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僕は僕だよ


みなさんは、「猫はためらわずにノンと言う」という本をご存知でしょうか?

 



著者は、ステファン・ガルニエさんで、フランス人の方です。

 

猫に学ぶ、心が軽くなる生き方や、強さ、しなやかさを書いた本で、何度も読み返しています。

 

断捨離®を日々していますが、本は、こうして何度も読み返したいものだけ手元においています。

 

その本を久しぶりに開いていて、本当にそうだなと思う言葉がありました。

 

それは「猫は、猫以外になろうなんてしない」という言葉です。

 

人は、人と自分を比較して、あの人みたいになりたい、あんな顔になりたい、もっと、こうだったら、と思います。

 

いま、そこにある自分、ではなく、どこか遠くにあるはず、と思っている自分になろうとします。

 

若い世代ほど、その傾向が強く、SNSの中やTVの中にいる「美しい憧れの誰か」になりたいと思います。

 

もちろん、憧れて、その人に近づこうとして、ダイエットをしたり、メイクをしたりするのは素敵なことです。

 

ただ、それが行き過ぎると、「あの人みたいになれない自分はだめだ」と思って、心を病んでしまうことがあります。

 

そんなとき、思い出してほしいのが、猫は、どんなときでも、猫自身であり続ける、ということです。

 

著者の猫ちゃん、ジギーは、足の怪我で、3本足ですが、彼は、そのことを全く気にしていません。

 

4本だろうが3本だろうが、ジギーはジギーでいて、足が1本なくても、庭で狩りをし、警備をし、当たり前のように飼い主にとびつきます。

 

「足が1本ないから、自分はだめだ」とは思っていないのです。

 

我が家の中庭に、次々にやってくる野良猫さんたちも、「僕には家がないからだめだ」なんて思っていないように感じます。

 

誇り高く、常に堂々としているのです。

 

寒い日に何度か、家の中にはいってきていいよ、と彼らに声をかけましたが、はいってきたのは、虎次郎と、シャムちゃんだけでした。

 

晩年、やせて弱ってきたとき、ボス猫だった三郎が、数時間滞在しましたが、結局自分で出ていきました。

 

虎徹は、すっと背筋を伸ばして、自分のテーブルにいき、じっと私の方をみて、ご飯がないよ、と訴えます。

 

スリスリしたり、小さな声で鳴くことで、何をしてほしいか伝え、それが当たり前のようにふるまっています。

 

触られたくないとき、1人になりたいときは、すっとその場からいなくなり、静かで安心できるベッドにいます。

 

つまり、彼らは、常に、自分を心から愛していて、他の猫や、他の生き物になろうとはしないのです。

 

失ったものではなく、今あるものや、あなた自身を丁寧に、大切に扱っていただきたいな、と思うのです。