グレン・クローズの演技に注目!
非常事態宣言で大揺れのアメリカ。
為替や株式相場をはじめ日本への影響も不安・・・これ以上事態が悪化しないことを祈るばかりです。
そんな中ではありますが、アカデミー賞授賞式を満喫するおひとりさまプロジェクトを立ち上げまして、今月はノミネート作を中心に観賞中。
前評判の高かった『女王陛下のお気に入り』はやはり圧巻の面白さ! 期待以上でした。
仮にアカデミー賞は逃しても21世紀の傑出した作品に選ばれるレベルの作品だと思います。
『女王陛下~』は後日記事にするとして、先に観た『天才作家の妻 40年目の真実』から。
こちらはグレン・クローズが主演女優賞にノミネートされています。
現代文学の重鎮ジョゼフ(ジョナサン・プライス)と妻のジョーン(グレン・クローズ)はノーベル文学賞受賞の知らせを受ける。息子を連れて授賞式が開かれるストックホルムに行くが、そこで記者のナサニエル(クリスチャン・スレイター)からジョセフの経歴に関わる夫婦の秘密について聞かれる。類いまれな文才に恵まれたジョーンは、ある出来事を契機に作家の夢を断念し、夫の影となって彼を支え続けていた。
(シネマトゥデイより引用)
監督はスウェーデン人のビョルン・ランゲ、原作者はアメリカの女流作家・メグ・ウォルツァー。
実はグレン・クローズが好きそうな友人を誘ったら、「『女王陛下のお気に入り』のほうがいい」と言われた経緯が
まあ見た目地味な作品ですので仕方ないですが・・・ただ、実際に観てみると見応えのある心理劇でしたよ。
これも一種の「内助の功」?
(夫がノーベル文学賞を受賞。普通なら最高の喜びのはずなのに。)
夫がノーベル賞を受賞!! 妻としてもこんな嬉しいことはないでしょう。
ところが、夫の無邪気な喜びようをよそに、妻のジョーンは浮かぬ顔。
何故?
これを書かないと突っ込んだ話ができないので書いてしまいますが、実はジョーンは夫の代わりに書いていた、つまり、真のノーベル賞受賞者は妻のほうだったのに、彼女は「受賞者の妻」の座に据えられてしまったんですね・・・たしかに、これはフクザツです。
本作ではそこを起点にして、妻の中で修復不可能なまでに深まっていく夫への不信感、彼女の揺れ動く心理を描き出していきます。
ノーベル賞クラスの才能に恵まれながら、ジョーンは何故、夫のゴーストライターに甘んじていたのか?
一見とてもレアなケースに見えますが、夫を支えるために全てを犠牲にするという女の生き方は、少し前の時代までは(あるいは今も一部では?)珍しい話ではなかった気がします。
加えて、女性作家がプロとして大成することの難しさもあった。
本作の回想シーンにあるような、出版社の男性編集者の胸先三寸でどの作家を売り出すかが決まる、なんていう時代もあったんでしょうし、案外そういう傾向は今も残っているのかもしれません。
男がキャスティングボードを握っている社会の中で、売れ筋女流作家に選ばれる自信もなかったし、自分の才能が夫の男のプライドを傷つけるのも怖かった。
だったら、夫を前に出して自分は陰に回ったほうが成功率が高いし、夫の心もつなぎとめられる・・・ジョーンの中にはそういう考えもあったことが仄めかされています。
どうして才能のある側が才能のない側に遠慮しなきゃいけないのか、冷静に考えるとおかしな話ですが、才能の配分が女>男である場合は、そう単純な話ではありません。
男女の役割分担? 男にとって魅力的な女とは? 「内助の功」とは何なのか? 夫婦の絆とは?
さまざまな問題が絡み合う、とても複雑な男と女の問題を描き出そうとした作品。
単に男が狡い、という話では終わりません。
ちょっと『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のケネス・ロナーガンの脚本を彷彿とさせるような内面方向への深度があって、地味な設定でありながら人間心理に深く立ち入るめくるめくような面白さを味わえます。
矛盾に満ちた夫婦関係の本質をあぶり出す心理描写が白眉
ところで、長年妻にゴーストライターをやらせていた鬼夫は、この事態をどう受け止めていたんでしょうか?
