画像はJR中央線・荻窪-西荻窪間、桜咲く4月の車窓の風景。
1994年4月21日(木)午後11時半ごろ、この区間の下り電車内で、人相風体が失踪直前の川村さんに似た男性が目撃されていた。目撃者によると、その男性は吉祥寺駅に着いた時にはいなくなっていたという。
※※ パソコンからご覧の場合で、画像によってはクリックしても十分な大きさにまで拡大されず、画像中の文字その他の細かい部分が見えにくいという場合があります(画像中に細かい説明書きを入れている画像ほどその傾向が強いです)。その場合は、お手数ですが、ご使用のブラウザで、画面表示の拡大率を「125%」「150%」「175%」等に設定して、ご覧いただければと思います。※※
----------
● 地元以外の場所で死亡した(殺害された)という説
これまでは、川村さんの地元---吉祥寺南町1の自宅付近---で事件に巻き込まれた可能性について考えてみた。
では、地元以外の場所で事件に巻き込まれた可能性はどうなのかと。
気になるのはやはり、川村さんが元同僚(ら)と最後に別れた新宿駅(新宿)や、そこから吉祥寺駅へと向かう路線の沿線ということになるのだろうか。
その線で妄想してみると、4月21日(木)の午後11時半ごろ、飲み会を開いてくれた高田馬場時代の元同僚(ら)と新宿駅構内で別れた川村さん、
中央線で帰宅するべく、ホームで電車を待っていたところへ、「おっ、川村じゃーん!」の声、目をやると出来上がった顔の二人組の男(以下、Aバツイチ、B独身)が、こちらに向かって笑いかけていた。
二人組の素性は川村さんの知り合いなら何でもいいが、例えばここでは、川村さんの東洋大工学部建築学科時代の同期生としてみたい。(現・東洋大理工学部建築学科)
卒業後は、川村さんが設計事務所に、AとBもそれぞれ別の建設会社に就職し、たまに三人連絡を取り合って酒を飲む程度の付き合いを続けていたが、
川村さんが結婚して3年前には子供もでき、その後すぐに大手への転職なども重なりあわただしい日々を送る中で、川村さんと二人との関係は、このところめっきり疎遠になっていた。
AとBもまた新宿某所で飲んだ帰りだったが、これからまだ宅飲みしようということで、西荻にあるAの自宅アパートに向かおうとしているところだった。
「久しぶりだし、お前も来ないか?」
二人はそう言って川村さんを誘ったのかもしれない。
時間も遅く、明日には大切な会議も控えており(これは事実)、川村さんは気乗りしなかったが、
「職場も変わったっていうじゃないか、いろいろ聞かせてくれよ」
「帰りは俺の払いでタクシーを呼んでやるから」
などと言われ、飲み会で遅くなる旨はすでに妻には連絡済みのことでもあり、「午前1時までなら」という条件付きで渋々承知、
西荻窪で降り、最寄りのコンビニでビールと焼酎、つまみをたらふく買い込んでAのアパートの部屋(築20年、3F)に到着したのは、午前零時少し前のことだった。
(実際の目撃情報として、「4月21日(木)午後11時30分ごろ、中央線の荻窪-西荻窪間の電車内で、人相や服装、所持していたショルダーバッグが失踪時の川村さんとよく似た男性を目撃した」というものが、あるにはある)
-----
座卓を囲み、ビールで乾杯して飲み始める三人、
川村さんは問われるままに、幼い息子のこと、奥さんが二人目を妊娠中であること、二世帯の大きな家を新築したこと、転職はより大きな仕事をしたいという夢をかなえるためのチャレンジだったこと、仕事は順調であり、この春から昇進したことなどを話して聞かせていた、
「それはめでたいね」
「へえ、すごいじゃない」
AとBはそう言いながらしきりに川村さんに酒をすすめていたが、二人の間には、いつしか微妙な空気が漂い始めていた。
川村さんとは違い、人生がそう上手くは行っていない二人だったのである。
例えばAの場合、会社は3年ほど前にバブル崩壊のあおりを受けて倒産、しばらく後に他業種へと再就職したものの、その間、プライベートでは夫婦仲がこじれて離婚、娘の親権を元妻にとられ、娘に会えず鬱々とした日々を送っていた、
