青黛の囁く 夜 | 思い草へ              

思い草へ              

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蛍の頃だと云うのに、寝静まった夜の闇は凍りはじめ
どこからか、空き缶が風に転がる音が響いてくる。
私はベッドの中、目を瞑って寝たふりをしたまま 
青い路面に転がる空き缶を照らす 柔らかな月光を想ってみる。

いつか聞いた、或る染色家の言葉が胸をよぎる。
藍と月の満ち欠けについての話だ。
彼女は月の暦で藍を建てる。新月に仕込み、満月に染める。
その法則に適えば、色彩は秘密を打ち明けてくれると云う。

満月でなくとも藍は建つし、色は出る。
それでも満月と藍は必ず呼応し合っていると思い切ること。
満月の下の藍の色、これが藍の本当の色だと信じ切ること。
それが、彼女の藍の哲学だ。

新月に仕込まれた藍の染液は、朝夕の丁寧な撹拌によって発酵を促され、
液面に藍の華と呼ばれる美しい藍色の泡を生じるようになる。
月光の注ぐ彼女の工房では、藍の華を咲かせた染液が
土中に埋められた大甕に寝かされ、時が満ちるのを待っている。

満月の夜毎、彼女は工房を訪れ布を染める。
熟した藍が微かな音を発して、月と交わっていると云う。
その夜に染めた藍布は、えも言われぬ満ち足りた色に染まる。
染め上がった布で仕立てた着物も、きっと満月と呼応し続ける。

                                     スノウ
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私は次第に「色がそこにある」のではなく、

どこか宇宙の彼方から射してくるという実感を持つようになった。
色は、見えざるものの領域にある時、光だった。
我々は、見えざるものの領域である時、霊魂であった。
色も我々も、根源は一つのところから来ていると。
でなければ、自然の色彩がどうして我々の魂を歓喜させるだろうか 。
( 『語りかける花』 志村ふくみ著 筑摩書房より )


           PHOTO 山本てつや