キッチンラーメンのブログ -60ページ目

キッチンラーメンのブログ

思いつくまま、つれづれに

生きてます。

朝早く玄関のチャイムが鳴りました。
出てみると、ブログの更新がしばらく途絶えたのを心配した読者の一人(じつは妹)が立っていました。

私がブログを始めたことを話して以来、ひそかに読んでくれているようなのですが、ここ数日更新されなかったので体調でも崩したのかと心配になって顔を見に来てくれたとのことでした。

妹とは11歳の年の差がありますが何かと気遣ってくれて助かっています。

1日か2日ごとのブログ更新は私にとっては想定外のこと。少々「薄利多売」状態になっているのではないかと、少し自重していただけなんですが、朝一番の嬉しいことでした。

差入れの西瓜(じつは私にとって今夏初めての西瓜)を食べて「生存報告」のブログ更新をしようというわけです(笑)

各地で夏祭りや花火大会が行われています。
昨夜は十三や神戸、宝塚でも花火大会が行われていましたし、当地でも昨日今日と摂津まつりが開催されています。

昨夜は十三に行ってみようかなとも考えましたが、人混みの恐怖には勝てず、結局地元の摂津まつりにさえ行かず自宅で過ごしました。

「なにわ淀川花火大会」の音は我が家にも聞こえてきましたし、花火は建物の陰になって一部しか見えなかったですが夜空が明るく輝くのは見えました。

甲子園にでも行けばいいのに、と自分に言ってみるのですが、暑さの前に腰砕け。
最近始めたフェイスブックもイマイチ馴染めないので頓挫していますし、ツイッターもただ眺めているだけの状態で、つぶやこうという気が起きません。
ウォーキングどころか読書さえ1ページも進まない状態。

せめてもの抵抗で、昼間はエアコンを使っていませんし、夜も扇風機だけで過ごしていますが、さすがに昨夜はエアコンのお世話になりました。

たしかに夏に負けそうになっているのかもしれません。

早く「座敷犬状態」を抜け出さんとアカンなあと、一向に衰えを見せない蝉しぐれの中で考えているうちに今日もまた熱帯夜を迎えてしまいそうです。


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7月4日付けのブログ「続・三豊市」の後半部分でご紹介した後、いつもこのブログのサイドバー左の最下段でお知らせするようになった「藤岡友香さん」のブログ が更新されました。

現在渡米中の彼女からの力強いメッセージが伝わってくる素敵な内容です。
是非ご一読ください。

たまたま更新直後に読むことが出来ましたので、さっそく私から次のようなメッセージを送りました。

『近況報告読ませていただきました!
 退路を断って、目標に向かって突き進もうという気迫を感じました。
 目的を達成するためには失敗を恐れず前進するしかないでしょうね。
 今しかありません!
 多くの障害を乗り越えて大きな収穫を勝ち取ってください。
 アルバム楽しみにしてますからね。
 そのためにも、くれぐれも健康管理に努めましょう! ライスパワーでね(笑)』

最後の「ライスパワー」は彼女のプロフィールに
「1ヶ月毎日食べるとしたら:
と書かれているからです。

三豊市公式サイトで偶然彼女を知った私ですが、彼女と年齢も近く同じ三豊市出身で頑張っている若者が私の身近に存在するので、彼女に親近感を覚えて応援する気になりました。

今回の彼女の近況報告を読んで、私の目に狂いはなかったのかなあとの思いを強くしています。
彼女といい、私の身近にいる若者といい、失敗を恐れず目標に向かってひたすらに突き進もうとする度胸とパワーには、感心するとともに頼もしさを感じます。

三豊市出身の二人の若人を、今後とも微力ながら応援したいと考えています。
応援するというよりも、元気を貰うと言った方が正しいかもしれません。

三豊市の風土が彼らのようなチャレンジ精神旺盛な若者を育てたのだろうと考えると、私の三豊びいきにさらに拍車がかかりそうですね(笑)



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私がブログの最初の一歩を踏み出したのは6月15日のことでした。今日は8月2日ですから1か月半が過ぎたことになります。

超の付くブログ初心者。特に目的もなく行くあてもない「旅」でしたが、何とかここまで辿り着くことができました。いったいココがドコなのかはわかりませんが(笑)

せいぜい週に1回更新できるかどうかだろうなと考えて出発した「旅」でしたが、立ち止まって振り返ってみたら28回も更新を重ねていました。アンビリバボー!です。
今回が29回目ということになりますが、これからも分岐点に差し掛かるごとに「棒を倒して」方向を選択するような気ままな「旅」を続けて行こうと考えています。

最初の一歩を踏み出すにあたっては、先日も書いたように「出来るだけ政治ネタには触れないでおこう」というぐらいで、「定期的に更新しよう」とか「テーマを決めて」とかの負荷は掛けないでおこうと考えていました。