Bのほうは勤め先の倒産は免れていたものの、経営悪化のあおりで突如畑違いの営業に回され、思うように成績が上がらず、営業課長にどやしあげられる日々を送っているなど、二人の状況は必ずしも楽しいものではなく、
そんな二人が連絡を取り合い、新宿で飲んで鬱を散じた直後に、たまたま出会った川村さんを酔った勢いで誘ってはみたものの、美人の奥さんと二人の子供に恵まれて家庭円満、
一級建築士を取得し、設計事務所を円満退社して大手にスライド、そこでもさらに出世するなど、工学部卒としてのキャリアを順調に積み上げている川村さんの近況語りが、自分たちにはやけに堪(こた)えていたのかもしれない。
(川村が俺たちと疎遠になっていたのも、実は、俺たちのことを違う人種だと疎ましく思い、避けていただけではないのか・・・)
そんな邪推も頭をもたげてきた。
妬ましい気持ちをどうすることもできなかった。
「実は、ついさっきまで高田馬場時代の仲間たちと飲んでいたんだ。新しい会社(大手)で俺が昇進したっていうんで、彼らが祝いの席を設けてくれてね・・・」
川村さんの口からそんな話が語られるに及んで、酒をすすめる二人の目の奥には、意地悪な光が宿り始めたかもしれない。
「俺たちにも祝わせてくれよ。川村は俺たちの出世頭だね」
Bがさっき買ってきた焼酎を袋から取り出し、ビールと焼酎とのチャンポンにして、「これで祝杯しよう」ということになった。
もともと酒に強く、このところの営業でさらに鍛えられていたAとBには平気だったが、そう強くない川村さんにとってはきつかった。
それでも気まずい雰囲気にはしたくなく、旧知の間柄でもあり、祝ってくれるというので無理して笑顔で飲んでいた。
しまいにはAが奥から日本酒を引っ張り出してきて、日本酒と焼酎のチャンポンになった。
川村はいいなあ、順風満帆だな、努力してきた結果だよ、今日ぐらいはパーッと飲もう、時間が来たらタクシーを呼んでやるからなどと、あるいは煽り、あるいは強要していたが、
そこには、「泥酔させて、明日は無断欠勤させてやればいい」「今日は美人の奥さんのもとに帰してやらなくていい」という本音が隠されていたのは当然のことである。
(注:ここでAが想像以上のワルだった場合、奥からさらに白い粉の小袋を引っ張り出してきて、耳かき一杯ほどの白い粉を川村さんのグラスに混ぜる、ということも考えられたが、そこまでは想定せずに話を進めてみたい)
注がれるままに飲み干してしまったのは、酔いによる判断力の低下がそうさせたのか、あるいは、二人が川村さんに酒量を意識させないように、ちょうど、わんこそばをおかわりさせるような要領で、わざと小さめのグラスに注いでは「ささ、グーっと」などとひっきりなしに飲ませていたのが(悪い意味で)奏功したのか、やがて川村さんは完全に酔いつぶれて横になってしまった。
二人の狙い通りだった。
「だらしねえ」
二人は「いい気味だ」というような目で川村さんを見下ろしながら飲み続けていた。
B「明日は大切な会議があるとか言ってたな」
A「ああ、朝は起こさないでおいてやろう。たまには無断欠勤でもして、ヒンシュクを買えばいいんだよ」
夫が帰らず慌てふためく美人の奥さんの姿を想像するのも、また楽しいものだった。
やがて午前2時ごろ、「俺らももう寝ようや、シャワー借りるぞ」「ああ、布団は押し入れに入ってるから、適当に出してくれ」などと寝支度を調えて消灯、
その際、座卓の前で横になり動かない川村さんにも毛布を一枚かけたのだったが、単に酔い潰れたというにしては、その顔から血の気が引いており、額にはうっすらと脂汗のようなものが浮き、息が微妙に荒くなっていることには気づかなかったのである。
-----
トイレに起きたBが、薄明かりの中で川村さんの異変に気付いたのは、その約2時間後のことだった。
「おい、ちょっと起きてくれ・・・」
BはAの頬を軽く叩きながら、耳元に顔を寄せて囁いた。
「なんだ、どうしたんだよ・・・」目を閉じたまま顔をしかめるA、
「どうしたもこうしたもないんだよ・・・」とB、
「今トイレに起きたんだけど、川村を見てみたら吐いてたんだよ。まずいと思って、本人を起こそうとしたら、ぐったりしてピクリとも動かないんだ。なんか、息してないようなんだけど・・・」
