「法の支配」への信頼を深く傷つけた連邦議会乱入

原題はHow civil wars start 「どのようにして内戦は始まるのか」。アメリカのことだけを論じているわけではない。「内戦論」である。さまざまな国におけるこれまでの内戦を統計的に分析して、どういう条件が整うと内戦が始まるのかを解説する。

「アノクラシー」が内戦リスクを高める

「アノクラシーでは、国民は多くの場合選挙を通して民主的統治に関与するが、他方で権威主義的な政治権力の多くを手中に収める大統領などが現れることもある。」(38頁)

アノクラシーは「半民主主義(semi-democracy)」「部分的民主主義」「ハイブリッド民主主義」とも呼ばれる。

アメリカは「いつ内戦が始まってもおかしくない国」

アメリカは2021年1月6日の連邦議会へのトランプ派の乱入時点で、ポリティ・インデックスが+7から+5に下降した。「アノクラシー・ゾーン」に踏み入ったのである。

「かくしてアメリカは2世紀ぶりにアノクラシー国家へと変貌した。(…)私たちはもはや最も伝統ある一貫した民主主義国家にはいない。」(183頁)

これはかなり衝撃的な事実である。アメリカは「いつ内戦が始まってもおかしくない国」になったのである。

 

「もし、ある州が攻撃された場合、ほかの州はその救援に馳せ参じ、その防衛のためにみずからの血を流し、みずからの金を投ずるであろうか?」そうフェデラリストは問うた。

あるいは「アメリカが3ないし4の独立した連合体に分裂して、1つはイギリスに、1つはフランスに、1つはスペインの支援を受けて」、代理戦争が始まった場合に、アメリカ国民はどうふるまったらよいのか、そうフェデラリストは問うた。

独立直後のアメリカ合衆国においては、いずれも蓋然性の高い未来であった。

「失うことの痛み」が政治的暴力を駆り立てる

内戦を始める集団は一般に自分たちは政治的決定プロセスから排除されていると感じている。でも、「最も強力な決定要因は、その集団の経てきた政治的地位の来歴上の特質にある。すなわち、それまで権力の上位にあった人々が、落ちこぼれてゆくとき、実体的暴力に走る傾向は一挙に高まるということである。政治学者は、この現象を『格下げ』と呼ぶ。」(97頁)

具体的な社会福祉政策や支援策では解決できない

2012年の国勢調査で、アメリカのその年の新生児のうち非白人が50%を超えた。ヒスパニックとアジア系アメリカ人は増え続け、2045年までに非白人が白人を人口で凌駕する。
 
「内戦の当事者が極貧層ではない事実は記憶にとどめておくべきだろう。かつて特権を保持しながら、そのありふれた幸せを喪失したと感じる人々である。」(200頁)
 
レストランや店舗で非白人に「いやがらせ」をすることと、ほんとうに殺してしまうことの間には、本来なら容易には乗り越えられない心理的な壁があるはずである(高い確率で長期にわたる投獄を覚悟しなければならない)。だが、今のアメリカではその心理的な壁が非常に低くなっている。

「分断のナラティブ」に対抗する「和解のナラティブ」

 

読了した後の個人的な感想を言わせてもらえれば、今アメリカで起きつつあることはウォルターが提案するような「正しい政策」で対処できるものではないような気がする。

内戦に傾斜する人たちを駆動しているのは、ある種の強力な「分断のナラティブ」である。これに対抗するためには、同じくらい強力な「和解のナラティブ」を創り出すしかないと私は思う。それがどんなものか、私には見当がつかない。

 

ナラティブ=語り口 話術

 

もし、それができなければ、21世紀の前半のどこかでアメリカは100年近く占めてきたその卓越した地位を失うことになるだろう。私たちはその日に備えなければならない