唯一の負荷である「政治ネタ」についても、この社会情勢ですから触れずにおく方が不自然なこと。無意識にでも触れてしまいます。

ということで、今はまったくの無制約状態かもしれません。とは言っても、いわゆる公序良俗に反することは書きませんけどね。

しかし、公平で公正な立場で書くつもりは毛頭ありません。

現役時代の仕事には「公平」「公正」が求められました。
けれども、ブログはあくまでも個人的なもの。大いに「自分に偏って」やろうと思っています。

過去28回の更新もそのスタンスで歩んで来ました。

そもそも、「公平」「公正」って何でしょう?
そんなものがあるとは思えないのです。

「万人にとって公平」「すべて公正」なんて虚構だと思います。万人にとっての公平は、一個人にとっては不公平であることが多いと思いますし、公正という名の「不公正」を嫌と言うほど味わいましたから。

最大公約数の幸福が必ずしも社会にとって幸福をもたらすようには思えません。
ですから、公序良俗に反しない程度で自分に偏ってやろうと思っているのです。

さて今の時点で、福島原発に関する国や電力会社の動きに納得している国民は何%いるでしょうか?スピード感のない国会の体たらくに落胆していたり、電力会社の上から目線の不誠実な対応に不信感を募らせている国民が大半なのではないでしょうか?

少なくとも私は納得していません。

九州電力のやらせ問題を持ち出すまでもなく、行政や電力会社が誠実に動いているとは思えませんし、有識者と呼ばれる多くの御用学者への信頼も大きく揺らいでいます。

さらには、原発を含むエネルギー問題に関するマスメディアの報道って、果たして公正な報道と言えるのでしょうか?疑問です。
「大本営発表」ばかりを報道しているのではないか?隠すなら隠すで、上手に隠してくれたらいいのに…。
先日、NHKで放映された「グリコ・森永事件」のドラマにも描かれていたような「報道協定」でも結んでいるのかとさえ勘ぐってしまいます。

今こそ国全体が一丸となって「公平」「公正」な「幸福」の実現を目指すことを、国民が切実に求めているというのに、この国はどうなっているのか?

いけませんね。このままではボルテージが上がるばかりですから、この辺でブレーキをかけましょう。

そして、中途半端なブログになってしまいますが、テレビや新聞があまり取り上げない内容を伝える、次の2つのブログを紹介しておいて、次の行き先を決めるための「棒を倒す」ことにします。



※リンク先が削除されている可能性があります。

「放射線の健康への影響」児玉龍彦氏(内容完全書き出し)衆議院厚生労働委員会7/27 - みんな楽しくHappy♡がいい♪
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-626.html

児玉教授の、息子さんのツイッターから
http://blogs.yahoo.co.jp/satomikimuraoffice/26660706.html


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以前から何度か取り上げさせていただいた「三豊市」の公式ウエブサイトへのアクセスカウント数が、本日ついに150万を突破しました。

この数字を三豊市の7月1日現在の推計人口68000人で単純に割り算すると、約22アクセスという商が算出されます。0歳児から高齢者までを含めた市民1人当たりが22回以上アクセスしたということになります。この数字が多いか少ないかは考え方によって議論が分かれるところだろうと思いますが、決して少ない数字とは言えないと思います。

市外からのアクセスも相当数含まれるものと思われますが、延べ150万回のアクセスがあったことは確かな事実です。ウエブサイトは魅力がなければ廃れてしまうもの。魅力があるからこそアクセスしてみようという気になるというものです。

私も毎日1回はアクセスするようになって約5年になりますので、掛け算すると約1800回分だけ今回のアクセス数達成に貢献したことになります(笑)

しかし、貢献したと言えば、三豊市のトップである横山市長の存在を抜きにはできません。横山市長の功績は大きいものがあると思います。
7つの町が合併して発足した三豊市の初代市長として、新しい市の運営の足掛かりを築くという重責を担って、合併前からの数々の課題を解決し、軌道に乗せるため奮闘・邁進されたからこそ達成できたと言っても過言ではないでしょう。

聞くところによれば、決してパソコンを使いこなされていたわけでもないらしく、携帯のメールも簡単な内容のショートメールをお使いになる程度だったようですが、必要に迫られて今年初めからiモードメールに挑戦されました。その上達ぶりがめざましかったことを、ある事情から私は目の当たりにすることが出来ました。何事にも目的に向かって邁進するという横山市長の真骨頂を見させていただいた思いがします。

ウエブサイトの運営は、技術面でいくら優秀なスタッフが揃っていても、生きのいいネタがなければ続きません。腕の良い職人が握る寿司屋でも、ネタが上質で新鮮でなければ繁盛しないのと同じだと思います。

その点、横山市長は率先垂範、首長としては当然のことながら先頭を切って市政を牽引するとともに、魅力ある企画を実現し、三豊市を外に向かってもアピールするために、トップセールスにも余念がありません。

したがって、ウエブサイトに載せる新鮮なネタには事欠かないのです。その結果として、前に紹介させていただいたように、コンテストで全国制覇も夢でない、レベルの高い魅力あるサイトの運営が継続されているということなんです。

これらについては、私の拙い文章で長々と述べるよりは、市のサイトにある市長のコラム『市長のちょっといい話』や『最善・次善・次々善』のシリーズを読んでいただいた方が理解していただけるのではないかと思います。ちょうど今日(8月1日)『市長のちょっといい話vol.77』が掲載されたところですから、一度お読みになってください。