「えっ?」
跳ね起きるA。
部屋の明かりをつけて、川村さんの顔をまじまじと見てみた。
瞳孔は完全に開いており、鼻や口の前に掌をかざすも、呼吸の感覚は伝わってはこなかった。
手首をとってみると脈もなかった。
「死んでる・・・」
状況的に、急性アルコール中毒による死亡であることは、ほぼ間違いないものと思われた。
慌てた二人は、心臓マッサージの真似事のようなことをしてみたかもしれない。
しかし今さらどうなるものでもなかった。
B「ヤバいよこれ、どうしよう、救急車呼んだほうがいいのかな?・・・」
A「ちょっと待て、呼ぶったって、もう死んでる」
B「じゃあどうするよ・・・」
A「・・・」
B「お前があんなに飲ますから・・・」
A「馬鹿言うなよ、お前だって楽しんでただろ? それに、最初にチャンポンにして飲ませたのお前じゃないか」
B「・・・」
A「ほら見ろ、自分だけ逃げようとするんじゃないよ。酒がいけなかったって言うんなら、俺たち二人は共犯だよ」
B「共犯って・・・別に犯罪じゃないだろ? 酒の飲み過ぎで死んだんだから・・・」
A「いや、こういうのは確か犯罪になるんだ、なんとか致死ってやつ・・・大学生の一気飲みとかで時々問題になってる」
B「でも無理やり飲ませたって言わなきゃいいじゃん、川村が勝手に飲んだって・・・」
A「それはそうだけど、飲んだ量がおかしいってことはばれるんじゃないか、普段、深酒をする奴じゃないのに、焼酎や日本酒のチャンポンで、死ぬまで飲んでるって・・・」
B「・・・」
A「それを川村の家族が、絶対あり得ない、おかしいって言いだしたら、警察も調べるんじゃないか?」
B「調べるって何を?」
A「だから俺らをさ。俺の部屋で、俺らと一緒に飲んで死んだんだから。しかも酒に強くない川村が、平日の夜にだよ? 無理やり飲ませて死なせたんじゃないかとか、警察に呼ばれて事情聴取くらいはされるだろうってことだよ」
B「事情聴取?」(と、目に困惑の色を浮かべつつ)
B「そういうのって、職場にも知れちゃうのかな・・・」
A「そりゃ、知られずに済むってことは考えにくいだろ、一応、容疑者ってことになるんだろうし・・・」
B「容疑者・・・」
二人は川村さんの遺体を前に押し黙ってしまった。
脳裏には、このことが職場に知られた場合の上司や同僚のリアクション、川村さんの家族への言い訳などが駆け巡っていたかもしれない。
人ひとりの命を奪い、妊娠中の妻から夫を、3歳の息子やこれから生まれるであろう子供から父親を奪ったという結果の重大性については、思いが至らないようだった。
「なあ、川村には悪いんだけど・・・」
やがてAが重い口を開いた。
「これ、表沙汰にするのよさないか? いまさら救急車呼ぶったって、川村はもう生き返らないんだし、呼べば呼んだで、今度は生きてる俺たちに、いろいろと面倒なことが起きてくるんじゃないか・・・」
Aはそう言って、正直に救急車を呼べば自分たちに起きてくるであろう、その「面倒なこと」について並べ立て始めた。
まずは、警察の事情聴取を受ける可能性があるということ、「死ぬまで飲むなど、絶対にあり得ない」という家族や知人らの証言に基づいて、自分らへの取り調べは厳しいものになる可能性があるということ、自分たちのどちらかが途中で根負けして、真相を話してしまう可能性がないとは言えないこと、
仮に川村さんが勝手に飲んだとシラを切り通せたとしても、現場に居合わせて事情聴取を受けた疑わしい人間ということは職場に知られ、上司や同僚からは胡散臭い目で見られ、今後それがどういった形で人事上の不利益を及ぼしてくるかわかったものではないということ、
川村さんの人となりを知る者は皆、「あの二人が怪しい」と、自分たちを疑惑の眼差しで見るであろうということ、工学部時代からも含めて川村さんとの共通の友人知人は少なくないが、彼らの多くと半ば絶縁状態(村八分)になってなってしまうかもしれないということ、
そしてなにより、たとえどんな言い訳をしようとも、川村さんの家族は絶対に納得せず、遺恨が残るであろうということなどを語り、その上で、
