(こち亀でもネタになった、ゴミ袋の半透明化問題)
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■ 犯人像(いくつかの説を取り上げつつ妄想してみる)
● 交通事故隠ぺい説
「その3」でも触れたとおり、司法解剖を担当した杏林大の佐藤教授は、この「交通事故隠ぺい説」には否定的な見方だった。
「単なるひき逃げ犯が、あんなやり方で遺体をバラバラにするでしょうか。」(佐藤教授談)
確かに、交通事故の加害者がその責任を逃れる方法として手っ取り早いのは、その場から逃走することであり(警察24時でよく見る風景)、
なにも遺体を収容して持ち帰り、バラバラにして指紋を削ぎ落し掌紋に傷をつけ、血抜きをし、袋に厳重に梱包して、公園のゴミ箱に分散遺棄する必要はないと思われ、佐藤教授の述懐(「単なるひき逃げ犯が・・・」)も、もっともなものと思われた。
ただ、もしかすると「単なるひき逃げ犯でも、あんなやり方で遺体をバラバラにすることがあるかもしれない」・・・と思うのは、
例えば、事故現場と加害者の自宅が非常に近い、というような場合はどうだろうか。
そういった状況であれば、責任逃れをするためにはその場から逃げるだけでは足りず、遺体そのものを持ち去り隠ぺいしようとする事故加害者がいたとしても、不思議ではないのではないかと。
具体的な場面を妄想してみると、男(以下、A)は川村さんのご近所だった。(武蔵野市吉祥寺南町1)
その夜、Aは酒酔い運転だった。
職業は何でもいいが、わかりやすい例として警察官としてみる。
(証拠隠滅の強い動機があれば、特に警察官である必要はなく、他の職業、例えばこの春に昇進したばかりの「医者」「教授」「役人」もちろん企業のサラリーマン、希望の職場に就職したばかりの新卒、その他でも構わないかと。)
Aは定年退職目前だった。
あるいは定年退職目前ではなかったが、本人50歳、妻(48)は専業主婦、長男(20)と長女(18)、猫(5歳♀)あり、
長男は私立大学の2年生(一浪)、家から通えるのに「一人暮らしをしてみたい」と、都内某所で一人暮らし中、
長女もこの春に都内の大学に入学したばかり、「おにいちゃんがあの成績で一人暮らしをさせてもらっている」などと理屈をこねて、こちらも大した成績でもないのに都内某所のアパートで一人暮らし中、
「学費や生活費のいくらかは援助してやらなければ」とのことで、親としては金がかかって仕方がない、
中古で買った住宅のローンもまだ20年分残っており、自分の父親は老人ホーム、母親は病気で入院中だった。
4月22日(金)の午前零時過ぎ、吉祥寺南町1丁目の自宅へと車を走らせるA。
少し前に某所で飲んだばかりだったが、「家はすぐそこだし・・・」との油断がAにハンドルを握らせていた。
井の頭通り沿いにある東進ハイスクール横の交差点を、井の頭公園に向かって左折(南進)、
住宅地の中の細い一本道を約200m進んだ先には踏切(京王井の頭線)があり、踏切からさらに100mほど先に、井の頭公園の遊歩道入り口があった。
左折の瞬間から、Aの意識は約200m先の踏切に向けられた。
「警報機はまだ鳴ってないな。よし急げ」
アクセルを踏み込むA。
酒で気が大きくなっており、踏切で一時停止する気はハナからなかった。
途中、左側に黒い人影が見えたような気がしたが、意識は前方の踏切を突っ切ることに集中、
スピードを落とさず人影の脇を走り抜けようとした、その瞬間、
「ドーン!」
異常な衝撃を、助手席側のフロントに感じたのである。
咄嗟にブレーキを踏み込むA。
「マズい、何か轢いたか・・・」
降りて確認すると、スーツ姿の男性が仰向けで微動だにせず、路上に横たわっていた。
昇進祝いの飲み会を終え、今まさに自宅へとたどり着く寸前だった、一級建築士の川村誠一さん(35)だった。
倒れた川村さんの手をとるA。
しかし路面で頭部を強打していたのか、すでに脈はなかった。
「素面(しらふ)の時ならあり得ない・・・。酒で目測を誤ったのか・・・」
自分の職業のこと、飲酒運転のこと、速度オーバーのこと、家族の現状のこと・・・いちどきに酔いの醒めたAの脳裏を様々なことが瞬時に駆け巡った。
