第⑥話までがお婆サンから聞いた話です。


わたしが一番ショックだったのは『兵隊サンと一緒に死にたかった‥』という最後の言葉です。


戦前の教育からなのか、お婆サンの本心としてなのか、それはわたしには分かりません。



けれど《生きる》ということを考えさせられました。


おそらく日本中の人たちが平和であって欲しいと願っているハズです。


けれど戦争は相手がいて起こるものです。
宗教・貧困・独立‥問題は多々あると思いますが、是非ともテーブルの上での解決を願いたいです。



地球という規模で考えれば人は皆仲間なのだから‥。


南部へ移動できたのは自分で歩ける人だけです。
残された人には飲みものと手榴弾が渡されました。


あの飲みものには自決できるように青酸カリが入っていたそうです。


南部への移動中もアメリカの空爆がつづきました。
直撃した人の肉が飛び散る光景は耐えられませんでした。


そして運が良かったのか悪かったのか、生き延びたわたしは南部地区で終戦を迎えました。


3日間何も食べていなかったせいか、放心状態になったせいか、わたしはしばらく立ち上がれませんでした。


『あの時わたしは兵隊さんと一緒に死にたかった‥。』


痩せてゆく兵隊さん達とは対照的にウジは太ってゆきます。
わたし達の仕事はやがてウジ取り中心になってゆきました。


そして中には切断した手や足を捨てにゆく同級生もいました。


わたし達は少しでも明るく振る舞おうといつも歌を歌ってました。


毎日人が死んでゆきます。
わたし達も精神的に極限状態を迎えていました。
歌うしかなかったのです。


6月4日‥ついに解散命令が下されわたし達も兵隊さん達と南部へと移動しました。