
山梨キャンプ場女児行方不明事件について書き終わったら着手しようと思っていたことがありまして、「霧積山女性殺人事件」のことです。
犯人像とかのことではなく(私は釣り師一択)、例の写真(最後の5コマ)のことです。
事件の概要や写真問題の詳細については改めてここで書くことはしませんので、詳しい方以外には「最後の5コマって何の話だよ?」状態になってしまうかもしれず申し訳ないのですが・・・。
詳細については、よければ当方が5年前に書いた記事をご覧いただければと。
その5年前の記事で、結論として、「最後の5コマ」の並びについては下の画像のようなものだったのではないかと書いていました。

そして、例の「笹やぶ前の心霊写真風の一枚(以下、誤解を招く表現かもしれませんが『心霊写真』という)」については、
① 「実は存在しなかったのだが、ライター氏・編集者氏など本を出される側の考えにより、事件の結末に謎めいた余韻を持たせる効果的なフィクションとして挿入されたのではないか(脚色)」、または、
② 「確かにKさん(被害女性)が笹やぶの中にぼんやり写っている気味の悪い写真=心霊写真は実在したのだが、それは霧積旅行時とは撮影時期や場所が違う等、霧積での『最後の5コマ』とは無関係な写真であった。しかしその写真を見たKさん(被害女性)の知人女性が後年のライター氏の取材に対して、錯誤・記憶違いなどにより、その写真を『Kさんの人生最後の写真』であると証言し、それをライター氏が『5コマ目』であると解釈した」、あるいは、
③ 「確かにKさんが笹やぶの中にぼんやり写っている気味の悪い写真=心霊写真は実在したのだが、それは霧積旅行時とは撮影時期や場所が違う等、霧積での『最後の5コマ』とは無関係な写真であった。それを見たというKさんの知人女性が後年のライター氏の取材に対して『私が見たKさんの生前の写真の中にはそういう気味の悪い写真もあったのよ』と(事件と関連付けるでもなく)証言したところ、それがライター氏・編集者氏の何らかの意図により『これこそ霧積での最後の一枚(すなわち5コマ目)である』とされてしまったのではないか(脚色)」
という考えに至り、その憶測をはっきり言葉にして並べ立てるのも心苦しいものがあったため、うっすら匂わせる形で記事を終えていたのでした。
お茶を濁すような形で終えていたのでモヤモヤ感が残り、2019年の大晦日にはこんな内容の記事を上げたりもしていたと。
そうこうするうちに昨年、だてレビさんでこの事件が取り上げられた際に、チャット欄で数人の視聴者の方々から、
「3コマ目と4コマ目は別人に見える」
といった投稿がなされ、コメント欄においても(以下、その時の視聴者の一人であるmiyonetto氏による投稿をコピペさせていただきます)、
「8/20の上毛新聞の下の大きい方の写真はおそらく記者が場所を特定して『このように撮られたもの』として撮影して掲載されたものだと思います。被写体の服装と後ろの滝に当たっている日光の照度が違ってますし、左下に黒く塗りつぶされてますが撮影している人のようなものが写っています。これは検証用であるという脚注が書いてないので本物の新聞でははっきりと被害者と別人だと分かる顔(記者)が写っていたと思われます。」
として、「4コマ目はKさん(被害女性)とは別人を用いて撮影した検証写真ではないか」というコメントが投稿されました。
この点、「左下の、黒く塗りつぶされている部分に人のようなものが写っている」という指摘については正直判別が難しく思われたのですが(オリジナルの鮮明な写真にははっきり写っているのかもしれません)、しかし「別人を用いた検証写真では?」という部分については、「確かにそうかも」と説得力を感じたわけです。
(その後に調べてみたところ、これもmiyonetto氏によるものか、それとも他の方によるものかは不明なのですが、某大型掲示板のこの事件のスレッドで2018年9月に同様の「検証写真では?」という趣旨の指摘がコメントされているのに気づきました。)
私は当初、「3コマ目と4コマ目は同一人物(Kさん=被害女性)であり、4コマ目については光の具合か何かで3コマ目とは違った風に写ったのではないか」と思っていたのですが、
しかしそうしたこちら側の勝手なフィルターを通さずありのままに見てみれば、3コマ目(スカート着用)と4コマ目(おそらくズボン着用?)の違いは明らかであるように思えてきたと。
この時点ですぐにその旨追記すればよかったのですが、霧積の、特にこの「写真問題」については着手するのがどうにも億劫に思われ、延び延びになってしまいました。
億劫に感じていた理由は二つありまして、一つは、仮に4コマ目がKさんとは別人が写った検証写真だという立場をとり、さらに、「忍の池前」で何者かにシャッターが押された回数についても2回ではなく「1回」という立場をとれば、「5コマ目が空席になる」とも見得るわけで、
空席となったその5コマ目にあの「心霊写真」がはまる余地が出てくる・・・ということになると思うのですが(下の画像)、

