近年のフェラーリは王様のようだ。
12気筒ならまだわかる。だが、V8スポーツフェラーリの頂点430にして、
あれほどでかい必要がどこにあるのか、実に疑わしい。
大きいことがえらいのか。
金持ちの心はどこか貧しいんじゃないかと思う。
(つまりひがみだ。)
そもそもフェラーリのロードカーは「金持ちのおもちゃ」として生まれたんだから
しょうがない。見栄の塊こそ、こいつの本性である。
だが、昔の金持ちはもう少しこれを“おもちゃ”として楽しんだ。
死ぬほど重いハンドルと、ひさが悪い人では踏んでもびくともしない
クラッチ。見た目の流麗さとは程遠いアスリート能力を要求されるこの
マシンをいとも涼しげに扱い、ここだけは昔から今まで変わらず他の
追随を許さないエンジンの官能的な嘶(いなな)きを残して去っていく。
そう、
見栄は、所有することではなく、操ることにあった。
だからどんな金持ちでもこれに乗れたわけではない。
周りの人の羨望と妬みの視線を一身に背負って走るわりに、ちっとも楽じゃないんだから
これに乗ってご満悦な人は尊敬に値する超人的な見栄っ張りとみて間違いない。
そんな、
フェラーリ乗りの修羅の道が、解放されるのは80年代も後半のことである。
フェラーリ・モンディアルtは1989年、348に代表される次世代フェラーリの
先鋒としてデビューした。
特徴は何よりミッドシップなのに4座備わっているということだった。
後席の場所にエンジンがあるからミッドシップなんじゃないか?
後席の後ろにエンジンがあったら、そりゃリアエンジンじゃないの?
と、当時私は悩んだものだ。
要は、ホイールベースが長く、後席が狭ければ2+2のミッドシップになる
ということらしいのだが、多くの超人的な見栄っ張りどもも思うことは私と同じで
これは「解せないフェラーリ」に映ってしまったようだ。
中古車価格も安く、何か影の薄いモンディアルであるが、「t」の文字が物語る
横置きギアボックスや、セミオートマを採用したり乗りやすい現代フェラーリの
第一歩であったことは間違いないだろう。
このモンディアル、
20年も昔のホラー映画「ヒドゥン」の冒頭に登場し、スピード狂の異星人に操られ、
ポルシェと街中で世にも刺激的なカーチェイスを演じている。
なんだかあの映画のことについては多く覚えてないが、モンディアルのかくも
フェラーリ然としたアクションと、スポーツカーが好きな異星人という、やや無理
な設定ばかりは強烈に私の頭に焼き付いているのでした。。。
今、見栄じゃなく、あの伝説のプランシング・ホースに触れたいなら
これしかないと思います。