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猛暑に咲いてくれた

フロレンティーナ


母は昭和10年の生まれで、平成31年に小腸癌で亡くなりました。

 

まだ母が元気だったころ、私は、母が大量の物を持っていることについて、”こんなに残していったら困る”などと、母の気持ちを考えず、批判めいた言葉をかけてました。

 

当時の私は、母に限らず、職場でも、夫にも、「自分の正しさ」を押し付けていたように思います。

 

でも、断捨離®を学び、それは間違っていたと気づきました。

 

人には、それぞれに、自分の思う正しさがあり、モノに対しても想いがある。

 

自分と同じように行動できない夫や、モノに執着していた母に、過去の私は怒りやいらだちをぶつけていたのです。

 

それはつまり、当時の自分には余裕がなく、自分を顧みることができなかった、いえ、目を背けていたのだと今は思います。

 

断捨離®を通して、自分がなかなか捨てられないものに向き合ったとき、自分の中にある、強烈な劣等感に気づきました。

 

理系科目ができなくて、高校生活が暗かったこと、医学部受験に苦労し2浪もしたこと。

 

”数学ができるようになれば、もっと自分に自信がもてるんじゃないか?”と思い…


今がんばっても意味がないとわかりながらも、中学からの数学をやりなおそうと本を買いました。

 

なんとかその本をよみ、問題集も解いて、1冊やりとげても、当たり前ですが、自分の人生が変わるわけではなく😂

 

その本を古本と一緒に捨てることにしたとき。


”私は数学も物理もできなかったけど、それでも、自分なりに勉強して、今、なんとか医者の仕事しているじゃないか”と、過去の自分を許し手放せました。

 

一方、母は晩年、過去をひきずり、人を恨んで、未来には不安を溜め込んでいました。

 

口癖は、”お金がない家じゃないし、買えばいいのよ!”でした。

 

そして、若い頃は、学歴や、家柄に重きを置く人で、いわゆる、「目に見えるわかりやすいもの」に価値をおいていました。

 

そういった価値観に、私も弟も猛烈に反発しました。

 

思えば、母も、”私が正しいんだから、言うことを聞きなさい”と子供のころから私達に押し付けてきました。

 

それは、悪意からではなく、”子供たちに失敗してほしくない”という考えだったと思います。

 

母は、昔、自由に物が買えなかった反動もあり、デパートで服やカバン、宝石を買うことが大好きでした。

 

自分が気に入った人には気前よく、それらを差し上げていましたが、売る、捨てるということはできない人でした。

 

そして、”子供たちがまだ、素直でかわいかったころ”のものは手元におく過去執着によるためこみ。


”これから先どうなるかわからない”という未来不安から、大量のストックのためこみ。

 

 

母に必要だったのは、現実を受け入れ、今を生きることだったと、しみじみ思います。