『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』 強いリーダーを待望するイギリス | シネマの万華鏡

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アップに耐える、辻一弘の特殊メイク

ご無沙汰しています。

差し迫っていたいくつかのことが片付いたのでほっとして、ちょっと更新。先月末、公開早々に観た映画です。

辻一弘さんが日本人初のアカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した作品。彼の凄腕で、ゲイリー・オールドマンがウィンストン・チャーチルに化けます。

アップで撮っても少しもフェイクだと分からない、毛穴まで本物に見せる技!

ゲイリー・オールドマンが過去の仕事で辻一弘を知っていて、今回チャーチル役を引き受けるにあたって彼をメイク担当に指名した時点で、今作の成功はもう確約されていたのかもしれないですね。

『つぐない』などのジョー・ライト監督と、『裏切りのサーカス』などのゲイリー・オールドマンが組んだ歴史ドラマ。第2次世界大戦下のヨーロッパを舞台に、苦渋の選択を迫られるウィンストン・チャーチルの英国首相就任からダンケルクの戦いまでの4週間を映し出す。チャーチルの妻を『イングリッシュ・ペイシェント』などのクリスティン・スコット・トーマスが演じるほか、リリー・ジェームズ、ベン・メンデルソーンらが共演。『博士と彼女のセオリー』などのアンソニー・マクカーテンが脚本を担当している。

(シネマトゥデイより引用)

 

今イギリス人は強いリーダーを求めている?

クリストファー・ノーランの『ダンケルク』と言い、『人生はシネマティック!』と言い、この作品と言い、最近何故イギリス人はダンケルクの戦いを語りたがるんでしょうか?(それも世界に向けて)

とても不思議だったのですが、今回三作目にして漸く分かった気がします。

 

17世紀以降世界中で侵略戦争を繰り広げ、植民地を築いてきたイギリスが、侵略される側に立たされたそう多くはない経験の一つ、それが第二次世界大戦のこの時期だったということ。

今、EUからの離脱を選び、孤立の危機に瀕したイギリスは、当時と同じく、国を救うリーダーシップを求めているということ。

とにかくイギリスは「ネバー・サレンダー!」だということ。(というのは、この映画、チャーチルがこの言葉を叫ぶ演説シーンで終わるのです。)

 

(ネバー・ネバー・ネバー・サレンダー!!)

 

この映画を観て、何故か思い出したのは、昔小学校の図書館で借りた本。

『蒙古襲来と南北朝』という題だったと思いますが、うろ覚え。内容は、モンゴルの侵略を台風で奇跡的に阻止できた「神風」伝説の話と、楠木正成が息子の正行と共に後醍醐天皇を護った忠勤美談との二本立てでした。

その後随分経っていい大人になってから漸く気づいたのは、これって戦前の教科書でもてはやされた国防と忠勤の美談だということ。

何故戦後の小学校の図書館にあんな本があったのか不思議ですが、教科書に載せるのではなく図書館に置いて任意に読ませる分には問題ないということなんでしょう。

このテの話って気持ちが高揚するせいか、当時かなりお気に入りの本で、何度も借りた記憶があります。

 

戦前の日本にあの話が必要だったのと、今のイギリスにチャーチルのリーダーシップとダンケルクの奇跡の撤退成功(というよりもチャーチルの強硬抗戦論ですね)の美談が必要なのと・・・全く同じ状況ではないにしろ、どこか重なるものがある気が。

今チャーチルやダンケルクの映画がイギリスで繰り返し作られるのも、やはりそれだけ強い危機意識があるからじゃないでしょうか。

この一連のダンケルク映画に関しては、そういう「イギリスの今」の反映に思えてなりません。

 

それをまたハリウッドがアカデミー賞で取り上げるのも、何かある、と勘ぐりたくなるちょっと面白い現象。

もっとも、『ダンケルク』はただでさえ手腕が高く評価されているノーランの監督作だし、『ウィンストン・チャーチル』にしても、特殊メイクや難易度の高い役作りはアカデミー賞で高く評価される傾向があることを考えると当然のノミネートなのかも、とも思えるし、私が斜めに見すぎているのかもしれないですけどね。

 

ついでにちょっと驚いてしまったのが、邦題オリジナルで添えられた「ヒトラーから世界を救った男」というサブタイトル。

ヒトラーと同盟していた日本で敢えてのこのサブタイはどうなの?・・・という話は百歩譲れても、戦争映画には、戦争に絶対の正義などないという視点が必要だと個人的には思います。

戦争で自国を救った人はいても、戦争で世界を救った人はいません

 

ここだけ切り取れば戦争は正義だ

ただ、サブタイはともかく、この映画がうまくできているのは、第二次世界大戦初期の1940年5月、ドイツがベネルクス三国に侵攻した前後から四週間の状況だけを切り取って見せていること。

それまでイギリスのチェンバレン首相は、ドイツとの宥和策を探っていましたが、ドイツがヨーロッパ北部・西部への強硬な軍事行動に出たことで、構想は破綻。

チェンバレンではダメだ、強いリーダーシップの下に挙国一致内閣を、ということで、チャーチルが首相に就任します。

 

