ある男が
夜空に向かって
神様よ
私は一生懸命あなたに喜んでもらえるように
真っ当な道を歩き生きてきた。
お天道様に顔向けができないような
生き方はしてこなかった
誰にも頼らずがんばってきた
なのに
こんな私にこんな仕打ちをされるのか?
酷いじゃないか!!
って男が天に向かって
叫ぶと
私はお前といつも一緒に
歩んで来たんだよ
との声が・・
男が振り返ると地面についた足跡は👣は
その男のものしか残っていない
そんなの嘘だ!!
俺を見離していたんだろう!!
俺の足跡しか残っていないじゃないか!!
って男がいうと
私はお前を背負って
ずっと歩いて来たんだよ
って・・
自分がどんなに
辛くて
苦しくて
誰かの言動に傷ついて
誰かを呪ってやろう
って
思える状態に陥っても
人に生まれた以上
紙一重
の分だけ
人って地に落ちていない
めっちゃ薄いかもしれないけど
その分だけでも
そこから落ちないようになっている
でも
それに気付けない
気付いたところでナニ?
ナニが変わるっていうの?
この辛い現状から救われるって
いうの?
って
そう思っちゃいますよね。
😥😞😥
辛いことが重なると
人って考えること、思考するってことを
放棄してしまう。
もしくはそれを無視しようと
目を背けてしまう。
でも
人の魂って
本当はオールマイティー
だって我ら魂って
神様からの分け御霊
って思うと
すべてのことは
たいしたことないんです。
😳😳🤔😁
でも
そのままだとこの地球に、この世に生まれてくる
必要ってないんですよね。
だから
魂はうつむくように
悩むように
悲しむように
闇に隠れるように
セットされている
それに
どう気付けるのか
どうそういったものを乗り越えて行けるのか
そこに
魂の向上
という本来の意味、答えに導ける
何かを感じて決まった寿命という
長さのなかで己の魂を
切磋琢磨させていく。
角張った部分を丸く研磨するために
たいしたこと
大変なことが
沢山ぶつかってくる
💀😡😤😠
ようになっている。
🤔🤔🤔😁
私は運良く?
そうなるべく?
観音様っていう存在
パワー体に手を合わせることになったおかげで
角張った先を丸く丸く研磨していく
事を修行だって思えるようになって
います。
まだまだ未熟者
中途半端なために日ごろ目の前で起こる
事象にいっぱいいっぱいですけどね。
🤔😳😳😅
でも
目の前に起きることは
すべて自分の責任
という宇宙の法則を知ってから
すべてがお手上げ、誰かヘルプミーって
泣き叫ぶことはなくなりましたが
それでも
気持ちが折れる時も正直あります。
毒をはく
鬼になりそうな時もある。
😥😑😥
そんな時に
思い出すのが、
ってか
思い出してごらん
って言われているのでしょうね。
って
昔、杏里さんが歌っていた曲が
ふと脳裏に流れて来ました。
あなたの流す
涙はそのまま
私のものになるって
きっとそれって
私の流す涙は観音様の涙
であり
観音様の流す涙は私の涙
なんだ
って思うと
観音様はいつも私とともにあって
同じ景色を見て私の行動、心の
有り様、そして私の目の前の光景に
涙を流される
それが私の心の涙として現れる。
涙目で物事を見てはいけない
っていうのは
観音様がいろんな不条理なことに
耐えきれず心が下向きになっていく私を見て
悲しみの涙を流される。
ちゃんとした判断が
できなくなってしまう。
愚痴
怒り
不満
不平等感
自分だけ?
っていう観念で
自分を判断してはいけない。
他人と自分を比べてはいけませんね。
🤔😅
観音様もきっと私が思うことに
涙を流して下さる。
観音様を泣かせてはいけない
って思うと
自分にストッパーがかかって
ある意味諦めの境地に達します。
諦めるとは明らしめる
ということ。
光が当たって
それはもう自分には必要ない
執着してはいけない
そこに留まってはいけない
って
分かること。
学ぶこと。
🎶
観音様はすべてを
自分に委ねなさい
任せなさい
と、
優しいお顔で私に
光を当ててくれます。
私が観音様になればいい
どんな時も
私が観音様になればいい
本当は
ただそれだけなんですよね。
って
なかなか難しいことですが・・・
😅😅😅😅
観音行
の修行
それを心にしっかりと持って神仏のお役
に立てるように生きていくこと
最近、私の心のガラスが曇っている
それに
曇っている人を周りに多く見ます。
私に観音様が光を当ててくれるように
私が観音様の代わりに光を
当てていけるようになっていかないと
観音様も
お前は何をしている?
修行はどうした?
でっ何が問題なんだ?
って
困惑されそうですね。
杏里さんの昔の名曲
⭐LANI⭐
愛する相手のことを
想う無償の愛
そんな曲が
今の私にとって
まさか観音様に発展していくなんて
🤔😳😳🤔
観音様とのお約束です。










