『第三の男』 古都ウィーンの魔物たち | シネマの万華鏡

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映画記事は基本的にネタバレしていますので閲覧の際はご注意ください。

 

映画関連のコラムを1本だけ、書かせていただけることになりました。今日の映画はその原稿の「はぎれ」になった『第三の男』です。

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第三の男(字幕版)

 

ご存知のとおりウィーンを舞台にした作品ですね。

私のウィーンの印象は、「帝都」。ほんのわずかな時間しか滞在したことはありませんが、代々の皇帝の内臓(!)をおさめたシュテファン大聖堂の鐘が毎時響きわたる街の中心部。美術館には何世紀もの歳月をかけて蒐集されたハプスブルグ家の膨大なコレクション、そして装飾美を極めた壮麗な王宮・・・皇帝を追放した国だなんて信じられないくらいに、今も帝政時代の威光に燦然と照らされているように見えました。

今でさえそうなんですから、まだまだ帝政時代のウィーンを知る人々がたくさんいた20世紀の半ばには、過去の残像がもっともっと生々しく息づいていたんじゃないでしょうか。

そこには体制激変で辛酸を舐め、すさんでしまった人々もいた。

『第三の男』は、そんなウィーンの時代のひずみに巣食う魔物たち、戦争で深手を負ってもなお美しいウィーンの街を映し出した傑作です。

ストーリーもご存知の方が多いと思いますが、おさらいの意味でいつも通りあらすじからいきますね。

 

あらすじ(ネタバレ)

1949年の作品。

第二次世界大戦後、米英仏ソによる四分割統治下にあったウィーンに、アメリカ人のホリー・マーチンス(ジョセフ・コットン)が降り立つ。小説家だが一文無しのホリーは、ウィーンにいる友人ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)からの「仕事がある」という誘いにのってはるばるやって来たのですが、到着したホリーを待っていたのは、ハリーの悲報。自動車事故で彼は即死していました。

その後ホリーは、イギリス軍のキャロウェイ少佐からライムが粗悪なペニシリンを密売し、多数の子供たちに障害を負わせた事実を聞かされます。
 

さらに事件の目撃者の話から事故現場にいた「第三の男」の存在を知ったホリーは、ハリーの恋人で女優のアンナ・シュミット(アリダ・ヴァリ)を通訳がわりに真相を究明しようとしますが、ホリーたちが動き始めた直後に目撃者は殺され、その上ホリー自身もハリーの友人と名乗る怪しげなルーマニア人・ポペスコに追われる羽目に。

ところが驚いたことにハリーは生きていた。ホリーは彼に再会し、彼の本性を知って愕然としますが、アンナは相変わらずハリーを信じ切っていて、警察に協力しようとするホリーに敵意をむきだしに・・・

 

かつての帝都に跳梁跋扈する魔物たち

事故の目撃者が殺された現場の人だかりの中にいたホリーを、まだあどけない子供が指さして、ドイツ語で何か言い始める。

ホリーには何を言っているのかさっぱり分からないけれど、アンナに聞くと「この人が殺人犯だ!」と言ってるのだと。ぎょっとして立ち去ろうとすると、子供はニコニコと「犯人だよ!」と叫びながら後を追ってきて、やがて人々が一斉にホリーめがけて向かってくる・・・

ドイツ語がわからないことによるタイムラグと警報機のように同じことを繰り返し続ける子供の声とが絶妙なテンポを作り出していて、ハラハラしながらも凄く楽しい!

