『シコふんじゃった。』 イケメンとまわしとジャン・コクトー | シネマの万華鏡

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あらすじ(ネタバレ)

年末年始は勝手に90年代映画特集にすることに決めていて、今日は丁度今上映中の『カツベン!』の周防正行監督の『シコふんじゃった。』を選んでみました。

年末ということで?今日はいきなりあらすじから入りますね。

 

主人公の山本秋平(本木雅弘)は、教立大学の4年生。周囲が就職に苦戦する中で、コネで一流企業の内定をとった要領のいい男。残りの学生生活は、講義への出席は代返で済ませ、シーズン・スポーツ愛好会なるイベント系サークルで女のコたちに囲まれてチャラチャラッと過ごす・・・そんなお気楽気分でかまえていた秋平を待ち構えていた青天の霹靂。

なんと、代返ばかりで講義に一度も出席していなかったことがバレ、卒論担当の穴山教授(柄本昭)から呼び出しが。本来は卒業できないところだが、と教授が唯一の救済の道として提示した卒業のための条件とは、教授が顧問をしている相撲部に入ること?!

自分のチャラさに足元をすくわれ、奈落に落ちた秋平。しかし、気が付けば嫌々始めたはずの相撲にのめり込んでいた・・・

 

秋平が相撲部で出会った青木(竹中直人)に田中(田口浩正)、留学生で日本的なものに関心がある反面反発も示すスマイリー、穴山研究室のマドンナ夏子(清水美沙)、夏子に惹かれて相撲部に入部した秋平の弟春雄(宝井誠明)とその春雄に惹かれて相撲部マネージャーに志願してきた正子(梅本律子)、それぞれにクセの強い面々が繰り広げる敗者復活のスポ根コメディ。

 

ちなみに教立大学は、周防監督の出身校立教大学のパロディで、当時マスコミ就職に強いと言われていた立教と同じくマスコミ志望者が多く、オシャレな大学。相撲のイメージ皆無、たとえ相撲部があったとしても強いワケがないというのが教立のイメージで、実際教立相撲部は大学リーグでも2部のさらに下の3部に属している超弱小相撲部です。

 

イケメンとまわしとジャン・コクトー

持ち前の要領の良さで、何も考えずにスイスイ世渡りしようとしていた主人公が、ひょんなことから相撲部に引きずり込まれ、嫌々参加しているうちにスポ根と友情に目覚める・・・という流れはすごくシンプル。特にひねりもなく大団円に収束していくのですが、それでも当時この作品が異色コメディとして大喝采を浴びたのは、やっぱり相撲という題材!!

相撲離れが始まっていた日本人に相撲の魅力を再発見させた着眼点の面白さ、まずはこれに尽きるんでしょうね。

 

しかも、元シブがき隊で絶大な人気を誇っていた本木雅弘がまわし姿になる衝撃!! それがまた似合ってる。下半身安定型の体型だからなのか、モックンってなにげに和テイストがしっくり来ますよね。

さらにそこへ、周防監督がこの映画のためにスカウトしたという当時高校生の宝井誠明のひょろっとしたフレッシュなまわし姿が加わって、定番の相撲のイメージに新風を吹き込んだのもGJでした。

 

でもそれだけじゃあ、まだありがち。

ありがちの殻を破ってピリッとスパイスの効いた作品に仕上がったのは、ジャン・コクトーが相撲について綴った随筆を引用したことが大きいんじゃないかと、個人的には思っています。

穴山教授がコクトーの文章を朗読するシーンから入る冒頭、すごくいい。

相撲を(たぶん砂かぶりのようなとても土俵に近い場所で)目の当たりに観たコクトーの新鮮な驚きと感動が、言葉からほとばしるようです。

力士たちは、桃色の若い巨人で、シクスティン礼拝堂の天井画から抜け出して来た類稀れな人種のように思える。或る者は伝来の訓練によって、巨大な腹と成熟し切った婦人の乳房とを見せている。

(中略)

いずれのタイプの力士も髷をいただいて、可愛らしい女性的な相貌をしている。

(中略)

不同の平衡が出来上がる。やがて足がからみ、やがて帯と肉との間に指がもぐりこみ、まわしの下がりが逆立ち、筋肉が膨れ上がり、足が土俵に根を下ろして、血が皮膚に上り、土俵一面を薄桃色に染め出す。

堀口大學の訳も詩情を帯びていて素敵。

「シクスティン礼拝堂の天井画から抜け出してきた桃色の巨人」と言われたら、相撲に関してこれまで蓄えてきた知識・イメージの全部が剥がれ落ちて、まっさらな一歩からもう一度相撲をとらえ直したくなるような衝撃をくらいます。眼から鱗どころか、全身から鱗。

 

肉体の激突を筋肉の怒張で迫力を表現した、画家で詩人のコクトーならではの目線の配し方にもなんだかときめきますね。

コクトーは男性を愛する人だから、「桃色の巨人」が柔らかい肉の下に蓄えた猛々しい筋肉の怒号に目を奪われたのかも・・・そういう、雄々しさを際立たせる彼の目線にとりわけときめくのかもしれません。

 

ただ、周防監督がそもそもコクトーの言葉を引用しようと思い立ったのは、相撲を美しく表現しているからではなくて、コクトーの言葉の中に相撲の極意を捉えた一言があったからではないでしょうか?

