或る心象風景  | 思い草へ              

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丘のうえに 一本の藤の樹があった 

わたしは それを誰にも知られたくなかった 

自生のまま 誰の目にも触れることなく 
唯そこに 永遠に在って欲しかった

 

遥かな丘のうえから 風がはこぶ香りは 

ほどいた髪に甘くからみつき

その深く天的なアロマは

わたしを幾度もあたらしく蘇らせた  
 

わたしは わたしの内のアリサに問う 

 

いのちと命は 時空を超えて睦びあう 

それが確かな真実だとしても 

あまりにも今を黙して在る 静けさの価値  

惑うことを拒絶して 紫水晶の十字架に殉ずるのか、と

 

まぼろしの丘のうえに 今もある一本の藤の樹
あなたは わたしの内で薄まりゆくのを待ちながら 

あなたのまま  風に揺れている 

たわわに咲き零れた花房 青く青く 

 

 

 

PHOTO HIDE

 

藤  追記 藤 

 

四月の中盤を過ぎたばかりだというのに

藤花の豊かな香りが風に混じって胸に届きます。
足早な季節の移り変わりに急がされているような・・・そんな今日この頃。
あなたはいかがお過ごしでしょう。 

或る心象風景と題しました今回の詩。
実は、一週間ほど前に 夢で見た画と文章を再構築したものです。
私は夢のなかで、一冊の本を読んでおりました。
その1ページ目には、見事な野生の藤の大樹が挿絵として描かれていて、

文章の書き出しはこうです。

―  丘のうえに一本の藤の樹があった 私はそれを誰にも知られたくなかった ―

夢の中で、私はそれを敬愛する或る文筆家の作品として読んでおりました。
ですが・・・

残念なことに目覚めた途端、ここから後の文章は完全に忘れてしまいました。(笑)

仕方がありませんので、私は自分でその先を書いてみたというわけです。

これは誰の心象風景なのかしらと、ふと思います。

もちろん、私のである事も確かなこと。でも、私だけのものでもなさそうで。

もしかしたら、空気に混じる藤の香が運んできた、どなたかの心象風景なのかもしれません・・・。

 

スノウ