「だから正直に申告したって、何一つ得られるものはないんだ、それで川村が生き返るとでもいうならともかくさ・・・。表沙汰にしても、いろんなところに波風を立てて、聞く人皆が嫌な気分になって終わるだけだよ、馬鹿正直に申告した俺らも、疑われたり、恨まれたりするばかりで何一つ割に合わない。それならいっそ、川村には悪いけど"失踪"ということで始末をつけたほうが・・・」
などと、遠回しに遺体を自分たちで処分することを提案したのだった。
「そうだな、川村は、もうどうしたって生き返らないわけだし、誰にも、何も得られるものがないなら、そういう形で始末をつけるのもありかもしれない・・・」と、BもAの提案に同意、
遺体をどうやって処分するかという話になった。
-----
30半ばになる社会人の男二人が、車はともかくとして、どちらも免許すら持ってなかったとは、やや考えにくい。
おそらく二人とも、あるいはどちらか一方が、車か免許を持ってはいた。すなわち自分たちの車か、あるいはレンタカーを使用しうる状況にはあった。
ここでは、Aが車持ちだったと想定してみたい。
「車に乗せて、どこかに運ぼう」
そうなったのは、ごく自然な成り行きだった。
ところがここで問題となったのが、遺体の部屋からの運び出しだった。
現場はアパートの3階だった。
遺体を抱えて下まで降りるのが困難というわけではないが、やはり、二人で大きなものを抱えて降りているのを目撃される可能性があるのは好ましくない、
遺体を細かくして、バッグか何かに入れて運ぼうということになった。
外に運び出したとして、どこへ遺棄するか?
山に埋める、ということをBが口にしたが、これにAが異を唱えた。
山に埋めるのは簡単なようでいて、意外にそうでもないのではないか、というのだった。
暗闇の中で人ひとりの遺体を埋める穴を掘るのは、想像以上に難儀なはずである、
それに、山ならどこへでも穴を掘ればいいというものではない、下手をすれば、山林の所有者が定期的に見回る場所に埋めてしまうリスクもある、
夜に「周囲には何もない」と思って穴を掘っていても、朝になって見たら近くに民家があった、その民家で放し飼いにされている犬が、遺体を掘り当ててしまうという可能性もある、
そういった事態を避けるためには、適切な場所を選ぶ必要がある、そのためには入念な下見が必要になってくるかもしれない、そうやって走り回るうちに、速度取り締まりや検問に引っかかる恐れもある、
ひと月ほど前に起きた福岡の美容師バラバラ殺人事件、あれなどは、遺体を車に乗せて走り回るうちに、警察が道路に仕掛けた隠しカメラみたいなもの(注:Nシステム)に捕捉されて、それが逮捕のきっかけになったというではないか、
それに、埋めるだけなら骨が残り、いつまでも発見されるリスクがある、ということを語ったうえで、
「どうせ遺体を細かくするのなら」
とAは続けた。
「近場にゴミとして出して、ゴミ収集車に回収させるのが確実だよ。これなら永遠に出てこない」
Bもこの提案に賛同、近場でゴミとして出すことに決めたが、ここでまた一つ問題が生じた。
杉並を含めた23区のゴミ袋は、3か月ほど前から半透明化されており、それに遺体を入れて出すのは危険ではないか、ということだった。
ゴミステーションには見張りが立つ可能性もある。見張りのいない深夜のうちに捨てれば、ルール違反だということで、翌朝には中身を改められる可能性もあった。
23区外で、公共のゴミ箱、できれば、中身の見えないポスト型のゴミ箱が多数置いてあるような場所、例えば大きな公園のような場所はないか、
思案して直ちにひらめいたのが、Aのアパートから2km弱離れたところにある「井の頭公園」だった。(武蔵野市と三鷹市の両市にまたがっている)
「ちょっと様子を見てくる」
暗い中、自転車で出ていくA、井の頭公園のゴミ箱の数や位置、その投入口のサイズなどを確認しようというのだったが、やがて30分ほどして戻ってきた。
池の周りの遊歩道にゴミ箱が点在している、そして、ゴミ箱はかごのタイプではなく、中身の見えないポスト型で、投入口のサイズは20cm×30cm、
