、楽しいストレスフリーな毎日を送って。
本当に、本当に、長生きするんだぞ。」
心の中でエールを送らずにはいられなかった。
だって、如月とナナだって、出会いは本当にたまたまだったんだから。
なのに早速。
頭の悪そうな子供が近づいてきて。
「こっち向けー、こっち!」
と、ガラスをバンバン叩き始めた。
ガラスになんて書いてるかわかんねえのかこのガキ。
たった今、ストレスフリーな毎日を望んでいる怖いおじさんが後ろにいるんだぞ。
「止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ」
後ろから念ずる。
しばらくガラスを叩いていた子供が、ふと気配を感じてこちらを振り返った。
目があった瞬間。
この世のものではない化物を見たようなゾッとした顔をして、その場から後ずさりして逃げて行った。
よっぽど怖い顔だったんだろうなあ、如月って人は。
こんな、ガキみたいなオレと、一緒にいてくれてありがとうな。
今、ショッピングセンターの椅子に座り、なんか動けなくなり、ナナのことをずっと考えています。
淋しいなあ。
ナナ。