第二十三回
結局、あっせん業者のおっさんからもらった金は千二百円だった。
「二千円って言ってたよなあ」
「ピンハネしゃがったな」
「搾取だよなあ」
「許せんな」
口々にあとから文句が出たが、これが角原さんのいう資本主義の原理につながると思うと、とてつもなく深くて広くて複雑で…階級的で独裁的で…イデオロギー対立で、強いてはマグロのトロ?ロッキーへと進むべき順当な闘争形態で…と突き止めていくと、頭のなかで血が逆流するので、みんなはいい加減、憤るのを止めた。
蘭とはよりを戻しそうな気配はあったが、退屈だった。勉強をせねばと思った。
まもなく前期が終了する。夏休みがやって来る。蘭と芹とに決別するために頭を坊主にした髪の毛が入学当時のビートルズヘアになるまでにはあとひと月、いやそれ以上はかかる…と、しょおもないことを考えてみたりもした。
これから果たしてわが寮の「ベトナム支援闘争」はどうなるのか。隣組のかんらん寮の「闘争委員会」は今後ますます過激化をみせるのか、角原さんのベーテェー教室の一員として、また「安保はんたーい」の動員がかかるのか、「赤い靴」ではない純粋なマイルス・ディビスやジョン・コルトレーンのモダンジャズを聴かせる「店」はないのか…
こういった勉強以外に押し寄せてくる、邪心、重荷、葛藤、抑圧、あるいはそれに似たものに気を奪われながら、健太郎は大学一年の夏を目の前にしていた。
「今夜、遊びに来ないか?」
経営学特講のあと、仁村が話しかけてきた。
「ゴルフセンターへか」
「九時には終わるばい」
仁村は上大岡のゴルフセンターでバイトをしていた。彼の下宿はそのゴルフセンターの借間だった。毎晩、営業の終わったあと球拾いをやって、場内を清掃する仕事を手伝っていた。
その夜、健太郎は上大岡のそのゴルフセンターへと向かった。
そして、「すまんが、お前も手伝ってくれ」と言われて、行くなり、営業の終わった打ち放しのゴルフセンターの芝生のなかへと案内された。「早く終われば早くく始められるからな」と仁村はニキッと例の白い歯を見せてウインクした。
ネットで囲まれた広い敷地内に煌々と灯りがともり、芝生が鮮やかに反射していた。全部で七、八人のバイト生と数人の従業員が一斉に球拾いを開始した。バケツを持ちいっぱいになると一定の箇所に設けられた溝へと運び、それを投げ込んでいく作業の繰り返し。
小一時間もすると汗がにじみ出し、心地良い夜風が首筋を撫でて回った。よくもまあこんなにも球があちこちに転がっているものだと感心しながら、反面、この球を散らかした張本人はブルジョワのお遊びであり、そのあと始末をさせられている自分たちはいわば賃金労働者であって、さらにその労働の成果をピンハネするという行為は断固許せない行為であり、…しかして階級闘争の一端はそこから始まるのであって…
なんか訳の分からない論理が頭のなかを巡り始めていた。
汗が飛び、全身が燃え、屈む足腰が次第にヨナヨナになりそうであった。
しかし、芝生の背丈がこんなにも深くて、囂々しいものだとは思わなかった。
「お疲れさ~ん」
作業が終了したあと、ゴルフセンター二階の従業員食堂で仁村とほか数人で乾杯した。
なかに女性が二人いてひとりは仁村といちゃついていた。とりとめもない雑談がつづき、やがてビールからウイスキーに変わり、ジャンジャンみんなはお替わりをし、笑い声が弾け、嬌声が乱れ飛び、室内は妖しげなムードへと展開していった。
健太郎は顔が熱くなったので、しばらく冷まそう思い階下に降りて、ひとり場内のベンチに横たわった。