H21年01月10日
かつてない社会経済情勢の変動下にあって、
時代はどこへ向かっていくのか。
世界中の人々が不安に感じている金融危機や
環境問題等も、人間社会が作り出した過剰な
エネルギーを蕩尽(とうじん)する過程で現れて
きたように思う。
また、携帯メールに代表される高度情報化シス
テムにより、「わたし」という主体は知らないうちに、
分裂を余儀なくされている。
経済的な不安感だけでなく、何かが決定的に
足りないという気持ちがわいてくる。
司馬遼太郎は今から20年前、小学6年生の
教科書用に書いた「21世紀に生きるきみたち
へ」の中で、例えば友達が転んだら、ああ痛
かったろうな、と感じる気持ちを、その都度自分
の中でつくりあげていくことが大切だと説いた。
私たちに足りないものは、他者の痛みを感じる
気持ちだろう。
「わたし」という主体の回復の手がかりは、この
あたりにあるように思う。
元旦の本紙朝刊に掲載の小学生作品コンク
ールの詩作品を読むと、「わたし」の声や思いが
刻印されていて、少し救われた気持ちになった。
春になったら
私もあつい上着をぬぎすてて
どこまでも続く お花の田んぼ道を
てくてく おさんぽしたいな
おばあちゃんといっしょに
(富山市立月岡小4年 入江紗羅「春になると」より)