サスペンスドラマですが謎解きのカタルシスを味わう作品じゃなくて、鋭い人間観察をベースにしたリズミカルな展開がたまらなく面白いんです。

 

特に、当時のオーストリア事情をすごくリアルに盛り込んだ人物像が秀逸。

戦後、ベルリンと同じようにアメリカ・イギリス・ソ連。フランスの4か国に分割統治されていたウィーン。この異様な体制の下で占領者たちの理不尽に耐え、身を縮めて暮らしていたオーストリア人たちの姿が、滑稽に、シニカルに、そしてリアルに描き出されています。

 

(可愛い子犬を抱いたクルツ(元)男爵)

 

ハリーの黒い友人たちの1人・クルツは没落貴族。帝政廃止後貴族制度が廃止されたことで生活の基盤を失い、今は生活のためにカサノヴァ・クラブで働く傍ら、密売に関わっているようです。当時のオーストリアには生活のすべを知らないままに世間に放り出されて、藁をもすがる思いで犯罪に手を染めてしまう元貴族も少なくなかったのかもしれないな、と思わせる「あるある」な人物像です。

シルクハットにファー付きの小洒落たコート、可愛い子犬を抱いた彼の風貌は、貴族らしさを演出したものかと思いきや、意外な含みがあるんですね。また、彼の「人間関係」が犬によって見えてくるあたりはバツグンに面白い!! サスペンスドラマの醍醐味にありつけた気分になります。

 

(喜劇女優のアンナ・シュミットはノベライズ版では不美人らしいけれど、映画ではアリダ・ヴァリ)

 

それからハリーの恋人で喜劇女優のアンナ・シュミット。いかにもオーストリア人らしい名前ですが、本当はチェコ人。別の本名があるんでしょう。

当時チェコは第二次世界大戦中のドイツによる併合から解放されてはいたものの、ソ連の衛星国に組み入れられていた時代。元オーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあったチェコの女優がウィーンにいて、ソ連軍がチェコ人をウィーンから強制送還させているという噂におびえ素性を偽っている・・・なんて、これもまた現実にありそうな話です。

本筋とは関係ないのですが、こういう時代を鋭く捉えたモチーフがたまりません。

 

誰もが占領軍が組織する警察に関わり合いになりたがらず、たとえ事件を目撃しても何も見ていないふりをする。こういう生き方、ナチスドイツに併合されていた時代からの処世術なんでしょうか。

人々の事なかれ主義の向こうに、彼らが味わった恐ろしい体験が見えてくるようです。

それからこの事件の背後にどんな組織があるのかも・・・でもそれに関しては明言を避けているようですね。

 

どんな時もフォトジェニックなウィーン

 

ウィーンの街の美しさを堪能させる映像も圧巻!

夜の闇に映える石畳の小道、どこをとっても絵になるようにしつらえられた貴族趣味の館たち、この映画に限らないことですが、ヨーロッパの階段ってそれ自体が室内装飾と言ってもいいくらいに美しいですよね。

貧しいアンナが貴族の館みたいなアパートメントに住んでいるのも面白い。これも、身分制度が激変して住民たちが入れ替わった結果でしょうか?

そしてクライマックスはウィーンの地下に広がる迷路のような地下水道で。魅せますね。

美しい彫像が並ぶ表通りも、戦争で瓦礫になった路地裏の一隅も、壮麗な地下水道も、すべてがドラマチックで映画の舞台にこれ以上なくふさわしい。これがヨーロッパに数世紀もの間君臨したハプスブルグ家のお膝元・ウィーンの底力というものなんでしょう。

 

そんなウィーンの重厚感をチターの軽妙な調べに乗せてドライに突き放してみせた本作の斜め上な目線がまたいい。

最後の最後、無言の対峙の中で蘇ったハリーとホリーの男の友情は、女のアンナには分かりやしない・・・とでも言いたげなほろ苦いラストシーンも最高です。

 

ところでこの映画で思い出したんですが、ポーランドに行った時に街路にこんな↓丸い柱がたくさんあって、広告がたくさん貼り付けてあるのが印象に残りました。

 

(この映画ではここから地下水道に降りられる)

 

(これはクラクフで見かけたもの。こんな風に広告がたくさん貼られている)

 

私はてっきり広告を貼るためのものだと思ってたんですが、この映画では側面にドアが付いていて、ここから地下水道に降りられるようになっているんです。

もしかしたら、あの広告塔だと思っていたものは本来は地下への入り口だったのかも?という気がしてきました。

どなたか真相をご存知の方がいらしたら教えてください。