場所が川村さんの家にほど近く、万が一遺体が発見されれば直ちに川村さんと結び付けられそうな位置ではあったが、遺体を分散遺棄するにはかなりの好条件で、直ちには他に思い浮かぶ場所もなく、時間も限られていたことから、贅沢を言ってはいられなかった。
井の頭公園のゴミ箱に捨てよう、分厚い肉の塊だと怪しまれるかもしれないから、どの断片もなるべく腕の太さぐらいに合わせることにしよう、念のため、指紋を削ぎ、掌紋には傷を入れておこう・・・
その方針が決まったのが、午前5時ごろのことだったかもしれない。
(遺体が発見されたゴミ箱を調べる鑑識)
-----
22日(金)の何時ごろから解体を始めたのかはわからない。
もしかすると、その日はそれぞれの勤め先に出勤し、適当な理由をでっちあげて仕事を早めに切り上げ(5時ダッシュ)、急ぎ帰宅して解体に取り掛かったのかもしれないが、
とりあえずここは、二人とも22日(金)に「急な発熱(40度)と猛烈な吐き気」で休みを取ったという設定で、その日の流れを妄想してみると、
まずは午前中、早いうちに車でホームセンターに赴き、安物の毛布を二つか三つに、ブルーシートと新品のノコギリ二つ、作業台を組むための資材を調達してきた。
二人で作業するのに浴室は狭すぎる、キッチンにブルーシートを敷き、その上に毛布を二重三重、場合によっては四重にして敷き、さらにその上に作業台を置き、そこで切り分けようというのだった。
あっという間に簡易な作業台が組みあがった。このあたりは、工学部出身の建築関係という以外になかった。
まだ手足に死後硬直の及んでいない遺体をその台の上に置き、公園ゴミ箱の投入口に入るサイズに合わせるべく、定規を当てながら遺体を手ノコで切り分けていった。
作業台から滴り落ちる血は下の毛布に吸わせていた。作業が終われば、毛布はハサミで切り刻んで、燃えるゴミで出す予定だった。
手足の切断は比較的容易だったが、胴体の一部に着手したときに問題が起こった。
露わになり切り裂かれた内臓から、猛烈なアルコール臭が漂ったのである。
昨夜自分たちが無理強いした酒に違いなかった。
この事態にBが妙なことを言い出した。
「なあ、これやばいんじゃない? 万が一、遺体が見つかったら、解剖で死因を調べられるんだろう? 川村の場合はアルコールだけど・・・。解剖されたら酒の飲みすぎで死んだってばれちゃうんじゃないか。ほら、血中アルコール濃度とかいうやつで・・・。だから、この血を、どうにかする必要があるんじゃないかな、それとも、心配しすぎだろうか?」
「いや・・・」と、Aは思案顔をしていたが、やがて口を開いて、
「血中アルコール濃度のことはよくわからないけど、血をどうにかする必要はあるかもしれない。だって万が一にも遺体が見つかってしまえば、遺体は近所の行方不明者(=川村さん)ではないかという線で調べられるんじゃないか? もし血液型が照合されれば、遺体はその行方不明者(=川村さん)である可能性が高いということになるし、その線で捜査がされれば、我々に辿り着かれる可能性がないとは言えない、それに、解剖所見で遺体の血中アルコール濃度が異常に高いということにでもなれば・・・」
その目線の先には、昨晩、AとB、川村さんの三人でビールとつまみをたらふく買い込んだコンビニの店員の顔がちらついていた。
たとえあの店員の記憶には残ってなくても、店内の防犯カメラの記録には残っているかもしれない。
また、駅や電車内など、三人一緒の姿を、どこの誰に見られているかもわかったものではなかった。
「まあ、用心に越したことはないよ。身元の特定や俺たちにつながるヒントは、全て潰したほうがいい」
血は一滴残らず抜こうということになった。
-----
「血抜き」という作業が加わったことで、当初の予定は大幅な変更を余儀なくされた。
仕上げに水洗いをする必要があるということで、急遽、水切り袋を調達、処理が厄介そうな頭部と胴体は後回しにして、まずは腕や足の(サイズ合わせと)血抜きを急ごうということになった。
切り分けた断片(胴体の一部を含む)を流水の中でひたすら手もみして血抜きを行い、それをさらに水洗いして表面をすすいだ。
27とも33ともいわれる断片すべての袋詰めを完了したころには、すでにあたりは暗くなっていたかもしれない。(袋の数自体は24~27といわれる)
