恥ずかしい話です。

私がまだ10代の頃でした。

初めてのバイト料で私が買ったものは

 

美しいナイフでした。

鈍い金色のジャックナイフ

 

私は毎日ポケットに忍ばせて歩いていました。

歌舞伎町のような繫華街を丸腰で歩くのは

心許なかったのです。

ナイフがあれば怖くないと思ったのでした。

 

逆でした。

 

ナイフを持ったほうが怖くなるものなのです。

 

何故だろう?

 

私は不思議でした。

ナイフを持たない自分と

ナイフを持った自分

どちらが攻撃力が上か

小さな子供でも分かる事です。

でも持った方が

恐怖心が増すのです。

 

自分の心の内を観察してみました。

 

どうやら無意識がシミュレーションしていたようです。

もしからまれて

自分がナイフを出しても

引かない相手だったら

どうなるか?

 

結局自分はナイフで人を傷つける事などしたくないのです。

できっこないのです。

一方相手はどうなるか?

ナイフを前に覚悟を決めるでしょう。

やられる前にやる

と。

 

覚悟の無い自分

覚悟のある相手

 

勝負は分かりきっています。

それどころか

命の危険があります。

 

そりゃあ怖い訳ですよね。

本当に馬鹿だったのです。

 

それに気付いて以来

ナイフは部屋で眺めるだけになりました。

 

思うに

本当に私が欲しかったものは

剣ではなく盾だったのでしょう。

 

空手や柔道を習っていた時も

常にこのことを念頭に置いていました。

私が欲しいものは

剣ではなく盾であると。

 

故に

私は待ち拳なのです。