それは、「相撲の立ち合いはバランスの奇跡」という言葉。

本作のストーリー上も、このキーワードが弱すぎる教立大相撲部に転機をもたらします。

相撲は必ずしも体力のあるほうが勝つとは限らない、要はいかにして相手のバランスを崩すかということ。だから、春雄のようなひょろひょろ体型や青木のような小兵にも、巨人を倒すチャンスがある・・・

丁度リアルな相撲界でも小兵の舞の海が目を瞠るような快進撃で関取に昇進し、世間を沸かせていた時代。「バランスを攻めろ」という相撲の極意が劣等感のカタマリだった教立相撲部の面々に希望を与えていくストーリーは、現実にもけして夢物語じゃないことが証明されていた分、多くの人の心に響いたのかもしれません。

 

これ以上ない旬のメンツが揃ってた

 

今では押しも押されぬ大御所中の大御所になった柄本明、この時代から個性派俳優として注目されていましたよね。このあたりが丁度ブレイクし始めた頃だったのかも・・・

 

そして竹中直人も、この頃の勢いは凄かった。この作品では、全く自信がない、緊張するとすぐに下痢になってしまう冴えない大学8年生役ということで本木雅弘の引き立て役みたいになっていますが、当時の勢いで言えば竹中直人主演でもおかしくなかった気がします。というよりも、誰よりも冴えない役で誰よりも目立つのが竹中直人の真骨頂だったんですよね。

 

本木雅弘の映画俳優としてのブレイクのきっかけになったのも、たしかこの作品だったような。

80年代の終わりにシブがき隊を解散してジャニーズから脱退、その当時の常識ではもうそこで芸能活動は先細りになるのかなと思われていた中で、俳優として見事に第一線に浮上した彼のサクセスストーリーは今も語り草です。

 

ちょっと個性的なストーリーにハマる美人ヒロインと言えば、当時は清水美沙だったなあ。

 

そう言えば、周防監督自身、この作品と『Shall we ダンス?』の大成功で第一線に躍り出た人ですもんね。

そういう意味ではもう、「これから売れるぞ!」という勢いをはちきれそうに秘めた俳優女優陣と旬の映画監督がバッチリ揃ってたんですね。

それでいて気負ったところがひとつもなくて、脱力系ギャグ満載なのも、この作品の魅力。

 

そうそう、すっかり忘れていましたが、この映画、大映の作品だったんですよね。

本作や『Shall we ダンス?』のヒットは、バブル崩壊で瀕死だった大映の復活への希望になっていたようですが、周防作品のヒットもむなしく大映は消滅。

このとことん明るくて人生の希望に満ちたコメディが大映の命運を背負っていたと思うと、その意味でも感慨深いものがあります。

 

人生も、バランスの奇跡

青木や田中や春雄の、負け続けた人生に希望の光をともした相撲。

でも、もっともパワフルに人生の逆転劇を見せつけてくれたのは、マネージャーの正子じゃないでしょうか。

 

女子だけど相撲部に入部したい、と懇願しに来たのかと思ったら、マネージャー志望だったという立派な体格の正子。

一体何故彼女が相撲部のマネージャーをやる気になったのかは謎のままに物語は進行していきます、でも、ある時分かるんですよね、その動機が恋だったということが。

ところが彼女が恋心をいだいてる春雄は夏子に憧れてる。こりゃ全然勝ち目はないよ・・・と思いきや、なんとなんと、正子の一途な想いが、春雄の心のバランスを鮮やかに掬い取ってしまう!

これぞ、人生のバランスの奇跡。

それも、狙ってないから、ただ一途な愛だから、伝わったんじゃないかと。

相手を思う気持ちが不動に思えたバランスを動かすって、なんて怒涛のカタルシスなんでしょうか。

ああ、みんないいなあ、良かったね、と拍手を送りたくなる大団円。

別れと新たな出発、未来への希望が詰まった春という季節に終わるエンディングも、さわやかです。

 

年内最後の記事は2019年マイベストで締めるつもりですのでまだ暮れのご挨拶はしませんが、年内に書けなかったらまた新年に。

引き続き、宜しくお願いします。