私としてはこの並びで正解とはいまだに思っておらず、要は3、4コマ目についての考えに変更があったとしても、結論の部分(先の①②③)には影響しないと感じていたということ、
二つ目としては---これが億劫さを感じていたメインの理由ではあるのですが---「ではなぜ3、4コマ目についての考えに変更があったにもかかわらず、①②③の結論に変更はないのか?」というところを追記で説明するとなると、「一部の人々を極めて不快にさせる恐れがある」「相手に対して失礼」と感じて口を閉ざし、あるいは言葉を濁していた自分の思いを洗いざらいぶちまける必要があり---しかも書くとなると長くなりそうな予感もあり---それがあまりにも気が重かったと。
二つ目のことは要するに、5年前にこの事件を記事にした時に自分が参照させていただいた資料について、そこに書かれていた「心霊写真」のことも含めて、
「これ一体どこまで信用していいんだろうか?」
という不信感・・・というと露骨なので少し丸めて言いますと「違和感」を覚えたというのか、モヤモヤした思いを抱えてしまっていたということでした。
その資料というのは、例の本(宝島社『迷宮入り!?未解決殺人事件の真相』に掲載されている霧積関連のレポート(以下、「レポート」という)のことです。

誤解無きようお願いしたいのですが、自分としては決して「書かれてあることの全てが信用ならない」と言いたいわけではなく、
正しい情報が大半だろうとは思うのですが、一方でところどころに違和感を覚える部分もあり、そのため他の部分についてまで
「どこまで信じていいのか?」
と疑心暗鬼に陥ってしまい、その思いが現在に至るまで心の底にわだかまってしまっているということです。
3、4コマ目の件を追記で取り上げるとなると、その結果として必然的に「5コマ目をどう見るのか」についての考えを今度こそは明らかにせざるを得ず、
その過程で、これまた必然的に自分が5年前から抱えていたモヤモヤ感についても書かざるを得なくなり、
そのくどくどしく、(とくにこれが的外れなものだった場合には)言い掛かりでしかないとさえ思える内容は、この記事を目にされるかもしれない一部の人々にとって不快極まりないものになるだろうと思えばなんとも気が重かったと。
(仮にこちらの指摘が多少は的を射た部分があったとしても、自分にとって貴重なレポートであることには変わりなく、それを執筆・編集し世に出してくださった方々への尊敬の気持ちは何ら変わらないだけに気が重い。)
しかし自分がそうしたモヤモヤ感を抱えているということと「3、4コマ目がそれぞれ別人であるという見方に説得力を感じた」ということは別問題だろうと思いなおし、しっかり追記で触れるべきということで今回着手しました。
3、4コマ目に関する追記としては先述の通りです。(「3、4コマ目がそれぞれ別人を写したものであり、4コマ目は検証写真であろう」という見方に説得力を感じたということ。)
ではそこから派生する「5コマ目をどう見るか?」という問題については、自分としては先の①②③の結論に変更なく、「心霊写真」がそこ(5コマ目)にはまるという立場はとらないと。
理由は、5年前に参照させていただいたレポートのいくつかの部分について違和感というのか、そこはかとない疑問があり、そこに書かれた「心霊写真」についてのくだりも直ちには真実としては受け入れがたいという思いを拭えないでいるからです。
では一体どのあたりに違和感・疑問を覚えたのか。
仮にあのレポートの内容がすべて事実であった場合には、自分のいう違和感だの疑問だのは邪推に基づく言い掛かりに過ぎないということになり、
仮にそうなら貴重なレポートを著してくださったライター氏・編集者氏その他関係諸氏に対して失礼極まりなく、そうなってしまう可能性もあることを思えば心苦しくはあるのですが、しかしいつまでも言葉を濁していてはこちらの考えは伝わりませんので、次の「その14」以降、そのあたりをすべて文字にさせていただきたいと思います。
(※ 宝島社『迷宮入り!?未解決殺人事件の真相』の当該レポート部分を参照にしながら読んでいただきますと、内容がより理解しやすいかと思います。むしろそれをお持ちでなければ、ほとんど意味が分からないかと・・・。
そこで、まだお手元にない場合には、まずはこの本の入手をお勧めしたいわけですが、2021年4月現在、お値段のほうが少々お高めになっており、購入をためらわれる場合もあるかと思います。
私としてはこの記事はアメブロがサービス終了しない限り消さずに置いておきますので、よければ本のほうのお値段がもう少し落ち着くのを気長にお待ちいただき、
その時点でなおこの件に関心をお持ちの場合は本を入手いただき、その内容と照らし合わせながらこの記事を読んでいただければと思っています。)
(その14へ続く)
