女の花園に迷い込んだ一匹の蝶
この映画を楽しみにしていらしたブロ友のジェーン・ドゥさんも公開早々に観に行かれたとのこと、私もジェーンさんの後を追って(笑)
この作品、ソフィア・コッポラがカンヌで監督賞受賞、クリント・イーストウッドが主演した『白い肌の異常な夜』(71年)のリメイク、コリン・ファレルにニコール・キッドマンにエル・ファニングなど出演者も豪華!
話題性は十分な気がするんですが、公開規模は全国100館弱。よほどの巨匠や大作でもない限り、洋画はそんなものなんですかね。。。
ちなみに、去年の年末に原作小説の邦訳版も映画と同じタイトルで発売されているようです。
ビガイルド 欲望のめざめ
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予告の印象では、「コリン・ファレルを美女たちが奪い合うサスペンス」。
コリン・ファレルの下がり気味の太い眉がこのシチュエーションでますますやに下がるところを想像するうちにどんどん観たくなって、『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』と迷いつつもこちらを先に観ることにしました。
ちなみに私は『白い肌の異常な夜』は未見です。
1971年のクリント・イーストウッド主演作「白い肌の異常な夜」の原作であるトーマス・カリナンの小説「The Beguiled」を女性視点で映画化し、第70回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した。南北戦争期のアメリカ南部。世間から隔絶された女子寄宿学園で暮らす7人の女たちの前に、怪我を負った北軍兵士の男が現われる。女性に対し紳士的で美しいその兵士を介抱するうちに、全員が彼に心を奪われていく。やがて情欲と危険な嫉妬に支配されるようになった女たちは、ある決断を下す。
(映画.comより)
「北軍兵士の男」マクバニー伍長にコリン・ファレル、学園長のミス・マーサにニコール・キッドマン、教師役にキルスティン・ダンスト、生徒たちにエル・ファニング、アンガーリー・ライスほか。
男女関係の典型を見る意味では面白い
(濃くたちこめる靄に包まれた学園は、いかにもミステリアスな女の園)
森の中の女の園に招かれることになったマクバニー。
彼は、まるで花園に迷い込んだ蝶のように、花たちの熱い歓待を受けます。
私の蜜を吸って、と言わんばかりに花びらを広げ、甘い香りで誘いかけてくる花々・・・
最初は楽園のバランスを壊すまいとどの花にもとまらず花々の間を均等に飛び回っていた蝶ですが、やがて一つの花に舞い降りようとします。
その途端、花園の景色は一変。
我こそは花園で一番美しいと思っていた花々は、自分以外の花を選んだ蝶に対し、隠し持っていたするどい棘を露わにし始めるのです。
絶妙なシチュエーションの中で、男と女の「あるある」な行動様式が披露されていきます。
閉鎖的な場所に男が1人・女が複数という状況では、女たちは男に選ばれるかどうかで自分の価値を確かめようとする。
女が男を意識し始めると、まず服装に出る。
選ばれなかった女は結託する。
・・・etc.
