お久しぶりです。しばらく更新が止まっておりました。最低でも月1で更新しようと思っていたのに、、。


そんなわけで最近の近況やら、あった出来事、思ったことをここに残しておきます。


実は、私数ヶ月前にドラァグクイーンデビューをしました。

その経緯を説明すると、以前も言及した通り私は、ゲイクラブカルチャー、ハウスミュージックが好きです。←同年代で趣味を分かち合える人は貴重

遊びに行っている時から、いくつか気になる点がありました。客に迎合していつも同じ曲ばっかり掛けるDJ、何が好きなのか見えてこないドラァグクイーンとか。

特に自分の楽しみなボーカルハウスイベントで、次期担い手的な意味合いで呼ばれら若手DJが、とりあえずこの曲掛ければいいんでしょ、と言わんばかりの選曲をしていたり、ドラァグクイーンがステージで誤魔化す感じでリップシンクしていたり。。どれだけの思いや愛があるかってのは透けて見える。

そもそもクラブで遊ぶ若者が少なくなってきて、人気なイベントは 若い世代の趣味に合わせたJpopや Kpop系統ばかりで、遊びに行くイベントの客層などを見て、ゲイカルチャーから派生したハウスミュージックで踊る文化が日に日に衰退しているように感じてきました。(ハウスミュージックとか、オネエハウスって本質主義的なオネエとかルーツや感性を賞賛する人たちの集まり故、社会的認知、理解、法制度などソフト面ハード面共に進むと、ゲイである事にネガティブな感情を抱かず自身のアイデンティティと嫌でも向き合う機会が減り、所謂"ゲイ"的なものに対する思い入れが減退するのかもしれせん。)

ですが、私たちが歩いている道は、先人たちが汗や血を流して舗装してきた道。私のとって、そこを知らん顔で歩くことは足元向けて寝るに等しいこと。忘れられつつあるゲイカルチャーを大切にする心をなんとかして引き継ぎたいという感情が芽生え出しました。その目的に対する、方法としてあったのが、自分がドラァグクイーンになること。せっかく、ハウスで踊る心を受け継いでいこうとイベントを立ち上げてくれるオーガナイザーが、やっぱり若い子は興味がない、、と失望されることが一番避けたいことでした。自分が出れば、若手クイーンにもオネエハウスを始めたするボーカルハウスを愛でる人がいるんだと示せる。

そんな事を考え出したとき、偶然にも女装する機会を得ました。とある若者向けに門戸を開いたイベントのスタッフを友達とやっていて、院/学部を卒業するスタッフ面々で、ステージで出し物をしようとなりました。そこで、せっかくなら女装しようとなり、当日イベントに出演するドラァグクイーンにメイクを教えてもらって、塗って、出し物をしたり、音楽に合わせて踊っていたらクラブのスタッフの方によかったら、デビューしない?とお声がけ頂きデビューとなりました。


それで、ここ数ヶ月ショーを考えたり、ぷらぷら夜遊びに行ったり、たまに勉強したりと、過ごしていました。


2丁目とボーイバンド


気になるハウスイベントに遊びに行っていると、二丁目ゲイクラブの定番のツボを心得ていくもので、結構90年代ボーイバンドの曲も入っていて驚きました。


例えば、A1のReady or Not

オネハのど定番の曲で、振り付けが付いてます。



WestlifeのUptown GirlのAlmightyリミックス



Take thatのRelight My Fire(最近原曲ばかり聴く) 途中で手を叩く振り付けあり。


そして、私はまだ直接クラブで聞いていたことはないですが、

BoyzoneのYou Needed Me (Jewels & Stone Remix) 



と、Stephen GatelyのI Believe (Jewels & Stone Remix)  



この曲は、YouTubeにどなたかが作ってくれているオネハリストに入っていて、それだけだとどの程度の定番度だったかいささか推し量れなかったのですが、mixiで過去の(といっても15年とか前)コテコテのボーカルハウスイベントのコミュニティを覗いていたら、そのイベントに出演なさったDJさんが当日流したプレイリストを載せていて、そこにこの曲があったり、ベテランDJが Twitterでこの曲につきて言及していて、ちゃんと流れて愛しまれていたんだな〜と知れて嬉しくなりました。


多分、このUKボーイバンドを流行らせたのは、中村直さんの存在が大きかったのではないかと思っています。中村直さんは言わずと知れたレジェンドDJで、80年代はNYCで白人が多いクラブでDJをされていました。80年代後半に日本で芝浦にGOLDという伝説的なクラブが出来るときに、レジデントDJとしてプレイ。その後は、Liquid RoomのThe Private partyなど大きなゲイナイトで回されていました。残念ながら、2014年に亡くなられました。直さんのDJを聴けなかったのは、かなり残念。。ですが、なんやかんや未だ彼のポリシーや魂は受け継がれているとヒシヒシ感じます。(もちろん、若手の担い手不足は進んでるけど)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E7%9B%B4_(DJ)

オネハのど定番Ready or Notは、中村直さんが流行らせた的なことを当時から遊ぶお姐さまから聞いたことはあったのですが、Liquid RoomのPrivate PartyのFinalの音源を聴いたら、Westlifeの Flying without wingsのリミックスをかけていて、直さんUKのボーイバンド好きだったんだなぁってのが伝わってきました〜。


この辺の真相は、機会があれば直さんを知るDJ(よく知る人ほどレジェンドで話しかけるなんて烏滸がましい)に、こそりこそりと機会があれば聞いてみようと思います。


気がつけば、どっぷり音楽に、クラブに、足を突っ込んでしまいました。決して上手な生き方だとは思わないけも、自身で選択をして、自分の道を生きている気がします。今が一番楽しいです。←自己肯定

昔、こんなブログ書いてたのに。『新宿2丁目には行ける範囲で行く』今週も遊びにいきたいな、でも金欠。イベントはこの日しかないから、、後で稼げばいい。ダメな思考を今週もしてます。初めての二丁目小学生の頃見ていた月曜から夜更かし…リンクameblo.jp


幾分気が休まらない日々が続いていて、更新しておらず、すみませんでした。過去のブログを読んでくださっている推定読者3名の方には、急な方向転換では無く、地続き感を少しでも感じてもらえるのでは、、と思っています。(小声)


もし、私の存在(クイーン名は伏せておきます)を導き出して、新宿二丁目で見かけたり?遭遇したら、なんなりとお声がけ下さい🫶(そんな方がもし、、もし、、奇跡的にいれば!)


最後に、私の一番好きなBoyzoneの曲

Love Me for A Reason!!!!