でもここで気になった。

ゴハンを食べて、トイレを使って、なおかつ置いておいた猫用の寝床を使わないということは、奴(ら)は、車のどこか変なところに戻ることがもう癖になっているわけだ。

そして、そこからまた別のところに行ってしまい、更に見つからない奥に行かれたら、本当に手の打ちようがない。

さらに、そんなのがあればなのだが、あちこち行ったあげく、車の隙間みたいなところから出ていかないとも限らない。

やっぱり、きちんと全部捕まえなければ如月のミッションは終わらないのである。

幸いなことに水曜日はお昼のパーティーで仕事が終わりだった。

親に任せず、できることをしよう。


まずは前の晩から調べてはいたのだが、弘前の消防署に連絡をしてみようと考えついた。

動画やニュースとかで、消防隊が車や建物から動物を救助しているのを見たことがある。

たかがこんなことで、と思う方もいるだろうが、何と言われようと何でもやるつもりだった。

なるべく落ち着いて事情を説明する。

声の感じで、もう半笑いというか、猫がいなくなってきたぐらいで電話してきてんのか、という感じなのがわかる。

そして、散々説明したあと、

「いなくなった猫を探すのは消防署の仕事ではない」とお断りをいただいた。

完全にアホの人だと思われている。

そもそも話の趣旨すら理解されていない。

つまりは、猫が車外に逃げて行って迷子になったものを探してくれ、という風に思っているのである。

それだったら電話なんぞするわけがない。

間違いなく中にいるけど出せないからお力を貸してくれないか、という話だったのである。

例えばサーモグラフィーカメラ(物体の温度を写し出すカメラ)などを仮にお持ちであれば、それが使えれば少なくとも車のどこに猫がいるのか、ぐらいはわかるのではと思ったのである。

でも、こりゃダメだ。

そもそも、こちらの話を真剣に聞く気も、なんとかしてくれようという気もないことが、電話の口調からわかる。

腹は立つが、責められない。

とてもこちらに来てはくれないだろう。

ただ、もう背に腹は変えられないので、車を使うというのは本当は絶対にNGだったのだが、車でそっちに行くからお願いだから車の中を見てください、とお願いした。

エンジンルームとか変なところに猫が挟まったりいないことだけを祈って。そしたら運転したらもう終わりなので。

もちろん運転前にエンジンルームは親に見てもらったが、目視できるところにいるとは限らないので。

ちなみにあとで母から聞いたのだが、ボンネット開けて少し見て、いないですね、という大変に素晴らしい対応だったそうだ。

予想通りである。本当にありがとうございます。
貴重な人命に比べたらわざわざ猫ごときで連絡してくんななんてことなのだろう。

んで、探したというポーズだけすれば、お仕事終わりだ。そもそも仕事じゃないもんな。

確かにワガママを言っているのはこっちなのだが、本当に本当に困ってしまった。

祈るような気持ちで、前日の夜に調べた、あるところに電話をする。

そこは、弘前にある「光建自動車整備」というところ。

もう、自動車を分解して探してもらうしかない、というところまで追い込まれていた。

猫がそもそもいるのか、いないのか、生きているのか、死んでいるのか、それすらわからないのでは、とても夜眠ることはできない。

電話に出た女性の方に事情を説明する。

もうこっちも半泣きである。

当然、半泣きの男からいきなり電話があり、猫がいなくなったと意味不明のことを言っているわけだから、戸惑っているのが伝わる。

でも、違う。さっきまでとは、違う。

この方は真剣に聞いてくれている。
なんとかしようと思ってくれている。

それだけでも、本当に嬉しいことなのである。

電話を今度は男性の方に代わり、引き続き説明。

前例がないことなのでやはり戸惑われているが、この方も、車の中にいた猫がいなくなったというアホみたいな話をきちんと聞いてくれている。

結果、拝み倒して、翌日の朝にわざわざ如月の実家まで人を派遣してくださることになった。

他にも仕事がおありなのに、こんなよくわからない突然入った話のために出張して来てくださると。

こちらが真剣なのが伝わったのだと思う。

そして、何より、光建自動車整備の方々が素晴らしかったのだ。

これで、車の中を見ることができる。

明日の朝にはある程度の結果がきっとわかる。それが、吉なのか、凶なのかはわからないけれど。

「決戦は木曜日」である。


…そして。

ここまで人を巻き込んで、如月は結局指示ばかりで何もしていない。

仕事があるから仕方ない、なんていうのは簡単だし、ある意味正しい。

それに、明日プロが来てくれる。

でも、先程の消防署の電話が甦る。

本当に、自動車整備の方は、「真剣に」探してくれるのだろうか。

一抹の不安がよぎった。(この不安は、最終的に杞憂であったのだけれど)

その夜、本当に本当に考えた。


…その結果。

ある決断をした。

それは、プロのマジシャンとして最悪の選択である。

木曜日の仕事を別の人に行ってもらい、如月は猫を探しに行くということだ。

そのお仕事は当然如月指名のお仕事であり、誰かが代わりに行けばそれでいいというものではない。

たくさんの方に迷惑をかけることはわかっていた。

この選択が正しいなんて思わない。

でも、猫のことを考えると、残り時間はもう少ない。

事は一刻を争うのである。

本当にごめんなさい。謝るしかない。

そして、あの時間に電話に出てくれた後輩には本当に感謝しかない。

木曜日になって、午前3時のことだった。

朝イチの新幹線で青森、弘前まで向かうことに決めた。

たぶん如月だけが、全員の生存を心から信じていた。