昔、タネなしスイカというのがあって、何度か食べてみましたが、私は大根を食べるみたいで、それほど美味しいとは感じませんでした。ちょっと甘くて冷たい大根。梨ほど甘くないので。
農家の人はタネがなかったら、どんなにか食べやすくて、売れるだろうと考えたんでしょうが...その後市場であまり見かけなくなりました。今でもあるのかな?
私はタネがあると、口の中でタネを選り分けようと、少しの間スイカを留めます。そのときに甘さと冷たさを適度に感じるのではないかと思うのです。これがちょうどいいのでしょうね。
でもタネが多くすぎると、話は違って、タネを選り分ける時間がかかりすぎて、口の中で生緩くなり、煩わしさだけが残ります。
先日、カズオ・イシグロ原作の映画 「日の名残り」のDVDを借りて観ました。ストーリーは回想シーンを3回に分けて構成され、第2次世界大戦前の英国伯爵に使える執事の生き方を丁寧に描いた素晴らしい作品でした。原作は読んでいません。
ノーベル賞作家なので、何か彼の別の作品を読んでみようと、「わたしたちが孤児だったころ」を翻訳で読んでみました。
一冊しか読んでないので、偉そうに作風を批評するのは危険ですが...
『タネの多すぎるスイカ』なのです。
翻訳本の特徴なのでしょうか?文章が多すぎる。なくても済むんじゃないかと思われる説明や結局ストーリーの本流とは結びつかない出来事が多すぎる。しかも個人名や出来事の名前をイキナリ登場させて説明を後ろに展開していく形です。
....疲れました。