とても普遍的な男と女のちょっとイタい行動パターンをコラージュしたような女の花園劇場。
登場人物たちの行動があまりに分かりやすく滑稽な感すらあって、これってブラック・コメディにしても面白かったのでは・・・と思ったり。
このシチュエーション自体は、掘り下げ方次第で深い心理劇にもホラー・テイストにもなりうる優れモノだと思うんですが、そういうベクトルを感じさせるでもなく、といって「男女あるある」のコメディでもなく、何か方向性を悩んだ末にあっさりとまとめてしまったような印象。
ソフィア・コッポラの映画は90分強で終わるものも多く、本作も94分。
この尺がソフィアの作品のスタンダードだとすると、掘り下げた心理劇を描くには限界があるのかもしれませんね。
捨象された部分に見るべき物語があるのでは・・・
南北戦争の火種の一つになったのが、南部の黒人奴隷制度。
その南北戦争のさなかの話でありながら、本作には黒人が登場しないばかりか、原作では黒人と白人の混血であるエドウィナを白人女性(キルスティン・ダンスト)が演じているということに対して、「ホワイトウォッシュ」との批判を受けたという話も。
最近の「ホワイトウォッシュ」批判には極端なものもあって、手放しで賛成できるケースばかりとは思わないんですが、ただ、この作品に関して言えば少なくとも黒人を登場させたほうが深みが増したのでは?という気がとてもするんですよね。
というのは、敵兵であるにもかかわらず、女たちがあっけなくマクバニーを受け容れ、彼に恋心さえ抱く状況は、一方で南部人が黒人の人権にはまるで目を向けようとしない事実と対比すれば、人間の矛盾をあぶり出す糸口になったかもしれない。
アイルランドから無一文に近い状態で渡米し、北軍の傭兵になった男・マクバニーが、何故並み居る女たちの中でエドウィナを選んだのか?も、彼女を黒人と白人の混血として描いていれば、もっと男性心理の闇を抉り出せたような気がします。
男女の駆け引きに的を絞り、時代背景や南部ならではの土地柄にはあまり踏み込まない本作ですが、実はその切り捨てた部分に面白い心理劇の種子が落ちていたのでは・・・と思えてなりません。
登場する女性たちの背景にしても同じ。
招かれざる男の来訪をむしろ待ち望んでいたかのように見える女性たちの行動、考えてみればちょっと奇妙です。
「そりゃあ、男と女だもの、コリン・ファレルだもの」
で済ませることもできなくはない・・・でも、マクバニーが敵兵であること、学園の女たちが皆良家の子女らしいことを考えると、それだけでは乱暴な気がします。
彼女たちの「欲望の目覚め」の背景がもう少し肉付けされていても良かったような。
特に、ニコール・キッドマン演じる、いつも厳しい表情で自分を律し、信仰心も篤いマーサ校長が何故傭兵のマクバニーに惹かれたのか?というあたりは・・・けして悪くはないんですが、ちょっと薄味すぎて肩透かしでしたね。
オールスター「怖い女」キャスト
(怖い女も可愛い女も自在に演じるエル・ファニング)
ただ、キャスティングは文句なしに見事!
紅一点のコリン・ファレルの下がり眉は、予想していたようなにやけ顔ではなく、男の狡さを覗かせるのに絶妙な威力を発揮。
彼の濡れた裸体を舐めるように至近距離で映したショットは、じっとりした女の視線を感じさせて、本作で一番取りに行った感があるシーンでした。
しかしなんといってもキャスティングの目玉は、各種怖い女を取り揃えた女性陣!
まずは、このところ彼女を観ないシーズンはないほど売れっ子のエル・ファニング。
彼女、『ネオン・デーモン』で見せた「自分の美しさを自覚した女」を今作でも好演。勝ち誇った女の流し目がじつ~に上手い。
男を見るや、彼女の腕試しの狩りが始まる・・・彼女演じるアリシアだけは人物背景不要。
若さと美しさという自分の武器を知っている少女の存在感、それだけで物語が引き立つんです。
そして、学園長マーサを演じるニコール・キッドマン。
一見自分を厳しく律しながら内実は欲望と嫉妬に支配されたマーサは、完璧な美貌に年齢相応の凋落が兆し始めた今の彼女にピッタリの役柄。
もう一声、彼女が髪を振り乱して形相を変えるシーンが欲しかったところ・・・でも、怖い女としてのポテンシャルの高さは十分に醸し出してましたね。
少女時代からヴァンパイアを演じて男を食い殺していた(『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』)キルスティン・ダンストの危なっかしいオーラは言うまでもなし!
素晴らしいスタイルを披露した『ギリシャに消えた嘘』の頃と比べるとゆるみが出た体型が、逆に男心をそそりそう。
散りぎわに蝶を待つ濃い焦燥感が匂う佇まい、なかなかです。
ファッションブックさながらの優美な世界観と美しい衣裳は女性監督ならではの見どころ。
『白い肌の異常な夜』は何にフォーカスしてこの花園を描いたのか、ぜひ観比べてみたくなりました。