いつもお読みいただきありがとうございます😊
昨日、故郷で開業している弟の家に行ったことを書きました。
私と弟は、小さい頃は顔立ちがよく似ていました。
弟は小さい頃は体が弱く、私は人より強い子で、喧嘩も負け知らずでした。
両親が開業した頃、弟はまだ5歳で、幼稚園児でした。
親が突然忙しくなりとてもさみしかったと思います。
7歳の私と弟は、両親の仕事が終わる19−20時まで医院の2階で2人過ごす日々でした。
そんな日々でしたので、兄弟仲はとてもよく、どちらかが、母に怒られて外にだされると、支援物資(お菓子とか、音楽プレーヤーとか)を窓から渡すこともありました😂
弟は、いわゆる「宵越しの金は持たねえ」的な性格で、手元にお金があると、欲しいものにパッと使うタイプでした。
方や私は、”将来欲しくなるもののためにお小遣いとお年玉はためておく”というタイプでした。
先日、弟のガレージを見させてもらいました。
私の視点では、乗る人は1人しかいないし、仕事がいそがしくて多分そんなに乗れないのに、なんでそんなにバイクが何台もあるのか?という疑問がわきます。
車も複数台所有しており、どれも大きな車なので、ガレージは当然足りません。
私と夫の思考回路は、”いまの空間にゆったり収まるように物の量を調整する” というものです。
しかし、弟は、”空間に入り切らなくなったら、別の場所に新たな空間を設ける”というものでした。
どちらがいいとか悪いとかという問題ではないと思いました。
本当に、全然思考回路が違うんだなあ、と実感しました。
弟の車も、バイクも、趣味のものも、ぴっかぴかに磨かれており、大切にされていることは、すぐにわかりました。
きっと、私の何倍もの仕事をしている弟にとって、車やバイク、趣味グッズの手入れをする時間、愛でる時間が、心がリラックスできる時間なんだと思いました。
であれば、弟のモノに私が口をだすのは違うと思うのです。
モノの量は人それぞれ。
モノに対する考え方も人それぞれ。
大切にしているモノも人それぞれ。
そこには正解も正義もないと思っています。
弟の車への愛は本物で、1960年代の車をエンジンから整備しなおして使っています。
それを語る、弟の表情は、本当に生き生きとしていて、愛に満ちていました。
展示場では絶対に乗ることのできない、貴重な車を運転させてもらった夫も、感動していました。
ただ
もし、あのコレクションを残したまま弟が先に逝ったら、お嫁ちゃんが大変だろうな、、、と思ったのも事実です😂
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