そして、時間に余裕があるときにアーカイブも読んで、無類の歴史好きという横山市長の卓越した文章力、話の展開の面白さを味わってみてください。

『市長のちょっといい話』を読むたびに私は、「そうか!オチはそうなるのか!」と膝を叩くことしばしばです。

<参考>
『市長のちょっといい話』と『最善・次善・次々善』のアーカイブ三豊市公式サイトの左サイドの<市長室より>にあります。



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昨夜来、テレビが新潟・福島の「記録的豪雨」の被害状況を伝えています。
差し出されたマイクに向かって「棒のように降った」と答える住民の表現が生々しく実感がこもっていると思いました。

ある日突然、激しく揺れた後、大津波に追いまくられて寒空の中を命からがら生き延びて、その後も余震が続く中、放射能の恐怖に怯えながらの生活を5カ月近く送ることを余儀なくされているというのに、政府に見放されたも同然の扱いを受けている被災地に情け容赦なく追い打ちかける「自然」という脅威。

2004年(平成16年)に起きた中越地震によって大きな被害が出た新潟県と東日本大震災の被災地である福島県を狙い撃ちでもするかのように襲う「自然」に対する憤りとともに、なすすべなく呆然と立ち尽くすしかない自分に無力感を覚えるばかりです。

これ以上の被害拡大がないことを心から祈ります。

私が住む大阪が、このような「自然」に襲われたらどうなることでしょうか?恐ろしさに震えてしまいます。

自然の要塞(六甲山系や生駒山系に囲まれ、瀬戸内海に面するという地理的好条件)に守られていると言われる大阪ですが、自然災害の被害とは決して無縁ではありません。

日本の多くの大都市がそうであるように、大阪の大部分は、太古からの河川の氾濫で土砂が堆積した土地の上に位置しています。人々は、そんな土地に集まって営々と自分たちの生活基盤を築いてきたのです。河川改修やダムの建設などで治水対策も進められてきましたが、決して盤石な地盤に成り立っているとは言えません。

ここ半世紀を振り返っただけでも、伊勢湾台風(1959年・昭和34年)や第2室戸台風(1961年・昭和36年)などで大きな被害が出ました。当時は高度経済成長期にあって、工業用水として地下水が大量に利用されたため、特に大阪市域での地盤沈下が著しく、いわゆる海抜ゼロメートル地帯が深刻な問題となっていました。

今から40年以上前の昭和42年(1967年)7月には、当時私が住んでいた家も床下浸水の被害に遭いました。いわゆる「北摂豪雨」と呼ばれるものですが、夜中にゴーゴーという音がするので、当時高校生で翌日の期末テストの勉強(俗にいう一夜漬け)をしていた私は、カッパを羽織って豪雨の中を音のする方向に向かいました。そこで目にしたのは、阪急京都線の線路敷きの土砂が流出して線路が宙づりになった下を、土砂混じりの大量の濁流が流れているという信じられない光景でした。

不幸中の幸い、私の知る限り私の住む地域では、床上床下浸水の被害はあったものの、人的被害はなかったように思います。そして、翌日の高校生活初の期末テストが延期になったことも私にとってはラッキーでした。ただし、1日延期されただけで束の間の幸福に終わりましたが…。

「北摂豪雨」は、「千里ニュータウン」の開発や「日本万国博覧会」会場の造成で千里丘陵の竹林が大規模に切り拓かれたことによって、自然の保水力が急激に減少したことが被害を大きくした原因だったと、(当時の被災者の一人である)私は考えています。

日本初の大規模ニュータウンの開発やアジアで最初の万国博覧会の開催(1970年・昭和45年開催)を最優先にして、河川改修などの対策を後回しにしたことが、大きな被害に見舞われる要因となったと思うのです。

人間の都合で「自然」に荒々しく手を加える。その結果として「自然」からしっぺ返しを受けたとも言えるでしょう。

今年3月に東日本大震災が起きた直後、小松左京のSF小説「日本沈没」が私の脳裏に浮かびました。

この作品については映画化もされてご存知の方も多いと思うので内容は省略しますが、この作品の中では、日本の総理大臣は苦悩と葛藤に苛まれつつ、一丸となった多くの人々の協力を得て必死でリーダーシップを発揮します。

私は現実の日本でも、てっきりそれと同じような展開が見られるのかなと期待しました。
しかし、期待は大きく裏切られてしまいました。
まさかここまで…これでは典型的な「人災」ではないか!
私にとっては「想定外」でした。

小松左京氏は先日お亡くなりになりましたが、千里万博のプロデューサーも務められた同氏も似たような想いを抱いて逝かれたのではないかと想像してしまいます。

情けないことですが、自分の身は自分で守るという基本に戻るしかありません。
「自然」は優しい反面、情け容赦ない凶暴なものと認識することが大事だと思います。

昔から「災害は忘れた頃にやって来る」と言われますが、最近は「災害は忘れる前にやって来る」と言わざるを得ません。

普段から、何事が起きるかはわからない、何が起きてもおかしくないとの心構えだけでも持ちましょう。
無力感を必死に打ち消して。


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