しかし、そうこうする間にあっという間にフランスに到達したドイツ軍は、英軍35万人をダンケルクで包囲。

これだけの兵力を失ったら、イギリス本土を守り切れるかどうか。

かといって、ここでドイツと和平を結べばイギリスはドイツに屈服することに。

まさにイギリスにとって国運がかかった事態の中で、ダンケルクの兵を救出し、なおかつドイツに屈せず断固戦い続ける決断を下したのがチャーチル。

ベネルクス三国もフランスもあっさりドイツに降伏した中で、イギリスは毅然とドイツに立ち向かった、あそこでイギリスが踏ん張らなかったら、ヨーロッパはファシズムに席巻されていたに違いない、というのはイギリス人の誇りでしょうし、そういう意味で、英断を下したチャーチルはイギリス人にとってまさに英雄の名にふさわしい人です。

ここだけ切り取って見せられたら、反戦なんて言ってられません。

 

それにしても、予告編にもあるチャーチルの演説には痺れました。

なんといっても、彼の演説は自筆。言葉に魂がある上、後年ノーベル文学賞を受賞したほどの表現力豊かな人ですから、ただの熱弁家じゃありません。

彼の言葉にぐいぐい引き寄せられ、トドメに「ウイ・シャル・ネバー・サレンダー!」と来られたら、もう、満場大喝采。この人についていきたいと思ってしまいます。

当時のイギリス人だって、「ネバー・サレンダー!!」の一言を叫んでくれるリーダーを待ち望んでいたんですよね。

 

ただ、戦争に勝利した途端にチャーチルは一旦首相の座から下ろされてしまいます。

戦争には英雄が必要。でも、一旦平和になれば、戦争の英雄は厄介な存在でしかなくなってしまうんでしょうか。

それでもチャーチルは歴代イギリス首相の中で世界に最も名の知られた1人であることは間違いないし、今もイギリスの国会議事堂にサッチャリズムで国を財政危機から救ったサッチャーと並んで全身の銅像がある(普通は胸像)、歴代首相の中でも特別な存在です。

 

(イギリスの本屋のショーウインドウに並んでいたチャーチルの本)

特殊メイクの下から滲み出るゲイリー・オールドマンのアクの強さ

ゲイリー・オールドマンがでっぷりと太ったチャーチルに・・・顔の輪郭も体型も全く違うし、発声も肥満した人特有のこもった声。これだけ化けると、もはやゲイリー・オールドマンの原型をとどめてない!

この人は『ハンニバル』でも特殊メイクのメイスン・ヴァージャー役で別人になりきっているんですよね。

しかもあの時は凄い悪役で、最後は豚の・・・滝汗エサに

今回は妻に「豚ちゃん」と呼ばれる役。偶然なんだけどなんだかクスッと笑ってしまいます。

コッポラの『ドラキュラ』では白塗りの吸血鬼役、『レオン』ではヤク中刑事と、アクの強い役が多い。

過去の出演作を眺めると、今回のチャーチル役は「別人のような変貌」「アクの強さ」という点で、これまでのゲイリー・オールドマンの路線そのものですね。多分、ゲイリー自身のアクの強さがどこかで滲み出ているからこそ、どんなに別人になりきっていてもゲイリーを観ていることを忘れずにいられるのかも・・・この違い、とても大きい気がします。

 

今作完成前後に5度目の結婚も!まだまだ枯れる気配がありません。

 

アクの強い役と言えば、まだゲイ役を嫌う人が多かった80年代に『プリック・アップ』でゲイ役も。

当時まだ二十代のゲイリーのオシリが印象的でした。

 

 

ベン・メンデルソーンがこんなに英国王室顔だったとは!

個人的には、ベン・メンデルソーンのジョージ六世にも拍手を送りたい!

『英国王のスピーチ』でジョージ六世を演じたコリン・ファースは、全然本人に似てなかったんですが、今回のベン・メンデルソーンは面長なところや神経質そうな表情・長身の立ち姿がとても英国王室風の佇まいなんですよね・・・(今作では吃音症という特徴は省略されていましたが)

前回彼を見たのは『名もなき塀の中の王』の囚人役だったので、余計に見違えるようでした。

 

勝利に犠牲はつきもの

ダンケルクの兵士たちが救出された反面カレーにいた部隊はダンケルクの兵力を救うために見殺しにされた、という事実を描かなかった『ダンケルク』に対して、今回はカレーで犠牲になった部隊の様子も描いています。

彼らを救わない決断をしたのも、チャーチル。

勝利に犠牲はつきものだという側面を描いているところに、本作の本気を見た気がします。

今、イギリスは犠牲に耐えるべき時だ、というメッセージも感じ取れなくもないですね。

 

一方で、それまでの人生でバスや電車に乗ったことなどない貴族のチャーチルが、国民の声を聴くためにロンドンの地下鉄に乗るシーンは、水戸黄門みたいでちょっとチープだったかも・・・

特に、まだいたいけな少女にまで「断固戦うか、それとも和平に応じるか」を問う場面は、さすがにやりすぎ感がありました。

こんな重要な問題、子供の意見で決めちゃいけません(笑)