山梨県南都留郡道志村・小倉美咲ちゃん行方不明事件・その3(おやつ以降の流れ) | 雑感

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小倉美咲ちゃん行方不明事件

 

(その2の続き)

 

15時20分頃に小径Aで「おやつだよ~!」と呼び戻された子供たちは、広場に帰り、隣接の炊事場で、おやつのチョコバナナを食べた。

チョコバナナは、溶かしたチョコレートでバナナをコーティングし、その表面にミックスカラースプレーなどをトッピングしたお菓子。

『仰天ニュース』によると、この時のチョコバナナについて、

「子供たちでジャンケンをして、勝った者から食べることができるというルールだった」

とのこと。

(下の炊事場の画像は、だてレビさんの現地調査報告動画からお借りしたもの。)

小倉美咲ちゃん行方不明事件

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9月21日(土)15時35分頃: おやつを食べ終わった子供たちは、再び遊びに出るために、広場から出発した。

このとき、美咲ちゃんはおやつを食べ終わるのが遅れたため、皆と一緒に遊びに出ることができなかった。

『仰天ニュース』やその他メディアの報道によると、美咲ちゃんより先におやつを食べ終わって遊びに出た子供たちの人数は、美咲ちゃんの姉も含めて9人だった。

(9人が全員そろって広場を出発したわけではなく、何人かずつに分かれて出発したらしい。)

小倉美咲ちゃん行方不明事件

小倉美咲ちゃん行方不明事件

 

美咲ちゃんがおやつを食べ終わるのが遅れた理由について、『仰天ニュース』では、

「美咲ちゃんはジャンケンに勝てなかったのか、ほかの子たちよりも食べ始めるのが遅かった」(ナレーション原文ママ)

としていた。

小倉美咲ちゃん行方不明事件

小倉美咲ちゃん行方不明事件

 

美咲ちゃんよりも先におやつを食べ終え遊びに出た9人の子供たちが向かった先は、「西の森キャンプサイト奥の河原」であった。

そのとき彼らが辿ったルートは、下の画像の、中央の森キャンプサイトを経由する「青の点線のルート」だったとされている。

小倉美咲ちゃん行方不明事件

 

ちなみに赤の点線は、美咲ちゃんがおやつ後に他の子供たちを追って広場を出発した時のルート。ピンクの点線は、子供たちが昼食の天ぷらそば後に裏山や林道で遊び「おやつだよ~!」と呼び戻されるまでのルートを示したもの。

 

子供たちがおやつ後、河原に行く際に辿ったルートについては、「当日キャンプに参加していた子供(6年生)の証言」というのがネットで紹介されており、

それによると、その子(小6)は、おやつを食べ終わった後に、中央の森キャンプサイト経由(青の点線ルート)ではなく、おやつタイムの直前までいた小径A(「おやつだよ~!」と呼びかけられた小径)に向かい、そこから椿沢の河原に降りた、とのことだった。

「小径Aから河原に降りることができるのか?」という問題については、2019年10月の台風19号で小径A付近の椿沢の岸が大きくえぐれて形状が変わってしまう前には、小径Aからでも椿沢の河原(西岸)に降りることができたらしいのである。

下の2枚の画像は、1枚目が『仰天ニュース』からのもの、2枚目がだてレビさんの現地調査報告動画からのもの。

いずれの画像も、子供たちが最後に遊んでいた河原から対岸(つまり小径A側)を眺めたアングルであり、もの凄く乱暴ではあるが、水色の線が小径Aであり、つまりその線のあたりから椿沢の河原(西岸)に降りられたというのであった。

小倉美咲ちゃん行方不明事件

小倉美咲ちゃん行方不明事件

 

仮に小径Aから椿沢の西岸に降りることができたとすれば、そこで靴を脱ぐなりして沢を渡れば、当然、子供たちが最後に遊んでいた側の河原(東岸)にも行けるということになる。

(この、小6の子の証言については、真偽不明の情報ながら、なかなかに具体的で、自分的には「真なのでは?」との印象を受けたので紹介させていただいた。)

 

15時40分頃: チョコバナナを食べ終えた美咲ちゃんが、母親に「みんなのとこに行っていい?」と聞いたので、母親はこれを了承、美咲ちゃんは先に遊びに出た子供たちの後を追いかけて広場を出発した。

美咲ちゃんは小走りで広場からの坂を下り、突き当りを「左折」したところを母親が目視した。(これを最後に、美咲ちゃんは行方不明に)

 

