視力と眼力 その2 | キッチンラーメンのブログ

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思いつくまま、つれづれに

前回のブログ『視力と眼力』は、私にとって不本意な出来でした。

自分が感じたこととは少しズレた感じ、シックリ来ないけど、まっいいか。・・・中途半端な気持ちでアップしてしまいました。アップした後も、何となくモヤモヤした気分でした。

そんなとき2つのブログに出会いました。

そのブログの内容をご紹介したいと思いますが、お二方のお許しは得ていません。名前(アメーバ・ニックネーム)を伏せるということでお許しください。

要約しようかとも考えましたが、ニュアンスが違ってはいけませんので、行間設定等も含めて、出来るだけ原文のままご紹介させていただきます。

 ☆ ★ ☆ ★

お一人目のブログ。

(引用開始)

人は自由を求めますが、自由は同時に堕落と孤独を生む可能性があります。
人は不自由を嫌がりますが、不自由からは同時に愛と感謝を感じることができます。

不自由といっても様々な不自由があると思います。
病気で入院をした時、ケガで動けなくなってしまった時、風邪をひいてしまった時、思うようにいかない時、土地勘がない時、ほとんど時間拘束されてしまっている時、不自由なゆえに、辛く、苦しいこともあります。

しかし、不自由な時ほど深い愛情を感じることができます。
普段は当たり前のように思って生きてきたことに感謝することができます。

私は昔から家族に何回も救われてきました。
最近は友達が全くいない大阪にきましたが、温かく迎え入れてもらいました。
本当に感謝をしています。
「ありがとう」を早く形にすべく今日も一日頑張ります!!
そして人が不自由な時ほど、その人の力になってあげられる、そんな人間になりたいです。

(引用終了)


そうそう、こういうことを書きたかったんですよね。

この人は20代半ばの男性。若いのに起業して苦労されてきたようです。今は、ある地方議員の秘書として、1年間限定の修行中。早朝から深夜まで、その議員と行動を共にして知識を吸収、経験を積むだけでなく、毎日ブログを数本更新することを自らに課して挑戦しておられます。

師匠であるその議員さんも30歳半ばという若さで数々の事業を経営して来られた実績があって、現在も経営者として活躍中。と言っても、いま世間を騒がせているトンデモナイ地方議員なんかとは違って、議員としても精一杯活動されています。

その地方議員さんは、年間1600本を目標にブログ更新を続けておられます。年間1600ということは、1日当たり4~5回更新ということ。読むだけでも大変なのに・・・。

その人の秘書ということですから、このブログを書かれた方は、中身の濃~い日々を送られているであろうことは想像に難くありません。

私のような甘っちょろい人間が書くブログなんかとは違って、説得力があるんでしょうね。

 ☆ ★ ☆ ★

そして、もうお一人。この方は女性。比較的最近になって読ませていただくようになった方のブログです。

(引用開始)

『私の娘は、三歳児検診で引っかかるほど視力が弱く
(かつ、不同視で今でも大学病院コンタクト科で
ハードレンズの処方を受けてるのですが)

保育園の時、メガネを作らなければならなくなり
親として四歳の女の子に眼鏡というのは
必要なこととはいえ内心複雑でした。

ところが初めてメガネをかけた夜、
娘が空を見上げて
「あ、みんなが言ってたとおり、
本当にお月さまにうさぎがいるよ」
と よろこんでくれ
人智を超えた宇宙の美しさに、救われました。

♪おほしさま きらきら 空から見てる♪
 (『たなばたさま』より)

(引用終了・太字部分は引用者がフォントを強調)


娘さんの視力に関しては不可抗力とはいえ、母親としての責任のようなモノを感じ、この方の胸中には重た~いモノが充満していたことでしょう。それが娘さんの思いがけないひとことで、ふっと軽くなった瞬間。宇宙に向かうロケットが地球の引力から脱して無重力空間に飛び出した瞬間のような・・・。と言っても、私は経験したことないですが(笑)

そんなことが伝わってきて感動しました。

この素敵なエピソードはお母さんと娘さん共通の記憶として、今でも大事になさっているのだろうな。それぞれの想いは違っているかもしれないけれど・・・。

鼻の奥がジンと痛くなりました。・・・涙が膨れ上がりました。不覚にも(笑)

このブログは七夕の日に書かれたもの。今年の七夕は天候に恵まれなかったのですが、この母娘には思い出の星空がありますから大丈夫ですよね♪

あ~あ、私のエピソードなんて高が知れているな、と少し恥ずかしくなりました。

今回ご紹介させていただいた、2つのブログは、前回「視力に支障が起きたときの不自由さと不安」をテーマに書いた私のブログと、多少の時間差はあっても、時を同じくして書かれたものであり、大変不思議に感じました。

単なる偶然では片付けられないような、目には見えない糸に繋がっているような、ブログとの不思議な遭遇。偶然とは言い切れない必然性をも感じている、というところです。

今回も最後がビシッとしまらないブログになってしまいましたが、いかにも私らしいと笑って許してください。


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