そのまま深夜を待ち、それらの袋をさらに二つか三つの大きめのポリ袋にまとめて入れて車に積み込み、井の頭公園へ(22日深夜~23日未明)、
公園わきの適当な場所に路駐するか、ちょっとした駐車スペースに無断で停めるかして、二人してポリ袋をたずさえ、岸辺の遊歩道に降り、
俺は時計回り、お前は反時計回りなどと役割分担しながら、遊歩道わきのゴミ箱に、一つ、また一つと遺体入りの袋を遺棄していった・・・という流れが考えられたが、
あるいは別のパターンで、22日(金)は目の下にクマを作りながら二人とも出勤、適当な理由をでっちあげて仕事を早々に切り上げ、現場(Aの自宅)へと舞い戻り(22日午後6時ごろ?)、二人して遺体を抱えて浴室へ、
あらかじめ血抜きをしようと決めておいたか、あるいは、解体の途中でAかBのどちらかが「死因(アルコール)」であるとか「血液型」であるとかのことを言い始め、血もすべて抜こうということになったか、どちらかは不明ながら、
ともかくも、比較的サイズの統一がしやすく、血抜きもしやすそうに思えた腕や足などの部分から優先的に作業を開始、
遺体を持ち込み、成人男性二人が作業するにはあまりにも狭い浴室の足場に難渋しつつも、深夜から翌日(23日)未明までには、どうにかそれらの部位についての処理を終え、東京都推奨炭酸カルシウム混入ゴミ袋(半透明)への梱包を済ませた。(全部で24~27袋)
まずは第一弾として、これらを22日(金)深夜~23日(土)未明にかけて井の頭公園に持ち込み遺棄しよう、遺棄後は直ちに西荻のアパートに引き上げ、残る頭部や胴体---腕や足などよりも細かくするのがより難しいと思われる部分---についての作業を続行し、
第一弾の遺棄が無事に回収された(と見えた)場合には、残りの部分(頭部や胴体)を、早ければ23日(土)深夜~24日(日)未明に、遅くとも24日(日)深夜~25日(月)未明にかけて、再び井の頭公園に持ち込み遺棄しようということになった・・・といった流れも考えられるだろうか。
いずれにしても、見つかることはないだろうとタカをくくっていたが、井の頭公園の女性清掃員の予想外の行動によって、23日(土)の午前11時ごろに発見・通報されてしまった。
「井の頭公園で人間の切断遺体発見」---衝撃の一報は、土曜の昼下がりのお茶の間(死語)を駆け巡ったものと思われた。
テレビを前に言葉を失う二人、傍らにはまだ、頭部や胴体が処理半ばの状態で横たわっていた。
もはや「山に埋めるのは危険だ」などと言っている場合ではなくなった。
急ぎホームセンターに赴き大型のショベルを2個調達、残りの遺体をすべてまとめて二つか三つのポリ袋に入れ、23日(土)深夜~24日(日)未明にかけて、土中に埋めるべく、西多摩あたりの山中へ、
下見なし、出たとこ勝負の遺棄だったが、彼らにとっては幸運だったことに、遺体は発見されないまま現在に至る、という流れが妄想されたが・・・
やはり、ご都合主義的な不自然さは否めず、書きながら「あるわけないだろ」との自己突っ込みを何度も入れてしまった。
しいて言えば、上のような状況(宅飲みでの事故からの証拠隠滅)の場合は、「Aによる単独犯」として話を作ったほうが、まだ自然な流れにはなったような気もする。
この事件の犯人像を思い描くのは本当に難しい。
----------
いくつか妄想話を並べてはみましたが、このあたりにしておきたいと。
他にもまだ、人違い殺人説であるとか、病院、焼き肉屋、精肉工場、宗教団体、高井戸のほうの誰か(男性?女性?)が関与しているという説、臓器移植目的ではないかという説など、様々な説があります。
関心ある方は調べてみていただければと。
数ある説の中に、言いにくいのが一つあるじゃないですか。
その線でも考えてみたいが、なにか憚(はばか)られるものがあり、言いにくいと。
これは、この事件を考察される方の多くが、感じることではないかと想像しますが。
自分も正直、その線はどうなんだろうかと思ったのですが(記事中では触れていません)、その疑念を少し氷解してくれる情報がありまして、それは「その2」で紹介させていただいたオカルトクロニクルさんのサイトに出ています。
