ザ・ランナウェイズ(The Runaways)の伝記映画『ランナウェイズ』(2010年)について、メンバーだったリタ・フォード(Lita Ford)はどう思っているのか? ポッドキャスト『The Boom Boom Room』の最近のインタビューの中で、この映画について振り返っています。
「『ランナウェイズ』という映画はジョーン(ジェット)ばかりに焦点が当てられていて、彼女について語られたストーリーは正確ではなかったと思う。彼女を実際より大きく見せようとしていて、私はそのどれにも納得できなかった。
ランナウェイズは下着でロックを歌う女性グループということでキワモノ的な扱いを受けていた。
70年代のロック界はかなり閉鎖的で女性が(女が)ロックを歌うなんて許せない
という風潮だった
後にソロになるジョーン・ジェットやリタ・フォードは女性ロッカーの先駆けだった。
スージー・クアトロもそうだった。かなり批判された。
リック・ウェイクマン(Rick Wakeman)は、自身がセックス・ピストルズ(Sex Pistols)をA&Mから追い出したという噂の真相を語る。
また、T・レックス(T.Rex)「Bang a Gong (Get It On)」のレコーディングに参加したのはマーク・ボラン(Marc Bolan)の慈善精神からだったこと、
デヴィッド・ボウイ(David Bowie)のスパイダーズ・フロム・マーズ加入のオファーを断りイエス(Yes)のメンバーになることを選んだ時のボウイの反応なども、英MOJO誌の新しいインタビューの中で語っています。
・Tレックスのレコーディングに参加したのは、当時リックがアパート代も払えず困っていたからだった(マーク・ボランが助けてくれた)
・デヴィッド・ボウイとの出会いは、メロトロンをちゃんと弾けるプレーヤを探していたため
リック曰く メロトロンはチューニングがすぐにずれる楽器で、リック曰く コードを弾かないことが唯一の解決策
とのことだった
・当時すでにスターだったボウイのバンドへの参加を断りまだ成長中のイエスに参加することを決意したのは
まさにイエスが発展途上でリックを迎え方向性を変えようとしていたからだった
・A&Mがセックス・ピストルズと契約したときリックがレーベル(A&M)を離れると言ったというのは
A&Mが作ったデマ
イギリスでA&Mがセックス・ピストルズと契約したときアメリカのA&Mがそれに反対し
その口実を作るためにリックや リチャード・カーペンターが離れるという話を出して
口実を作った 実際はそのようなことはなかった。
ゲイリー・ムーアが15歳でスキッド・ロウに参加していた! 両者ともしっていたが
ゲイリーがメンバーだったとは知らなかった
ムーアが加入した経緯と、彼がバンドを去った理由について語っています。
「フィル・ライノットが最初のリード・ヴォーカルで、彼はその後にシン・リジィを結成した。1968年、俺たちはゲイリー・ムーアを見つけた。彼は当時まだ15歳。父親のロバートは36歳で、ゲイリーの面倒を見てくれと頼まれたのを覚えているよ。
あの年齢であの腕前はすごかった。信じられないほどだった。彼にライヴ出演の話をしたら、すぐに引き受けてくれた。もう二度と振り返らなかった。彼に出会った瞬間、もう決まっていたんだ」
フィル・リノット(ライノット)はシン・リジーの人だと思っていた。
色々参加しているんだな 特に欧米のバンドはメンバーの入れ替えが多いから
スキッド・ロウの当時のビジョンについて、シールズはこう振り返っています。
「俺たちが目指していたのは、クリームとジミ・ヘンドリックスの融合だった。それが全ての根幹にあった。でも、ゲイリーと俺が最初に書いた曲のいくつかは、実際にはデイヴ・ブルーベックの“Take Five”を基にしたもので、ある種のセミ・ジャズ・ブルース的なアプローチだったと思う。その後は全てリフ中心のスタイルになった。
彼がバンドを辞めた理由は、俺たちの音楽がシンプルになりすぎていると感じたからなんだ。彼は素晴らしい演奏をしていて、本当にすごいことをやっていたんだけど、“俺たちは、本来やるべきことからどんどん離れていってる”と言っていた。だから、2枚のアルバムの後に彼は去ったんだ」


