昨夜バレーボールから帰ってきた娘が半べそをかいている。

コーチに怒られたか友達と喧嘩をしたのかと思ったら、全く違う話だった。

 

高校が始まるということで7月に注文した本が届いていない。3か月も前に注文したのに。

注文先は生徒それぞれが選んで注文している。

うちは学校の事務所で進められた店で頼んだのが、どうやら「学校の勧め」と言うのがいけないらしく、うちの子だけ未だにもらい受けていない。早くに受け取った人は、学校とは関係ない店だった。

今まで何度も店に行って確認したが、まだだ、注文先がダメだから、と老いぼれた婆さんが言うそうだ。

 

それに学校の先生が「ありえない」とキレて、話をきいてくれないんだそうだ。

 

バレーボールに行くついでにまたお店に寄ったら、また届かないと言われた。それで泣いている。

 

これは何か裏があると見たほうが良い。

本の販売者が問題なのではなく、店に問題がある。

注文順に本を渡していない。身内や知り合いを優先している可能性は大いにあり、ここはイタリア。

もう知り合いの分はすんでいるので、他の子はどうでもいい。多分注文していない。特にアジア人だし。

 

ではどうするべきか。
まず注文先を変える。キャンセルはしない。

ダブルで届いたらこのアホな店は返品処理をする。

受け付けなかったらそれはそれで良し。大した金額ではない。

 

先生。

両親から事情を説明した手紙を書き、夫と私のサインをして子供に渡す。電話番号も添える。

子供からの言い訳は、どうやら先生の感情に火をつけされるようなので言わせない。

教科書がないと困るのは事実なので、上級生に中古を譲ってもらうように話を聞きつつ、同級生から何ページか写真を送ってもらってその場をしのぐ。

 

 

アホな店の対応はイタリアよくあるある、
感情的な人が多いのもイタリアあるある。

こちらは冷静に対応すれば大丈夫。心配なし。

感情は入れないで行動するべき、と言うのは本当に正しい。

 

 

 

 

 

「無職転生Ⅱ」が先週終わった。ネタバレあり。
 

かわいそうに14歳の娘にも付き合わせてしまったが、大人の私は存分に楽しかった。

もちろん無理強いをするつもりはなかったけれど、ウエーっ、とか言いつつ、拒否はしなかったので、良しとする。
 

最初絵がヘン、と思うところがあったが、ストーリーは本当に面白かった。特に最後に来るほど心理描写が丁寧にされて、とても良かった。

原作を読んでいる人は説明が足りない、と思うらしい。私も読み始めているが、時間がないのでなかなか前に進んでいない。

アニメは時間制限がある中で表現していくわけだから、ある程度は仕方がないのだと思う。

 

男性の身体的な話なので、男性のほうが共感するのだろうが、自信がなくて怖気て進めなくなることは女性にもあることなので、理解できる。特に失恋は本当に傷つく。

最後に主人公は支えてくれる伴侶を得て、良かったね、で終わった。また春から始まるのを楽しみにしているので、スタッフの皆さん、頑張ってください。

架空の物語の人なのに、なんとも生々しい苦労を続けている主人公に、共感を集めるのだと思う。現実も本当に大変な事ばかりで、終わりがない。どうして自分ばかり、と思うこともあるだろうけれど、実際のところはどの人もその人なりに苦労があると思う。

私もそれなり人並の人生なのだろうが、一つ大きく恵まれているとしたら、それは良き伴侶に恵まれたことだと思う。

それもまた不確かなことで、今日は喜んでいても明日はどうか分からない。

またここの所の仕事の忙しさで、昨日は高熱を出していた。今は薬で抑えているから、できればあまり動かないでほしいが、本人はもう治った体で仕事を始めている。

 

これからますます体のメンテナンスは欠かせない。どこまで私が協力できるだろうか。
 

 

 

海外にいると日本の常識が通じないことがある。
逆に海外の常識の範疇に入っていない、と言う理由で、びっくりするような扱いをされることがある。

 

特に宗教的な感覚はかなりずれているので、どこをどうすり合わせて「人間はみな同じ」と思えるようになるのか、今まですごく苦労してきた。

日本でお彼岸を無視するような人間は外道であり、祖先の霊を粗末に扱う者は地獄に落ちる、と思っている人もいると思う。

 

所が西洋に来たら、お彼岸などないので、一体なんのこっちゃ、である。

 