それによると、事件当時に、被害者である川村さん宅の近所に住んでいた人物(Zさん、当時未成年)から、オカクロさんのサイトに耳寄りな情報提供があったとのことで、
Zさんは、井の頭公園で遺体が発見される前の晩(多分に94年4月23日午前零時~同日午前1時ごろとのこと)に、「髪の毛を焼くような臭い」が自宅南側の窓に漂ってきたのを覚えており、そんな臭いが漂ってきたのは、後にも先にもその晩だけだったとのこと。
(髪の毛を焼くような臭い、というのは、Zさんは子供のころに髪の毛を焼く遊びをしたことがあり、その時の臭いに似ていたとのこと)
この情報の見方は人それぞれかと思いますが、私は率直に言って、この状況は怪しい---つまり犯人が焼却炉などを用いて、処理の難しい頭部や胴体部分などの焼却を試みていた可能性がある---と思うのですが、
興味深かったのは、オカクロさんによると、臭いの発生源として怪しいのは、井の頭公園から200mほど離れた数件の民家のどれかではないか、とのことなのでした。
Zさんの家の位置からして、すでに「臭いの発生源と思われる家」のアタリも付いているようにお見受けしましたが。
いずれにしても、この距離(井の頭公園から約200m)などの情報によって、その、正直言いにくいと感じていた疑問が、自分の場合は、やや氷解しました。
(人によると、この情報によって、より一層疑いを深めたと感じるのかもしれませんが、自分は氷解方向でした。)
疑念を抱えたまま口ごもっているのは体に良くないので、有り難かったわけです。
その一方で、川村さんの家の近所で髪の毛を焼くような臭いが漂った---つまり、ご近所の犯行の可能性もある---ということで、疑いがやや深まったのが「交通事故の可能性」ということでした。
思うに、交通事故は、路上を走っている時だけではなく、車庫を出るその瞬間にでも起こります。
具体的な状況を想像してみると、例えば4月22日(金)午前零時過ぎ、東進ハイスクール横の井の頭公園方面へと向かう細道(川村さんの通勤ルート)のどこかで、誰かが、車庫から車をバックで出そうとしていた、それは飲酒運転だった、
車庫からバックで車道に出るときに、アクセルの踏み加減をちょっと間違ってしまい、思わぬ勢いで車道に出てしまった、
その瞬間、後ろのバンパーあたりに「ドン!」という衝撃があり、何か轢いたかと慌てて車を降りてみると、そこには、路上に倒れ、頭から血を流して呻(うめ)いている川村さんの姿があった、
車のリアバンパーで腰のあたりを強打し、飲み会の帰りで酒が入っていた川村さんは、ろくに受け身も取れずに路面に頭部を強打したものと思われたが、
飲酒運転その他もろもろの事情的に「事故を隠蔽したい」と考えた加害者が、意識の朦朧としている川村さんを自宅に連れ込み・・・車で遠くに遺棄するのではなく、裏をかいて近場でゴミとして回収させることをもくろみ、
サイズ合わせや血抜きが比較的容易だった腕や足の部分は優先的に処理し、自転車の前かごに入れて複数回に分けて井の頭公園のゴミ箱へ(4月22日深夜~23日未明)、
頭部や胴体(内臓)は、庭に設置していた焼却炉で焼却を試みるも(4月23日午前零時~同日午前1時ごろ)、例えば、とんでもなく異様な臭気が漂い始めて焦った~骨まで焼き切ることが困難と感じたなどの理由で中断、
燃え残った部分をショベルでかき集めてポリ袋に入れ、車に積み込んで山か海へ(そちらは未発見のまま終わる)・・・という流れなども考えられるのかなと。
とにかく、川村さんの自宅近隣で、遺体発見直前の深夜に髪の毛を焼くような臭いが漂ったという、聞き捨てならない話がオカクロさんのサイトに詳しく紹介されているので、是非、そちらを読んでみていただければと。
いまさらですが、難事件だと思いました。よくわからなかったです。
わからないなりに、「その3」ぐらいまでに、基本情報だけは並べてみましたので、この事件を考えるに際して、よければ使ってみて下さい。
(「よし、わかった! 犯人は漁師だ・・・」
しかし実際にはそう簡単にはいかず、最後まで、これといった犯人像が浮かばないままだった。)