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離脱派、移民問題で反撃=残留派と再び拮抗-英EU国民投票
 【ロンドン時事】23日に実施される英国の欧州連合(EU)残留か離脱かを問う国民投票で、いったん優位..........≪続きを読む≫

こんなやりとりを想像してほしい。

 

僕たち日本人に、「あなたのアイデンティティは?」と尋ねるとする。多くの人はきょとんとした顔で「日本人であること、ですかね。」と答える。さらに質問する。


「それから?」

 

いっそう私たちはきょとんとする。

 

「それから?」

 

こんなやりとりを日本人の誰と行ったところで意味をなさない。

そんなわれわれがヨーロッパという地域について考えるとき、われわれはヨーロッパ人の心に根っこをはるアイデンティティを理解できず苦しむ。

 

ヨーロッパという地域はとても特殊だ。こんなことを言うと怒られるかもしれないが、ヨーロッパは国によって違えど、一貫して似たような雰囲気を持っている。そのため時間をかけてヨーロッパ中を旅行すると後半の国にまわる頃には教会や聖堂を見飽きてへとへとになってしまうことがしばしばある。

「ローマ帝国」や「フランク王国」というひとつの国としての歴史、そして「キリスト教」という普遍的な価値観をもっているヨーロッパ。そんなヨーロッパの中でもイギリスという国はちょっと変わっている。

ひとつの大きな島の中に、ゲルマン人、ケルト人がいくつもの国を作り、対立の歴史を歩んできた「イギリス」というまとまりは、「ヨーロッパ」というまとまりに対してもいろんな意味で冷めているように見える。

 

イギリスは今月、EUそのものから脱退するか否かを決める国民投票を行う。

2014年にはイギリスを構成する国のひとつ、スコットランドがイギリスそのものから抜けるかいなかの投票があった。結局スコットランドはイギリスの中にとどまった。しかし、賛成6割、反対4割だった投票結果は、イギリスという国自体のまとまりが強くない、というさみしい現実を写し出していた。

EUの通貨ユーロを取り入れず、未だにポンドを使って、経済的な統合は嫌がっているあたりもなんだか、冷めたイギリスらしさが表れている。そんなイギリスだからEUというまとまりに対しても、ときに完璧に信頼してないという態度が見え隠れすることがある。

難民危機の際も、「人道主義を世界に示す」というEUの理念のもと、あくまで理想をつきつめるドイツやフランスに対して、イギリスは最後まで難民受け入れに消極的だった。

ギリシャ危機の際も、EUの主要国全体が国をあげて肩の力を入れていたのとは対照的に、どこか対岸の火事を見つめている風であった。

 

上記の難民問題やギリシャ問題を通しただでさえ、EUの存在意義自体が問われる中、今度はそんなイギリスの脱退危機である。経済的には完全に統合されてはいないものの、いわずとしれた大国イギリスが抜けてしまうとなればEUの存在自体の是非に関わってくるかもしれない。

いつも冷めたイギリスだけに、実際に脱退してしまったとしても飄々とした態度でEUと付き合い続けるだろう。残ったとしても、熱いドイツやフランスに対するときに冷ややかな目線は変わらないだろう。しかしそんなイギリスが、それでもEUの中に必要な気がする。


歴史が証明しているように、熱い理想ばかりでは、逆に共同体の運命を危うくする。ドイツやフランスが、「ひとつにまとまるヨーロッパ」としての理想ばかりを強く押し出した結果、難民問題の必要以上の混乱やギリシャ危機を長引かせてしまった感は否めない。

 

熱い団結の中にも冷めた目線は必要だ。


そう考えると、冷めたキーマン、イギリスの役割はやっぱりEUというまとまりの中に必要に思えてくる。
たしかにEUの存在にはいろいろな意見があるかもしれない。そしてイギリスの、時に非情とも非難されるEUへの関わり方は批判を呼ぶことも少なくない。

もちろんイギリスがEUから離脱するかどうかは、イギリス人が決める問題だ。
しかし個人的には、冷めた目線で熱くまとまるヨーロッパが見てみたい。