そう言う西洋人を日本人の中には「かわいそうに、祖先の霊の大切さも知らないで。きっと成仏できない」とはっきり思わないまでも、なんとなく見下し感は持っている気がする。

 

ところが、である。彼らから見るとキリスト教の神を信じていない人は「かわいそうな人たち」なのだ。全員ではない。だが、そう考えている人は結構いて、面食らった経験が何度かある。

 

「あなた、キリスト教徒?」

 

と聞かれて、いや、仏教徒の神道信者だ、と言うと、

 

「ああ、なんだ、それじゃあねぇ」

 

と、話が終わる。そんな人と話してもね、とこちらも見下し感たっぷりである。


いや待て待て、キリスト教徒じゃないと話が通じない神とは、どんだけ小物の神様よ、と思う。でもそうなのである。

この神様は、教会に通っていない人間は、面倒見ないし、話を聞く価値もない。友達として信頼も築けない。もうどっかに消えてくれて構わない、と言う態度だ。
私もそういう考え方の人と付き合っても面倒なので、別にそう思われても困ってはいないし、傷ついてはいない。

さて、話を戻して日本のこと。スマナサーラ長老へ、先祖供養はどのくらいやればいいだろうかとの質問に、お盆やお彼岸は中国から入っている中国文化ですね、私の国ではありません、と指摘されていて、なるほど、と膝を叩いた。
要するに文化、生活から生まれてきた習慣なのだ。
が、文化を絶対にゆるぎない宇宙の法則だと思い込んでいることが、我々にいかにあるか、と言うことなのである。文化をそぎ落として、真理だけを取り出す作業は、なかなか難しい。我々の頭は色々なバイアス、フィルターがかかっていて、どうしようもなく妄想で一杯、と言うことが、どこの国でも共通項なのかもしれない。

以前は良いことも悪いことも、文章に書いておきたいと思っていた。

若い時は楽しいことを特に書き、悪いことも楽しい笑い話のように書いてみようとしてみたり、とにかく書くと落ち着く、と思っていた。

今も笑い話は友達だけが見ている場所で書くことはある。

でも色々気は使う。

悪いことは友達向けには書かない。見得ではなく、そんなもの読まされた方はたまったものじゃない、と思うから、書かない。

ここにこぼすこともあるかもしれないけれど、実際に思っているよりだいぶ少な目になっている。

そもそも悪い事を書くと気持ちが増長するので、全然癒しにならない。それだったら書かないほうがい。

 

最近は悪いとも思わないようにする方法を探している。

最近曲がりくねった言い方で、妹に愚痴をちょっと送って、後悔した。

別に愚痴をひねり出さなくてもいいじゃん。考えをまとめなければ、すっと消えていく程度の話なのに、

わざわざ言葉にすると、澱のように自分の中に溜まる。

ヴィパッサナー瞑想を学んでみよう、と思っている。思考を止める、と言うのはかなり難しいけど、気持ちを落ち着けるのにはすごく良い方法だと思う。あと、家事が楽になりそう。

テーラワーダ仏教のYoububeを見始めてからは、運命鑑定はすっかりやる気が失せて、ノートは全部本棚に戻した。随分長い時間を費やしたな。ノートは相当な量になって本棚を占領している。しかし、話が深くなるにつれ「これ、最後までやって、一体何になるんだろう?」と思ったし、色々疑問に思っていた点が、はっきりスマナサーラ長老が指摘されていて「私は間違っていなかったんだ」と、かなりすっきりした。
私は自ら選んで勉強したのではなく、人に託されて勉強したから、ロジックを理解するのは確かに面白かったけれど、気持ちがあまりのめり込んでいなかったせいで、いつも心の中に浮かぶダウト・・・「これってつまり??」を消せないでいた。
でも遺言のよに託されたから、なかなか降せなかった荷物だったけれど、心を決めたらさっさと降ろせたし、すっきりした。もう少し頑張って続けてみる気持ちも今は失くなってしまった。遺言も必要ないと思ったら、さっさと放棄していいと思う。


なににも縛られていないと、すごく楽になる・・・に違いない。
 

 



 

インプラントを埋めたのは先週の水曜日だから、今日で十日立ったことになる。

まだ頬がちょっと腫れているし、歯茎も腫れている。ちょっと歯ブラシで触れただけで出血もあるのだから、まだ結論を出すの早い。でも、歯茎に舌が当たるのか、それともインプラントが舌に当たるのか、入れていない時はないも感じていなかった感覚にちょっとイライラしている。
違う。まだ早いんだ。落ち着け。我慢我慢。