「放置して逃げるか」
その考えが頭をよぎったが、すぐに思いなおした。
逃げるといっても、自宅は目と鼻の先だったのである。
救急車を呼ぶ選択肢はなかった。
呼べばすべてが露見し自分の生活は破壊される。
周囲を見回すA、目撃者がいないことを見て取ると、遺体を素早く車内に引き込み、そばに落ちていたショルダーバッグも収容して車を発進させた。
直後に帰宅、起きて待っていた妻、
夫のただならぬ様子に驚き、何かあったのかと心配そうに問いかけた。
着替えもせずソファーにへたり込み、両手で頭を抱えるA、やがて妻に対し、今そこで人を轢いたこと、死なせてしまったこと、相手は知り合いではないが、朝、車で通勤するときに、吉祥寺駅方面に歩いていくのをよく見かける人で、近所の人であるのは間違いないこと、飲酒運転だったこと、遺体はまだ後部座席に乗せてあること・・・などを語り始めた。
言葉を失う妻、やがてかろうじて、「でも・・・ご遺体を病院に・・・」との言葉が口を突いて出るも、夫は即座にこれを否定、
いまさら病院に運ぶにしても、酒の入っている自分では運転ができないこと、妻が運転するにしても事故時に誰がハンドルを握っていたのかということは、状況的に必ずばれるであろうこと、
自宅に救急車を呼ぶにしても、なぜ遺体を家に運んだのかという話になること、
そもそも事故が露見すれば、懲戒免職は確実であること、
それどころか逮捕起訴され、遺体を車に積み現場から逃げた悪質性も勘案され、比較的長期の懲役は免れず、生活は根底から崩れること、
「それを回避するためには」
絞り出すような声で夫は言った。
「遺体そのものを隠蔽し、この人には突然の失踪としてこの世から消えてもらう以外にない」
遺体さえ出てこなければ事件にはならない、それは単に成人男性の行方不明の問題であり、警察ではおざなりの事務処理がなされるのみであり、捜査はなされず、我々の今の生活は保障される・・・
Aはそう強調した。
妻にとっても、もはや善悪を論じる余地はなかった。
子供や自分たちの生活がすべてだった。
「遺体をどうするの? これからどこかに捨てに行くの?」
恐る恐る質問する妻。
奥多摩か、埼玉、山梨あたりの山中に遺棄しに行くのかと思いきや、夫の答えは違った。
「車に遺体を乗せてうろうろしないほうがいい。ぶつかった時の衝撃で左のバンパーが凹んでいるし、左のライトが欠けてしまっている。あれで乗り回すと目立ってよくない。パトに見つかれば整備不良の現行犯で捕まる可能性もある。
それにお前もニュースで見ただろう? ひと月ほど前に福岡で起きた美容師のバラバラ殺人事件・・・(1994年3月15日容疑者逮捕)。
あれは、遺棄のために遺体を車に乗せて動き回ったから、『Nシステム』というナンバー読み取り装置に捕捉され、それが逮捕のきっかけになったんだ。どこにそれが仕掛けられているか、俺も詳細は知らないし、他県のそれは全くわからない。防犯カメラだってどこにあるかわからない。
下手に車で動き回るよりは、遺体を細かくして近くのゴミ捨て場に出し、ゴミ収集車に回収させたほうが確実だ。今から公園のゴミ箱の投入口のサイズを確認してくる。そのサイズに収まるように、遺体を切ってゴミ箱に入れよう。」
「公園」とは、言うまでもなく、その中心に大きな池を擁する、広さ43万㎡のそれのことだった。
巻き尺を手に自転車で出ていく夫、やがて5分としないうちに戻ってきた。
「ゴミ箱の投入口は20cm×30cmといったところだ。厚さは20cmまで、長さもそれくらいで切ろう。あまり分厚い肉の塊だとまずい。太ももやふくらはぎは肉を削いで、なるべく腕の太さくらいに合わせることにしよう」
万一発見され、遺体が自分たちの近所の人間だと知られるのはよくない。身元を隠すために指紋を削ぎ、掌紋には傷を入れ、血液型の特定を困難にするために、血もすべて抜こうということになった。
DNA型による鑑定に慣れた現代の感覚からすれば、これは中途半端な証拠隠滅にも思われたが、いまだ昭和の感覚を色濃く引きずっていたであろう一警察官の措置としては、さほど不思議なものではなかったかもしれない。
「俺が切るから、お前は風呂に湯をためて揉み洗いしてくれ。蛇口は開けっ放しでいい。どんどん湯を足しながら揉むんだ」
