結婚式からまた疎遠になった。実はこのときに新しい電話番号を教えてもらっていたのだけれど、この頃いろいろと立て込んでおり、登録する前に失くしてしまった。でも、そのとき花嫁であった義妹の番号も登録してあったし、特に焦ることはなかった。
考えてみればこの頃は私も自分の生活と家族のことで精いっぱいで、積極的にマリに連絡を取ることはなかった。ひとつには、マリ自身の人生がぐらついていた時期だったのもある。少し前にペルー人の夫が不倫をして離婚したいと申し出ていたのに、相手も既婚のW不倫だったので、女性のほうが「やっぱり家族を捨てることはできない」とかなんとか言い出して日和ったのだそうだ。ちなみに相手も同国人の移民の女性だそうだった。
この男性のほうは先住民の血を色濃く引く、オークル系のブラウンスキンで顔が大きくて浮腫んでいる印象の、ガッシリした男性だった。
「戻ってきたいって言ってるけど、冗談じゃない。私は使い捨てのティッシュじゃないのよ!」と、マリは気合を漲らせていた。この夫が出ていけば月に数百ユーロ家計に入れるお金が足りなくなるため、残念ながら、高校卒業まであと1年の長男(初婚のときの連れ子なので純スペイン人)を休学させると言っていたのは歯がゆかった。
彼女がこの長男の養育費を元夫にもらっていたかどうかよく覚えていないのだけれど、「払わないと逮捕されるからいやいや払っている」という発言があったような記憶がある。
*実際には:投獄は「悪意が明白」「長期間」「支払い能力があるのに払わない」などのケースに限られ、多くは罰金や差し押さえで処理された
ペルー人の夫からもきちんと養育費を取って、息子にも週末のバイトなど探してやって協力してもらえばよかったのになと思わないでもない。とにかく、そういうゴタゴタの渦中で連絡を遠慮したというのも事実。
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いくら郊外に住んでいても、マリ自身は生粋のバルセロナっ子だったし、市内に友人だっているだろうし、年にいちどくらいは市内に出てきていたんじゃないかと思う。
ふと気が付いて、コロナの頃に行方を捜してみた。そのときにこの娘のアカウントをFBで見つけて、ああ、コロナが落ち着いたら彼女経由でマリと連絡を取ればいいや、と思った。
そして先々月くらいに、再び娘のアカウントを覗いてみたときに、なんだか違和感を覚えた。詳しくは調べなかったけれど、格言や警句のポスターをシェアしたようなものがほとんどで、個人や家族、友人の写真はほとんどなく、マリのコメントは一切見つからずに、漠然とながら「あれ?この子は孤児・・・?」という印象を受けた。
そのときに本人に「お久しぶりです。お母さんはお元気ですか?」と一筆送っておいてもよかったんだけれど、なぜかよい報せは聞けない予感めいたものがあった。なんとなくだけれど、マリが地上で生きている痕跡のようなもの、エーテルのようなものが感じられなくて、夫にも娘にも「彼女はもう生きていない気がする」と告げた。
哀しかった。2日くらい取り乱していたと思う。
