車、ぶつけちゃいました | 夫はフランス人、膵臓癌になりました (ワイン畑の中の3人家族)

夫はフランス人、膵臓癌になりました (ワイン畑の中の3人家族)

フランスで出会い、嫁ぎ、娘が生まれて7か月、夫が膵臓癌になり、2020年4月に旅立ちました。闘病の記録として始めましたが、その後の日々の生活や想いも綴っていこうと思います。

Gustave Roussyから返信とデータのCDの返却がありました。

英語が出来る友人に翻訳してもらったところ、

「書類やデータは受け取って、ファイルを開設した。

但し不備がある。

それは担当医または主治医による、あなたの質問のリスト。

それがないと答えられない」

 

あら、赤面!質問送らないといけないんだ!

てっきりデータを送れば所見を頂けるものかと思った私はとても無知。

ネットでセカンドオピニオンなど調べたりして質問事項まとめて、

主治医にアポとって手紙にして頂くようにします。

 

今日はワイナリーでmis en bouteilleミゼンブテーユとetiquetage エティキタージュ、ワインの瓶詰とラベル張りの仕事があったので義理の弟に私もやりたい、と言ってたので早朝から昼過ぎまでやってました。

なんで、そんなことやろうと言い出したのか、自分でもはっきりわかりません。

なんだか夫と職場のつなぎにでもなれたらと思ったのか、

外の世界と切り離されてしまう気がしたのか、なんらか存在感を出したくなったのです。

臆病な感情の一種だと思います。

 

寒かった!

私はバーコードのシールをひたすら箱に張るだけの簡単なのでしたが、逆に動かないので冷えました。

ここの仕事は来てから妊娠するまで積極的に夫についてって

畑仕事でもなんでも出来る事をやってました。

 

フランス語がボンジュールとメルシーしか解らなかったので、

行動を共にした方が色々わかるようになるかな、と。

 

このミゼンブテーユも良くやってました。

夫はフォークリフトで瓶やら充填後の瓶やカートンやらを運ぶ仕事を担当する事が多かったです。

今日はそれを義理の弟がやってました。

いつもの夫がいない、

また、仕事大好きな夫が仕事できない気持ち、

とても切ない、何とも言えない気持ちになりました。

 

作業が終わったら真っ先に夫のところへ行って抱きしめました。

「手冷たい!」って言われました。

 

そして、義理母に預けたMを迎えに行こうとしたら、

ここ3日くらい夜は夫の痛みで眠れてなかったのと、家の周りに車や作業車が多かったので、

車、ぶつけて右前を壊してしまいました

ライトも取れちゃった...

 

ああ、

夢であってほしい

夫のガンも車の破壊も

 

夫は壊れた車に関して「疲れるから何も言うな!」と。

ついでに、

「タバコ少し吸ったから。」と。

(おい、と思いつつ)

今日は何も言えませんでした。(明日病院で、禁煙についてお医者さんに聞くつもりですが。)

命かかってる治療中の喫煙と車の壊れ、

天秤にかける次元ではないのですが、

自己嫌悪で負けました。(今日は!)

 

その後、先日記載した術師のところへ車で片道40分を往復した際に、

最近は運転の事は何も言わなかったのに、

グッタリしてるのに、

 

夫は「STOPはちゃんと止まるように!速度は守るように!右左の確認したか?etc...

鬼教官の如く、指導されました。

でも、なんだかキビキビしてるというか、生き生きしてる気がしました。

こんなダメな私を何とかしなくては、という使命感がエネルギーになった?

 

日本では超ペーパーで、フランスでもずっと自分では運転せずにきた私。

日本の免許をフランスの免許にわりとすんなり移行したものの、

夫の懸命な教授にも関わらずマニュアルはどうも無理だったため、夫がオートマに変えてくれたのが去年の9月。

 

半年足らず、その車をさっそくかわいそうな事にしてしまいました。(今回の前にも既に擦り傷1つ、パンク一回)。

 

ごめんなさい。

 

でも、久しぶりの夫の運転の指導が懐かしくて嬉しかった。

いつもありがとう。

ちゃんと、寝ないとダメですね。