「いいか、我々は決して残酷なことをするんじゃあない。この人が憎くてやるんじゃあない。仕方なしにやるのだ。
この人はどうしたってもう生き返ることはない。しかし、この人の遺体さえこの世から消えてくれれば、我々の生活は今まで通りでいられる。我々の両親も、あの歳でショックを受けずに済む。なにより無関係の息子や娘の未来、まだ見ぬ孫たちの未来を助けると思って、心を鬼にしてやってくれ」
妻は目の前の光景に気を失いそうになりつつも、夫の言葉に心を奮い立たせ、必死で遺体を揉んだのである。
すべての断片の揉み洗い(血抜き)を終えると、半透明のゴミ袋に包装、一つの袋で二度包むというやや特殊なやり方だったが、これは飼い猫の猫砂(糞尿)を処理するのと同じやり方だった。
発見された遺体の断片のサイズから推し量ると、体全体を同じようなサイズで切断したとすれば、全部で50ほどの断片に切り分けたのではないか、ともいわれている。(発見されたのは27個のみ)
仮にそうだとすると、手ノコで切り、厚い部分の肉を削ぎ、指紋を削ぎ、掌紋に傷を入れ、各断片を揉み洗いして一滴残らず血を抜き、表面をすすいで袋に梱包し・・・という作業を50数回繰り返したことになり、普通のバラバラ事件における解体時間よりも、はるかに時間がかかったものと思われた。
(渋谷の歯科医の次男が妹をバラバラにし、関節部分で切って断片は15個、所要時間2時間で、法医学者の上野正彦氏によると、これは「解剖医顔負けの速さ」であるという)
4月22日(金)午前1時ごろから解体に取り掛かり、朝7時半ごろに、「突然の発熱で40度ある。吐き気も酷く休みたい」という旨、職場に連絡、
その後ぶっ通しで作業を続けて、すべての断片を梱包し終わるころには22日(金)の正午を回っていた(あるいはそれ以上?)かもしれない。
「少し休もう。捨てるのは夜遅くになってからでいい」
張りつめていた心の糸が緩み、二人は夜まで泥のように眠ったかもしれない。
遺棄については、例えば「すべての断片を一度に捨てると、目立ちすぎてばれるかもしれない」などの計算から、まずは約半分の24袋(27袋とも)を、4月22日(金)の深夜から23日(土)の未明にかけて遺棄し、残りの半分は一日ずらして再度井の頭公園に持ち込むか、別の公園のゴミ箱にもっていこうということになった。
あるいは、1994年当時、川村さんが住んでいた武蔵野市の燃えるゴミの日は「月・水・金」だったことを勘案すれば、
もしかすると、すでに指摘されているように、犯人は4月22日(金)の早朝までには頭部、胴体の大部分、脳や内臓部分の処理を終えており、それら---つまり未発見の部分---を22日(金)の朝に燃えるゴミとして近場のごみステーションに出し、
残った両手足~胴体の一部(つまり発見された部分)を、翌週25日(月)の燃えるゴミの日を待ちきれずに、22日(金)の深夜から23日(土)未明にかけて井の頭公園のゴミ箱に投棄した、ということだったのかもしれない。
「頭部、胴体の大部分を、近場のごみステーションに遺棄した可能性があるかどうか」ということについては、当時の武蔵野市のゴミ袋の色もかかわってくるかと思われるが、
もしかすると間違っているかもしれないが、私が調べた限りにおいては、ゴミ袋の半透明化は、東京23区では1994年1月17日からであり---当初93年10月1日から実施の予定だったが、条例の施行が延期されたことが「こち亀(86巻)」に出ている---その約3か月後の94年4月当時(バラバラ事件発生)の武蔵野市においてはまだ黒いゴミ袋(黒のポリ袋)の使用が許容されていたかもしれないことを考えると、4月22日(金)の未明中に処理が完了した頭部、胴体の大部分を同日朝のうちに燃えるゴミとして黒のポリ袋に入れ、近場のごみステーションに早々に出し、まったく気づかれないままゴミ収集車に回収されてしまったということは、確かにありうるのではないかと思う。
頭部や胴体の大部分をいつどこに遺棄したのか、それはひとまず置くとして、のちに発見された両手足と胴体の一部を遺棄した時の状況を妄想してみると、
