子どもがたまーに日本人のアーティストの方をインタビューするのですが、いまのところは英語でやり取りしています(全部訳してくれと言われたことはない)。

 

それで、サンプル数はさほど多くはないのですが、「どうしてみんな同じようなことを言うの?」、「ぼんやりというのか、ふわふわしたことを言うのはなぜ?」と訊かれて考えてみました。私がリクツっぽいタイプなので、なおさらビックリするというのはあるかも。

 

いまはどうなんだろう、変わっているといいなとは思うけど、

 

1. あまり論理的な物の考え方を教えない(「考え方」を教えないんじゃないかな)

 

2. 討論 - ディスカッションやディベートのようなことをあまりやらせない

 

3. 自分の考えを発表する機会が少ない - なんかさ、教科書を読んで著者が言いたいこと、感じたことを忖度させるばっかりでさ。

 

相手の気持ちが分かるというのはある程度大事なことだけれど、だからって自分の意見がなかったり、気持ちを伝えられないというのは欧米では通用しないのではないかと(←欧米かぶれって言われそうだけど、事実だしな)。生き残れないレベルじゃない?

 

4. 宗教的にある意味白紙、ある意味「なんでもアリ」なんで、自分で最初からコード(規範)を作っていかなくちゃいけない場面が多いかも。まあ、神道・仏教・儒教など根底には流れているんだけれど、一神教の信仰をもつひとたちとはメンタリティが違うのではないかと。プラス、論理的に考える習慣がないので、欧米人に比べると思想的にもふわふわしているところがあると思う。よく言えば柔軟性がある、流動的である。

 

欧米人はね、既存の神殿に住んでいるひとが多いと思うんだよね。日本人はその辺に勝手にバラックを建てて住んでる?

 

英国に留学した漱石が、「知に働けば角が立つ、情に棹させば流される」と書いたのにもワケがあると思うんだ。日本では割とよく知と情と言われるけれど、情操教育というのか周りの空気を読む・読ませることはやっているよね。でも、「知」のほうが足りないように思う。

 

英語って、論理的に考えないと、一定以上のレベルには絶対に達しないと思うんだよね。ヨーロッパ系の言語って言い換えてもいいけど。だから逆に、普段レベルの高いヨーロッパ系の言語を話している日本語ネイティブのひとがいたとしたら、そうじゃない日本人は「理屈っぽい」、「角が立ってる」と感じるかもしれないね。

 

私、今回のことで分かったけれど、通訳の技術なんてほぼないけれど、リクツが分かると相手の言っていることが分かるし伝えられる。枠組みというのか。そうして、日本人だからか(?)相手の考えていることがある程度分かる。往々にして、次に言うことが予測できる。まあ、私が日本のおんなで、女性に押し付けられてきた役割や性質を反映しているというのもあるかもしれないけれど。

 

・・・ということを子どもには説明しましたー。