すっかり秋ですね〜
今日も寄ってくださり
ありがとうございます。

色々みたなぁ
経験したなぁと思います。

減胎の介助に付いたことがあります。
不妊治療で受精卵を3個戻し
運悪く3個ともちゃんと着床。
そして望まない三つ子ちゃん...
品胎と言います

両親は3人は要らない
1人でよかったのに...
じゃあ2人で。

と言う...

ここに私情を挟むわけにはいかないけど
妊娠はしたいけど1人でいいです
じゃあ...
じゃあって...
っていう、なんか授かりものという
有難さからかけ離れていて
吐き気がしました、正直。

たしかに品胎はリスクが大きい。
だけど、だけど...

減胎されて拍動が止まったあとは
そのままお腹の中で過ごします。
そのうち吸収されるか
痕跡が残る可能性もあります。
減胎する胎児は3人の中から
選ぶけど、
それはドクターに委ねるわけ。

胎嚢にお薬を入れるために
穿刺をします、その針から

胎児は逃げる...
もがく...

もう、堪りませんでした。
穿刺の瞬間、目を閉じちゃってました。

羊水穿刺をする時もそうです。
中絶でもそうです。
逃げます。

声なき声に
心の中で話しかけるしかない
虚しさ...

超音波で子宮の壁を穿刺しないように
確認しながら、行うので
超音波を当てて介助し支えるのも
助産師の仕事になり得ます。
そしてわたしはよく超音波を
当てて見てましたので
逃げまどう胎児をみては
心の中で
話しかけてました、色々。

胎児はいつから人か
とか
いのちはいつが起源か
とか
という論争はあります。
その論争がしたいわけじゃない。
それは法律とか憲法とか
宗教とか倫理とかで議論はされてます。
そこはそこにお任せして
あとは個人の見解次第って感じなんだけど。

実際、胎児はわかっていて
すべてお見通しで
その上でこの経験を自らの
選択としていることを
尊重するだけ。

この尊さと
慈愛に満ちた貴さと
哀しいけれど受容する深さ

何度も何度も
何度も何度も
出逢いました。

女性のちゃんとした権利として
中絶はあって然るべきだと
個人的には思っています。

赤ちゃん側の想いに
揺さぶられると
あとを引き
わたしのメンタルも
狂いが生じることも、
以前はありました。
今はもうブレないけど。

中には、保険金を狙って
妊娠して、敢えて中絶をする女性や
産みたいのにパートナーが
中絶を迫り、泣く泣く...という方
とか、相手を変えて中絶費用を
カサ増しして請求し稼ぎにしてた方
などなど

ちょっと、それはどうなの?
自分も大事にできてない
って、自覚ないんじゃない?
ってケースも山ほど
お世話してきました。

わたしは赤ちゃんに会うか
会わないかを聞きます。
なかったことにしたい方も
たくさん見てきました。
基本的に
ちゃんとさようならする機会は
設ける努力はし続けてきました。
あとの決定権はわたしにはない。

きれいごとに聞こえるかもしれないけど
恨み節も、嗚咽も
怒りも、いっぱい浴びたけど
わたしにぶつける事で
いっときでも
赤ちゃんに想いを馳せて
ほしいなとも思ってました。

ちゃんとさようならできたから
良かったのか
さようならしない方が
良かったのか
そんな事はわたしには
結論は出せないけれど

彼女たちのその後の人生は
続いていくし、葛藤もした、いや
葛藤し続けているかもしれない。

きっと心の奥深いところで
あの子のお母さんであった期間は、
消えずに残っていると思います。

そこに後悔が全くないなんて
きっとないと思う。
ぐるぐる、ぐるぐる悩む事も
あるだろうと思う。

それでも、その時の選択で
良かったんだと言い聞かせたりも
あるとは思う。

その心の声を押し殺さないで
誰かに聞いてもらえると
もっと良いと思う。

でも時々
こちら側の都合で
この世に生を得られなかった
小さい小さい赤ちゃん達を
思い出しては
無性に悲しくなったり
悔しくなったりして
泣いたなぁ〜...

それも、やっぱり
今のわたしの中から出して
感謝とともに
ここに置きます。

ありがとう。