4月22日(金)深夜~23日(土)未明にかけて、Aは自転車の前かごに遺体の断片を6袋ほど詰め、井の頭公園へと向かった。
家を出て1分前後で公園東端の遊歩道に到着、自転車のライトは点けず、園内の外灯の明かりを頼りに池の周りを反時計回りに回り始めた。
遊歩道わきに点在するゴミ箱に一つ、また一つと袋を投棄、前かごが空(から)になると自宅へと引き返し、また6袋ほど補充して公園へ。
3往復目ぐらいからは、回り方を時計回りに変えるなど、工夫をしたかもしれない。
いずれにしても、往復すること4~5回、時間にして約20~30分のうちに、すべての袋の投棄を完了、
自宅へ戻り、今度は懐中電灯を手に、散歩のような素振りで事故現場へと向かい、人目がないのを確認しながら、路上に落ちているめぼしい欠片(かけら)を素早く拾い集めた。
川村さんのものと思しき眼鏡も、その時に拾って帰宅、妻に、
「車の破損をどうにかする必要がある。この近くで修理に出さないほうがいい。お前は今日(23日、金)のあさイチで車に乗って実家に帰ってくれ。実家でも懇意にしている整備工場があるはずだ。そこにこの車を持ち込んで、立ち木の枝にぶつかったとでも言って、左のバンパーの凹みとヘッドライトの割れを直してもらうんだ。急ぐ必要がある。
部品を注文することになるだろうが、ゴールデンウィークにこの車で東北を回る予定で、4月28日(金)の夕方には出発予定だから、遅くとも27日(木)までには仕上げてほしいと、倍額払ってもいいから、部品が到着次第、大至急修理を頼むとでも言ってみてくれ。どうしても受け付けないときは仕方がない、その時は他をあたってみよう。」
これに従い、妻は23日(土)の早朝に立川市の実家に帰省、
父親が使っている整備工場に車を持ち込み、「ゴールデンウィークに、この車に友人らを乗せて遠出をする予定があるので大至急修理を頼みたい、ご無理を言うので料金は倍額払ってもいい」等々を工場長に相談、
料金倍額の言葉に苦笑する工場長、「いや、それは結構ですよ」と遠慮しつつも、急いでやることについては承諾、部品の取り寄せと修理を3日で完了、
三鷹署の特別捜査本部でバラバラ遺体の身元が近所に住む一級建築士の川村誠一さんであることが判明した、まさにその日(4月26日、火)に、事故の痕跡など微塵も見られないピカピカの状態で、車の引き渡しを終えたのだった・・・
という展開を妄想してみたが、やはり、「交通事故の隠蔽」ということについては無理があるかもしれない・・・と思うのは、
少なくとも、発見された27個(33個とも)の遺体の断片には、交通事故の痕跡が見られなかったのだった。(解剖医談)
例えば、後方から来た車の左フロントで右腰のあたりを弾かれて転倒、路面に頭を強打して即死だとしても、手足にも路上にも、倒れた時の擦り傷ぐらいは残るものではないかと思うが、そういったものがあったとは報告されていない。
また、先の妄想のように、東進ハイスクールの交差点から川村さん自宅方向へと向かう一本道で事故があれば、まずはその付近の住人に何らかの衝撃音が聞かれるのではないか、
「ドーン!」というそれらしい音を聞いたのが「井の頭通り沿いにあるマンションの複数の住人」であり、川村さんの自宅近所の住人達がその種の音を聞いたという話が伝わっていないのも解せない。
また、バンパーやヘッドライトなどフロント部品の破損があれば、事故後に散歩を装いつつ路上のめぼしい欠片(かけら)を拾い集めたとしても、拾い残しは出てしまうものではないかと思うし、警察が調べればばれてしまうのではないか、
車に弾き飛ばされたときに路上で頭を強打し亡くなったのであれば、そこに血痕~血だまりが残るであるとか、そうした事実がありそうなものだが、それも報告されていないのだった。
こうした状況からすれば、少なくとも先のような展開---川村さんの自宅付近での交通事故---は、やはり考えにくいのかなと。
ただ一方では、未発見の頭部や胴体に事故の痕跡が残っていたことも考えられること、また、路上に残された事故の痕跡が見落とされた可能性もなくはないだろうということを考えれば、
交通事故隠ぺい説も---有力とは言えないながらも---可能性の一つとして念頭に置いておくというのはありなのではないか、とは思う。

