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昨日の続きです。
先日も、虎次郎がいなくなったときのことを思い出し、辛くなってしまったこと、自分を憎んでしまうことをMさんに聞いてもらいました。
LINEで自分の苦しい気持ちを伝えると、優しいMさんが、いそがしいなか、すぐにお返事をくれました。
”Mさんそんなふうに思っていたんですか!?虎次郎ちゃんが、Mさんの愛情を忘れるわけないです。TNRした2匹ですらご飯もらいに来てるんだから。帰ってこれなくなったんです”と言ってくれました😭
そして、”虎徹くんもシャムちゃんもお外にでたがらないですよね?虎ちゃんは、野生の血が強かったんですよ”と。
また、ご自身も家族にひどいことを言ってしまったけど、言われた本人は意外と気にしてなかったですよ、と。
Mさんは、本当に優しい方で、その言葉に私は随分と心が救われました。
そして、以前は、”虎次郎がいなくなったのは、あのときのあなたの行動のせいだ”と言っていた夫。
先日涙ながらに苦しいことを話したら、”いなくなる日の夜、虎次郎はいつも通り甘えてきていた。いままでも2〜3日帰ってこないことあったし、もしかしたら、今ごろ、他の人の家で家猫なってるかもだよ”
そう言ってくれました。
本当のところはわかりません。
家猫にできなかったことは事実ですし、事故にあったのかもしれないし、それは私達の責任です。
でも、人は、心が弱りきっているときは、”自分が求めている言葉をかけてほしい”のだと痛感しました。
そしてたとえ、それが事実ではないとしても、救いになるんだと。
私は医師なので、どうしても、医療においては事実ではないこと、根拠がないことはいえません。
義父の足が治らないことについても、それは初期の時点で私が強く勧めたように、専門医受診すべきであり、神経の損傷が進行してからでは回復は厳しいと言ってきました。
義父はいつも納得がいかない、という憮然とした表情でした。
それはきっと、”お薬飲んでリハビリしていたらよくなるかもしれないですよ”という言葉を期待していたんだと思います。
専門医でなければ、私もそう言っていたと思います。
でも、それで治らなかった場合に、「誤診」ということにもなります。
普通の「嫁」という立場なら、義父に優しい言葉や、希望適観測は伝えられたのに、といまさらながらに思います。
言葉というのは、本当に扱いが難しいものでもあり、今回のように救ってくれるものでもあると思いました。
