東電OL殺人事件(平成9年3月)・その2 | 雑感

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東電OL殺人事件

(円山町の「道玄坂地蔵尊」。渋谷109地下一階のトイレで「夜の女」に変身した女性は、「骨と皮だけのようだった」とされる痩せさらばえた体に着古したバーバリーのコートをまとい、手には紙袋を下げ、雨の日も風の日も、足を挫いて松葉杖姿となった時にも、この地蔵尊の傍らに立ち客を引き続けたという。)

 

※※ パソコンからご覧の場合で、画像によってはクリックしても十分な大きさにまで拡大されず、画像中の文字その他の細かい部分が見えにくいという場合があります(画像中に細かい説明書きを入れている画像ほどその傾向が強いです)。その場合は、お手数ですが、ご使用のブラウザで、画面表示の拡大率を「125%」「150%」「175%」等に設定して、ご覧いただければと思います※※

 

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被害女性の亡くなる数か月前からのタガの外れっぷりは、特に女性がそれを詳しめに知れば、ほとんどPTSDモノではないかと。(こちらでは詳しく取り上げていません)

 

以下、ウィキペディアの一部をそのままコピペさせていただきます。(部分や画像は当方による補足)

 

 事件の概要

 

事件発生から10日を経た1997年(平成9年)3月19日午後5時過ぎに、東京都渋谷区円山町にあるアパートの1階空室で、東京電力東京本店に勤務する女性(当時39歳)の遺体が発見された。発見し通報したのは、このアパートのオーナーが経営するネパール料理店の店長であった。

 

後に被告人となるネパール人、ゴビンダ・プラサド・マイナリ(当時30歳)はこのアパートの隣のビルの4階に同じく不法滞在のネパール人4名と住んでいて、被害者が生前に売春した相手の一人でもあった。死因は絞殺で、死亡推定日時は同8日深夜から翌9日未明にかけてとされる。

 

1997年(平成9年)5月20日、警視庁は、殺害現場の隣のビルに住み、不法滞在(オーバーステイ)していたゴビンダを殺人事件の実行犯として強盗殺人容疑で逮捕した。

 

逮捕されたゴビンダは捜査段階から一貫して無実を主張し、一審無罪、控訴審での逆転有罪、上告棄却、再審決定を経て、2012年に無罪が確定した。

 

 「死因は絞殺で」とあるが、再審無罪に至るまでの裁判で明らかにされたのは、女性の死因は「頸部圧迫による窒息死」ということであって、「絞殺」とも「扼殺」とも明らかにはされていないのではないかと。
また、遺体が発見される7日前の3月12日<水>午前9時40分ごろに、豊島区巣鴨5丁目のアパート庭先に被害女性の定期券---正確には「定期券の入った定期入れ」---が捨てられているのが発見された。)

 

東電OL殺人事件

東電OL殺人事件

(1枚目が、事件現場となったアパート「喜寿荘」。画像中央下、やや右寄りにある小さな階段を上がってすぐ左の部屋が101号室であり、遺体が発見された部屋。右隣の古ぼけたビルが粕谷ビルであり、その一室に、冤罪となったネパール人男性が不法滞在していた。)

 

 被害者女性

 

被害者女性は、慶應義塾大学経済学部を卒業した後、東京電力に初の女性総合職として入社したれっきとした社員(未婚)であったが、後の捜査で、退勤後は円山町付近の路上で客を勧誘し売春を行っていたことが判明する。

被害者が、昼間は大企業の幹部社員、夜は娼婦と全く別の顔を持っていたことがマスメディアによって取り上げられ、被害者および家族のプライバシーをめぐり、議論が喚起された。

 

 女性は、1957年6月7日生まれで事件当時39歳。母親と妹とともに、杉並区永福の実家で暮らしていた。

経歴は、慶応女子高→慶応大経済学部→東電。慶大在籍中の20歳の時に、東大卒で東電の社員だった父親を癌で亡くしている。

女性は、1993年に企画部経済調査室の副長に昇進し、殺害された97年3月にも同じ役職にあった。

東電社員として勤務する一方で、1989年ごろからクラブホステスのアルバイトを始め、91年ごろから売春を行うようになった。

事件当時は、平日は1日4人の客を取ることをノルマとし、東電退勤後に渋谷円山町の路上に立って終電まで客を取り、土日は五反田の風俗店に勤務、そこで客がつかなければ、やはり円山町の路上に立って終電まで客を取る日々だった。円山町界隈では目立っており、有名な存在だった。

女性は、自分が東電社員であることを客に話しており、また、家族や東電の社員は女性が街娼をしている事実を知っていたという。)

 

東電OL殺人事件

東電OL殺人事件

 

 職場でのストレスと依存症

 

ノンフィクション作家佐野眞一のノンフィクション『東電OL殺人事件』では、被害者女性には職場でのストレスがあったことが示唆されている。

高学歴のエリート社員で金銭的余裕があるのに、夜は相手を選ばず不特定多数の相手との性行為を繰り返していたことには、自律心を喪失していたとする見方もある。

 被害女性は、東電で約1千万の年収があったとされる。その他、約1憶円の銀行預金を有していたとの情報がある。)

 

 拒食症

 

円山町近辺のコンビニエンスストア店員による、コンニャク等の低カロリー具材に大量の汁を注いだおでんを、被害者が頻繁に購入していたとの証言や、「加害者」とされた男性による、被害者女性は「骨と皮だけのような肉体だった」との証言などから、拒食症を罹患していたことも推定されている。

 学生時代に父親を亡くした時に最初の拒食症になり、東電入社後の1985年ごろに2度目の拒食症になった、との情報がある。)

 

 検察の証拠開示の問題

 

検察は、被害者の胸から第三者のものである唾液が検出されていたにもかかわらず、裁判において証拠開示をしていなかった。この唾液は被告人の血液型B型と異なるO型だった。

そのため、弁護側から「判決に影響を与えた可能性があるにもかかわらず、証拠を提出しなかったのは証拠隠しだ」という指摘がなされている。

 

 警察捜査の問題

 

上述の「鍵を所持していなかった」とするゴビンダの供述に関し、元被告人の同居人が、「鍵をゴビンダから事前に預かって管理人に返した」と捜査本部に説明したにもかかわらず、「ゴビンダが(直接管理人に)返した」とする供述調書が作成され、この同居人には不法残留であったにもかかわらず警察が従来以上の月給の仕事を紹介したとされるなど、見立てに従った捜査が進められたとされる。

また、事件当時の捜査一課に所属していた者の中には、今でもゴビンダが犯人だと思っている者がいると言う。

 

(以上、ウィキペディアの引用終わり)