一体どんなひどい夫かと思われるでしょう・・ところが、ジョセフというのは超単細胞なお調子者、いくつになっても枯れない色ボケ爺。
罪の意識もろくにないから、手に負えません。
ジョセフ役は『未来世紀ブラジル』のジョナサン・プライス。彼の持ち味であるとぼけた雰囲気とジョセフの色ボケ度合いが絶妙にマッチしていて、晩年妻に見限られる男の一類型を目の当たりに見せつけてくれています。
ただ、こんな男をジョーンが愛してしまった理由も、切り捨てられなかった理由も、よく分かる・・・この辺りの一筋縄ではいかない夫婦関係の描き方が非常にうまいですね。
引力と斥力が両立する矛盾に満ちた男女関係の不思議を澱みなく描ききった技量には感服。
個人的にはここが本作の白眉と言えるんじゃないかと思います。
ことに、ジョーンがついに夫を見限ることになる決定打の見せ方は圧巻です。
決め手になるのは或る夫の行動なんですが、その夫の行動を見ても、一体何故それがジョーンをそれほどまでに絶望させたのか、すんなりとは彼女の真意に辿り着けません。
しかし、しばらく思いめぐらすうちに、ジョーンの複雑な心の襞の一つ一つまでが鮮明に見えてくる。このタイムラグの作り方が絶妙なんですよね。
個人的には、ジョーンにとって偽装は愛情の証で、夫に求められたものじゃなかった(と思いたかった)というところに核心があるんじゃないかと。
ところが、ついに彼女は、薄々は気づいていながらも直視することを避けてきた「夫に利用された」という事実を突き付けられる日を迎えてしまうわけです。
第三者から見れば偽装したこと自体が問題で、妻が自主的にやったのか夫にやらされたのかは小さな違い。でも、彼女にとっては夫の愛の在り処こそが一番大切なことだったんじゃないでしょうか。
ダメ男はグレン・クローズの魅力を引き出す?
非常に細やかな女性心理を描き込んだ作品だけに、ジョーンは演じ甲斐がある役。
グレン・クローズにしてみれば、ひさびさの当たり役だったんじゃないかと。
特にダメ男を切り捨てられないジョーンの弱さ――こういう役を演じている時のグレン・クローズって、不思議と一番色気が出る気がするんですよね。
ジェフ・ブリッジズ演じるダメ男に騙される弁護士役を演じた『白と黒のナイフ』でもしかり。
才女なのに脆いところがあって、男に引きずられる女をこの人が演じると、弱さと表裏一体のところにある情の深さもまた際立って、女という性が言いようもなく愛おしく思えてくるんです。
実生活では3度の離婚を経験した人ですが、そういう経験もすべて今回の演技に活かされている気がします。
ただ、アカデミー賞はどうでしょう・・・『女王陛下のお気に入り』のオリヴィア・コールマンの捨て身の演技も凄まじかっただけに、また当世最も支持されているカリスマの1人レディー・ガガも参戦しているだけに、ちょっと予想がつきません。
(「天才作家」のイケメンの息子役は、人気俳優のあの人の息子)
上にも書いた夫ジョセフ役のジョナサン・プライスをはじめ、脇を固める俳優陣も豪華。
ジョーンとジョセフの息子役マックス・アイアンズは、ジェレミー・アイアンズの息子。さすがの美形ですね。
そして、ジョセフのスキャンダルを嗅ぎまわる伝記作家役にクリスチャン・スレーター!この人はすっかりいかがわしげな演技が板に付いてきました。
70年代なら脚光を浴びたのでは?
ひとつこの作品の難点を挙げるとしたら、今まさに旬!と感じさせる要素がないこと。
「原作小説は7~80年代頃の作品?」というのが、観終わった直後の印象でした。この種のジェンダー問題は、70年代なら脚光を浴びた作品じゃないかと思ったので・・・でも、後で調べたら、作者は1959年生まれ、この小説が発表されたのも最近なんですね。
最近公開された『メアリーの総て』も自分の小説があわや夫名義にされそうになった話でしたが、あちらはエル・ファニングを主演に持ってきた分、新鮮さでは上じゃないでしょうか。
全体的にオーソドックスな作りで安定感は抜群。
トレンドを捉えた視点や技法の新しさが求められる映画賞で取り上げられるようなタイプの作品ではないものの、心理描写と演者の表現力はかなりハイレベルで、グレン・クローズのアカデミー賞ノミネートを抜きにしても、一見の価値がある作品だと思います。