インプラントをしてから2日経った。最初の日も昨日も痛くて痛め止めを飲んでしたが、今日は痛痒い感じになってきたので、薬はやめてみる。顔は見事に腫れていて、瘤取りじいさんならぬ瘤取りオバサンになっている。なかなか面白い顔であるので、記念撮影をしておいた。

 

ここの所毎日のように報道されているジャニーズ事務所の問題について、ついつい見てしまう。

会見は見なかった。見なくても内容は想像できる。

証言の通りならば、何百人の人が何十年もの間、毎夜毎夜犠牲になっていたという話なのだが、まあそこまで尽きない性欲って何なんだろう、と思う。どうやらご本人も幼少時に性的な虐待を受けていたらしいが、そういうことはよくあることかもしれない。されたことをする、と言うのは確かに病気と言えば病気だが、病気がここまでくると妖怪か悪魔か呪いか鬼になったか、なんかそんな感じで、ちょっと普通の感覚では理解できない。
そして当の本人は、その病気を治そうともせず自分の闇をどんどん肥大化させ、表の世界では芸能界の王者として権力を握り、巨大な帝国を作ってこの世からいなくなってしまった。ご本人はそれで満足だったんだろうか。
 

創始者はいないのに、未だにその帝国にくっついて離れようとしない連中もいる。

マスコミの歯切れは悪いし、企業によっては個人と契約すれば云々言っている。どうやらそのタレントのお父様が政界の人だというのは岡田斗司夫氏の切り抜きで見たので、そう言うことか、と納得してしまう。
そうかと思えば、さっさと契約を切ったり、タレントの顔にシールを貼って見たり、今はどうやって自分を守るのか、それぞれがそれぞれの立場で色々模索中らしい。

こうやって話の全体を見ると、ジャニーズ出身の大物芸能人もほぼ間違いなく犠牲者だったと思うけれども、本人は犠牲になったことなどみじんも認めないと思う。認めたら自分の人生全て否定するようなものだから、絶対に「私もそうでした」とは言うまい。のし上がるためのステップだった、乗り越えた、だから、成功者なのだ。そうやって胸を張って生きて行こうとするだろう。

なんだかそんな風に自分を騙して最後まで生きるのも、相当苦しいだろうな、と思う。

インプラントは10年近くほったらかしにしていた穴と、その隣の2本、一度にやった。

10年近く放っておいた方は、骨造成が必要かもしれないけれども開けてみないと何とも言えないとのことだったが、

結局少し足したんだそう。

施術中は麻酔が聞いているので、音が気になるぐらいで何とかやり切ったが、

麻酔は全然切れていないのに、途中で突然痛み出した。これは受付で「氷いりますか?」と言ったわけだわ。

すぐに帰るので大丈夫です、と答えたが、娘のバレーボールを送るまでちょっと時間があってその間買い物をしているのがしんどかった。


まずは弱めの痛み止めを飲んだが、これは数時間経つとすぐに切れて、夜中に目が覚めた。

今は少し強めの痛み止めを飲んで落ち着いている。顔は見事に腫れている。


朝起きた途端日本でのトラブルの連絡があって、その対処にあわてた。

それが終わったら今度はイタリア国内の問題で、どちらもめったにない大事である。

 

人生は何も期待できない、苦があるのみであるらしい。

本当にその通りだと思う。良いことがあるほうが珍しい。

今日から娘の高校生活が始まった。

朝5時半起き、6時45分に家の前がバスを通るが、今日は途中まで夫が車で送って行った。

帰りは3時に家の前までバスが来るのだが、今日は私がインプラント施術がある。予約は3時で、なるべく午前中に近い時間にやるほうが良いんだそうで、その時間になった。

なので、娘には途中まで帰ってきてもらって、そこでピザ屋で昼食を取ってもらうことになった。いずれにせよ、これからの高校生活でお昼時間が3時になるので、慣れるまで大変そう。

 

10年以上ぶりにインプラントに挑戦する。

怖い怖い、と思っていたが、自分の肉体もいつか終わることを考えたら少し恐怖が和らいでいる。先生も信頼できるし、何かあったら何かあったでその時考えることにする。

しばらく固いものは食べられないだろうなぁ。