実家から突然着信が入っていた。
実家とは数週間前に電話で大喧嘩(もちろん猫の件)をしているし、「誰々が亡くなった」みたいな話だったりすることもあるので、如月に緊張が走る。
話をしてみると、「東京に住んでいらっしゃる従兄弟のHさんから如月に連絡があった」ということらしい。
「こちらはHさんの連絡先を知らないので、親戚の誰々に連絡をして携帯番号を聞くように」との話である。
先輩のネタを拝借して言うと、
「ちょっと何言ってるかわかんない」。
そのHさん本人から電話がかかってきてるのだから、そのときに電話番号をなぜ聞いておかなかったのかという、両親アホ疑惑が持ち上がる。
ただ、そんなことはどうでもよかった。
Hさんの、如月へのご用件というか、ご伝言が大変にありがたいものだったので。
「猫を引き取りたい」というお話だった。
如月は遅い子供だったので、従兄弟といっても歳が離れていて、子供の頃に遊び相手をしていただいた記憶がある。イケメン2人兄弟である。
今回ご連絡をくださったのはお兄様の方だ。
たまに叔母さまと一緒に、ご兄弟で青森に遊びにいらしてくださった。
一人っ子で歳上に遊んでもらったこともほとんどなかったので、あちらはご迷惑だったろうけどこちらは楽しかった(笑)
お帰りになったあとに少年ジャンプが残されており、コロコロコミック世代だった如月に、
「こいつ…大人だ…!!」
と思わせた。
一緒に風呂に入ったことがあり、そのとき如月はまだ小学生だったわけだけど、
「こいつ…生えてやがる…!!」
と、男としての敗北感を味わわせた。
如月が中学の時にお美しい奥様とご結婚され、親父の長ったらしい乾杯の挨拶、お袋の、上手すぎる歌は周りを引かせるということがわかった歌、そして冴えない中学生の下手くそな手品という、今考えると如月家の恥を振り撒いたような披露宴のことを思い出し、お腹が痛くなる。ほんとすみません。
高校の頃にご夫妻でちょっとだけ青森に立ち寄ってくださり、そのときには高二病を患っていた如月はドヤ顔で不味いカクテルをふるまい、きっとお二人は辟易していたことだろう。さらにお腹が痛くなってきた。
今は可愛いお嬢様もいらっしゃり、もう中学生になられたという。
以前お嬢様に会ったのは小学校3年とかだった気がするので、如月もオッサンになるわけだこりゃ(白目)
…話を戻す。
親からもう一回電話がかかってきて、さすがにHさんの連絡先を聞いてくれたらしいので、仕事後にお電話をさせていただいた。
実は如月のブログをずっと見ていてくださっていたらしく、一連の猫の話を読んでご連絡をくださったとのこと。
困っている如月の力になろうと思ってくださったのだ。
お電話をしたのは夕方だったのだが、恐ろしいぐらいに話がトントン拍子に進み、21時頃にご家族3人でわざわざ如月家までおいでくださった。
Hさんご一家はずっと猫を飼っていらっしゃったのだが、昨年その子がお亡くなりになったと。
このタイミングで、従兄弟が猫を保護してきたということに何かしらのご縁を感じてくださったとのことだった。
実は、今回猫を保護したときに、里親として如月の頭にHさんのことがよぎった。
ただ、ずっと連絡をしていないのに、久しぶりの連絡の内容が「猫を飼いませんか」ってのもどうなんだと思い、連絡を躊躇していた、というか、できなかった。
あちらも同じ思いだったようなのだが、一念発起してご連絡をくださったのである。ありがたいことこの上ない。
そして、如月にとって、最大の嬉しい誤算があった。
「如月がよければ、仲がすごくよいようなので、2匹とも引き取りたい」とおっしゃってくださったのである。
このお申し出は本当に嬉しかった。
すごく仲が良い二人なので、本当は離すのは可哀想に思っていたから。
如月家で話をしているときも、皆さんずっと猫のことを構ってくださり、猫が好きということ、大事にしてくれそうなことがすごく伝わってくる。
そして、親族が引き取ってくれるなんて、こんなに安心なことはない。
トラブル続きだったけれど、ここに来て、最良の形で話が大団円をむかえられそうである。
まさにこれが「急転直下」ということなのだろう。
最後まで、本当に大丈夫なのか、2匹とも持っていっていいのか、とこちらのご心配をしてくださった。
如月が仔猫のことを可愛がっていたのをブログでご存知だからである。
もちろん、寂しくないといったらウソになる。
でも、2匹一緒に引き取ってくれるなんて、彼らにとってこんな幸せな話はない。
如月家での最後の写真である。
ケージも、仔猫の匂いがついた敷物も箱も、丸ごと全部持っていっていただくことにした。
なるべく、最初はこちらと同じ環境にした方がいいと思ったからである。
あちらのキャリーケージに入ったところだ。
動き回るのでうまく撮れなかった。
車に乗って、ご家族3人、いや、ご家族5人は帰られていった。
激動の数週間、そして、昨日だけでも激動の数時間だった。
…翌朝。
いつもより遅く起きた。
理由は簡単で、あいつらが出せ出せ腹減ったぞと大騒ぎをしないからである。
誰もいなくなった。家のなかが嘘のように静かである。
冷蔵庫が唸る音、空気清浄機の音が聞こえる。
この数週間毎日お祭り騒ぎで、こんな音は聞こえなかった。
昨日まで暴れまわっていたやつらが今はどこにもいない。
それはまるで、この数週間のことは全てが夢だったのではないかと思うぐらいに。
先住ねこの3人には、平和な日々が帰ってきた。
いつも通り、いつもの場所で、三者三様に眠っている。
ケージがなくなった分、部屋が広くなったように感じる。
ケージがあったところに行くと、うっすらと仔猫の匂いがした。
ケージの跡地に何気なく手を置いてみると、ひんやりしていて、よく見るとそこに白っぽい毛と、茶色っぽい毛が何本か落ちていた。
かき集めて手の上に乗せてしばらく眺めながら、今月起きたことをひとつひとつ思い出していた。
ふと見ると、あれほどあちこちやられていた、手のひらの傷はほとんど治りかけていた。
もうやつらに引っかかれることも噛まれることもないのだ。
手のひらの上の細い毛が、ぽたぽたと濡れた。
この一ヶ月で涙もろくなってしまった。
全部あの3匹が悪い。
出ていってくれてせいせいした。
最後まで、罪なやつらだった。
ココ丸が、大きなあくびを、した。