美咲ちゃんは坂下の突き当りを、先に遊びに出た子供たちとは逆方向に曲がったことになる。

ただし、美咲ちゃんが曲がった方向からでも、道順は変わるにせよ、西の森キャンプサイト経由や(一説によると小径A経由でも)子供たちが遊んでいた河原に行くことはできるので、

坂下を「左折」したということは、必ずしも美咲ちゃんが何かしら大きな勘違いをしていたとか、トチ狂ってあさっての方向に行ってしまったということを意味せず、

美咲ちゃんなりに「河原に行こう」とか、「おやつ前に遊んでいた小径Aに行こう(あるいは小径A経由で河原に行こう)」とかの目的意識をもって坂下を「左折」したのではないか、と想像する。

小倉美咲ちゃん行方不明事件

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15時50分頃: 大人たちが子供たちを迎えにいった。『仰天ニュース』によると、このとき子供たちを迎えに行ったのは、父親2人であるという。

父親たちは、広場からの坂道を下って突き当りを「左折」し---つまり美咲ちゃんと同じ方向に曲がり---椿二の橋を渡って「白い家」の道路向かいにある小径Aに入り、そこから対岸の河原に子供たちの姿を見つけて呼び戻した。

子供たちはキャンプサイト内の道を広場へと引き返し、父親たち2人はもと来た小径Aを引き返した。

(子供たちを迎えに行った父親2人が、なぜ小径Aを目指したのか? この点については、おやつタイムの直前に子供たちが遊んでいたのがその場所---小径Aの入り口から20mほど入った場所---だったため、「また同じ場所にいるんだろう」程度の認識で、そこに向かったのではないかと想像する。結果的に子供たちはその場所にはいなかったわけだが、父親たちは、小径Aから対岸の河原に子供たちの姿を見つけて声を掛けたのだった。また、父親たち2人は、美咲ちゃんが広場を出発した約10分後に広場を出て、美咲ちゃんと同様に坂下を「左折」し、その地点から60mほど先にある小径Aに入り、そこから対岸の河原で遊ぶ子供たちに声を掛けてもと来た道を引き返してきたわけだが、その間---当然ながら---美咲ちゃんを一度も目撃していない。)

小倉美咲ちゃん行方不明事件

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16時00分頃: 子供たちが広場に戻ってきた。しかしその中に美咲ちゃんの姿がないことに母親が気づき、皆で近場から探し始めた。

「(美咲ちゃんが他の子供たちを追って広場を出発してから)いなくなったことに気付くまでは20分ほどでした。」(母親HPより)

小倉美咲ちゃん行方不明事件

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16時20分頃: 見つからないので捜索範囲を拡大し、グループラインで連絡を取りながら手分けして捜索した。キャンプ場内、テニスコートの先、受付付近の民家の辺りも捜す。

 母親HPに「受付付近の民家の辺りも捜す」とあるが、これは、椿荘オートキャンプ場を予約・使用する際の受付窓口となる「民宿旅館・椿荘」付近の民家辺りまで出向いて捜索した、ということかと思われる。グーグルマップによると、7家族がテントを張っていた広場から「民宿旅館・椿荘」までの距離は、約900m、徒歩約14分となっている。)

小倉美咲ちゃん行方不明事件

 

17時00分頃: 日没が近づいてきたため、警察に通報した。

『仰天ニュース』や産経ニュースによると、美咲ちゃんの母親が夫の雅さんに「美咲ちゃん行方不明」の連絡を入れたのも同時刻ごろだったという。

小倉美咲ちゃん行方不明事件

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 2019年9月21日の道志村あたりの日の入りの時刻は、17時45分ごろ。ただし現地は山あいのキャンプ場であるため、暗くなり始める時刻は日の入り時刻よりはさらに早かったであろうことが想像され、また、人工的な灯りに乏しいため、日の入り前後からの暗さもひと際だったのではないかと思われる。下の画像、グーグル3Dで見る同キャンプ場の地理的状況。)

小倉美咲ちゃん行方不明事件

 

17時49分: キャンプ場にライトを取りに戻った。

 

18時00分頃: 警察が現地に到着した。『仰天ニュース』によると、この時すでに「辺りは真っ暗」だった。

小倉美咲ちゃん行方不明事件

 

美咲ちゃんの母親は警察に事情を説明し、その他の大人たちは継続して周辺を捜索。男親たちは車で周辺を捜索した。

警察がキャンプサイトの聞き込みを行った。

(『仰天ニュース』によると、この日は「(サイト)40か所のうちの半分ほどが埋まっていた」とのことであり、警察はこうしたキャンパーを対象に、美咲ちゃんの目撃情報などの聞き込みを行ったものと思われる。

