涙のワケは・・手をつなごう | 観音様とのお約束、高津天心ブログ

観音様とのお約束、高津天心ブログ

な~んの縁か、江戸川の地で観音様から光を当てていただけるようになりました。
少しでも神様のお役に立てるように、自分が日々感じた事を文章にしてみようと
思いました。
高津理絵さんから公認された御心カウンセラーです。

手と手をつなぐ・・・

日テレの水曜ドラマ

★anone ★

録画しておいた最終回を見ました。
アノネさんが刑務所から
出てきたのをハリカちゃんが
迎えにきて一緒に帰るシーン。


お互いに手をつないで歩いていく
後ろ姿に・・・私ソーイチ自然と涙が
こぼれました。

最近誰かと手をつないだかな・・・

って思うと、ここんとこなんやら
かんやらで名古屋の実家に帰る事が
多くなっていて、

手を繋ぐ一番の相手といえば・・・
それはマイマザー
母親ですね。

パーキンソン病と判明してから
クスリを毎日飲んで、進行を
止める事を続けて何年目だろうか・・・
マイマザーの場合、重度の要介護
ってところまでにはなっていない
ので、自分の事は自分でやってます。
でも、長時間何かするっていう
体力はなく、パーキン病独特の
症状、例えば力が入らない、
夜寝ていると奇声をあげたり、
歩くのがおぼつかなかったり、
動作が鈍くなって、子供に戻った
ような感じになる。
頭はしっかりしているので
アルツハイマー性の痴呆
ではないのですが、やることなすこと
のろい、テキパキとできない・・・
本人は自分がそうなっていることに
危機感を感じて、母親なりに
努力しているのですが、母の
面倒を見ている父にかかる負担は
お大きく・・・
その結果いつも喧嘩

早くしろ!
何度同じことを言わせるんだ!
俺を巻き込むな!

って、母に浴びせかけるキツイ言葉の
シャワーに、このまま行くと
この二人壊れていかないかな~って
思ったり😱😥
でもなんだかんだ言って父も母も
お互い一緒にいる。
っていうか、70過ぎまで二人で
共に生きてきて、もう離れようがないし離れる理由もない。
お互い憎しみあっているわけでも
ない。ただこの先への不安、という
荒波に揉まれているだけ。
だからお互い喧嘩してもしっかりと
手をつないでいないと、手を離して
ばらばらになってしまったら・・・

だから

その思いが二人を喧嘩させて
一緒に居させてくれているのかも
知れないですね。

病気になったお前が悪い・・
病気になった人への優しさが
足りない・・

お互いがお互いの足りない所を
指摘し合うシーソーゲーム。
片方が重くなりかけたら、もう片方
の方がいきなり重くなったり。

お互いに反省しつつも、和解、喧嘩
を繰り返してお互いを試している
ようにも見えます。

だから息子の自分がたまに帰って
お互いの中間に入ることで、少しは
シーソーも揺れずに平均を保てれば
・・・・


いい大人になって、父と母が
手を繋ぐ光景を見るようになりました。
喧嘩しても母は父の手を引くし、
父も文句いいながらも母の手を引いて
歩いたり。
幼い頃には全く見た記憶がないその
光景に、どこかほのぼのするのですが
両親が手を握っている
いうことが、とても不思議なことに
思えたりするんです。


母がそんな状態になったのはすべて
パーキンという病のせい。母も
なりたくてなったわけじゃないって
分かっていても、一緒に暮らすと
お互いの主義主張、エゴが出て
お互いに頑固だから、己の
言っている方に相手を合わせよう、
型にはめようって意地をはって
なかなか折れようとしない。

だから喧嘩に発展していくのですが
それでも

出掛ける時は手を繋ぐ・・・

手を繋がないと母がちゃんと
歩けなかったり、転んだりしたら
大変っていうことも、もちろん
あってのことですが、
父も
もーやっていられない!
お母さんの世話するのもうんざり!
って・・・・

でも、

二人でこの先の人生を生きて
行くしかない

不思議なことに思えるのは
きっと母と父の出す波動っていうのか
オーラに温かさがあって一体感って
いうものをより強く感じるようになった
からだと思います。

父も母も
もともと他人。
血の繋がりはないわけです。

アカの他人が今世で一緒になって
ずっと一緒にいることを選んでいる。
あの世から降りてくるときに
お互いがそう決めてきたことを
実践してきた結果の今の両親の
姿。


私ソーイチ、
今世はひとりで生きていくって
いうかんじなので、自分が年くった時
誰か手を繋げる人がいるのかな?
ひとりでいることが寂しいわけでは
ありません。
ただ、誰かとかかわり合いをもって
いきたいとは思います。

アノネさんとハリカさんは
あかの他人。アノネさんのもとに
集まったのはみんな血の繋がりのない
他人

でも血の繋がり以上の関係性を
築いていけることの美しさ、
それぞれの持つ宇宙が融合しあって
やがってひとつになっていく。
そこに現れる融和の世界・・・

母の兄、おじさんが亡くなったことは
過去のblogで書きましたが、
お坊さんが唱えるお経を聞きながら
眠いわけではないのに眠ってしまい
丸まったカラダを揺らす母の手を
握ってあげると我に返り、また背を
伸ばしてお経が終わるのを待つ母。
父はしっかりしろって母を諭すの
ですが、私ソーイチはただ黙って手を
握り自分が傍にいるから大丈夫!
と、母にエネルギーを送るのみ
でした。

こんなことでしか親孝行ができない
今の自分が情けなくなりました。

そんな私にも、手をつなごうって
アノネさんが優しくしてくれて
いるようで、そこに観音様からの
光✨が射し込んできたからこその
涙だったのかも知れません。

皆さん最近誰かの手を握ったり
手を繋いだりしていますか?

その人という宇宙と自分という
宇宙が交わった時に生まれるもう
ひとつの世界

私ソーイチも違った世界を
神仏からだけではなく、身近な人との
関係性に見いだしていけたら
いいな~って・・・

ドラマを見て思いました。




観音様とのお約束です。