また、警察は、17時ごろに通報を受けてから約1時間後に現地に到着している。この点、「到着までに時間がかかりすぎではないか?」と思われる向きもあるかもしれないが、この時に到着した「警察」が所轄の「大月警察署」から出動したのだと仮定すれば、グーグルの地図で大月警察署から行方不明現場までは32.5km、車で50分弱の道のりとなっており、通報から約1時間後の到着にさほど不自然さはないのではないかと。)

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19時00分頃: 地元消防団が現地に到着。母親HPによると、「その後、警察犬が南の森、橋、坂の上、沢を調べるが、反応なしであった模様」とのこと。

失踪当夜の警察犬による捜索のことは『仰天ニュース』でも述べられており、それによると、このとき警察は、美咲ちゃんが当日着ていたが失踪時には脱いでいた青系のチェックシャツを用いて警察犬に臭いを辿らせたが、警察犬は反応を示さなかったという。

小倉美咲ちゃん行方不明事件

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 警察犬が調べたが反応なしであったという「坂の上」とは、例のあの「白い家」裏手の林道のことではないかと思われ、また「橋」とは「椿二の橋」「椿三の橋」、「沢」とは西の森キャンプサイトや南の森キャンプサイト内を流れる「椿沢(の河原)」のことだと思われる。

ちなみに、この事件における警察犬の動きについて、

「警察犬は(椿二の)橋の手前までは臭気を辿り、そこで反応を示さなくなった」

として、あたかも美咲ちゃんが椿二の橋あたりで車で連れ去られた根拠のように言われることがあるが、「警察犬が椿二の橋の手前まで臭気を辿った」という情報には確かなソースは見当たらず、また、母親HPでも、橋その他の場所で警察犬の反応があったとは記されていない。)

 

20時00分頃: 子供を寝かせた後、大人たちは継続して周辺を捜索した。

 

22時00分頃: 警察・消防が、当日の捜索を終了した。

小倉美咲ちゃん行方不明事件

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22日(日)午前0時00分頃: 美咲ちゃんの母親の旧ホームページには、この時刻ごろまで「数人で車で捜しに行った」とあった。警察・消防がその日の捜索を終了した後にも、親たちは捜索範囲を広げ、数人で車で捜しに出ていたものと思われる。

 

22日(日)午前1時30分頃: 美咲ちゃんの父親(雅さん)とその友人が現地に到着。美咲ちゃんの父母と、父の友人とで捜索を続けた。

小倉美咲ちゃん行方不明事件

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22日(日)午前3時00分頃: 捜索中断。

 

22日(日)時刻不明: 山梨県警は、道志村の「椿荘オートキャンプ場」で千葉県成田市から来た小学1年の女児(7)が21日午後から行方不明になっていると発表した。(名前や顔写真は公表せず)メディアでの報道開始。

同日、山梨県警や地元消防団は、約80人で半径5km圏内を捜索した。空からはヘリ、ドローンなども使って捜索したが、手掛かりは得られなかった。

 ドローンの投入は24日であるとする記事もある。)

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9月23日(月): 小倉美咲ちゃんの名前が公開された。

 

9月25日(水)~28日(土)正午: この4日間、村からの要請を受けた自衛隊が捜索に参加、捜索範囲を広げるも、手掛かりは得られなかった。

28日(土)、自衛隊は予定していた範囲の捜索を終了、村からの要請を受け、この日の正午をもって自衛隊は撤収した。)

小倉美咲ちゃん行方不明事件

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9月30日(月): 美咲ちゃんの写真が公開された。

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10月2日(水): 美咲ちゃんの、行方不明となった当日の写真が公開された。

小倉美咲ちゃん行方不明事件

 

10月6日(日): 山梨県警は大規模捜索の打ち切りを発表した。行方不明以来16日間に渡り、警察や消防、自衛隊など、延べ約1700人が捜索に参加したが(ボランティアも多数協力)発見には至らず、手掛かりの一つも見つからなかった。

小倉美咲ちゃん行方不明事件

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10月12(土)~13日(日): 台風19号の襲来により、美咲ちゃんが行方不明となった椿荘オートキャンプ場の一帯も壊滅的な被害をこうむり、痕跡の採取が困難な状況となってしまった。

(下の画像、1枚目は自動販売機が設置されている南の広場あたりの被害状況。2枚目は、キャンプ場の北側にある、キャンプ場へと通じる公道の一部の状況。)

小倉美咲ちゃん行方不明事件

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(その4へ続く)