タイトルの意味は、「流されないで生きる」とか、「その時その時を噛みしめて生きる」とか、そういった意味です。

 

そのVANSで買い物したときにですね。2歳くらいの小さなお子さん連れの若いカップルが、地元の店員さんと話し込んでいたんですよ。

 

スウェーデンから長期旅行と言うのか移民(?)で来ていて、お母さんは中国人とのハーフで、お父さんは英語を話していました。要は、「私は中国語も流ちょうですが、ここで店員を探していませんか?」と。

 

観光地の真ん中みたいな立地のお店だったし、観光客や外国人なんて珍しくないだろうけど、けっこう話が盛り上がっていました。

 

そうしたところ、小さなお嬢ちゃんが自分のベビーカーに突進して倒してしまい、自分も顔から転んでしまったんです。幸い怪我などない感じだったんですが、そのままその場にうずくまっていました。

 

私はどちらかと言うと聞き耳を立ててしまわないように耳を閉じていたのですが(←気持ち的に)(笑)、会計を終えてお店を出てから子どもが、

 

「あのお嬢ちゃん、床にうずくまってなんて言ったか聞こえた?」

「ううん」

「『アタチ、このままここでネンネちたい』って英語で言ってた」

 

はははははは。なんて愛らしい・・・。

 

「でも、隣にいたお父さんは聞こえてもいないみたいだった」

 

そう、仕事を探しているからか(?)、いや、普段からオトナと話す機会が限られているからか、話に夢中でちゃんと見てないみたいだった。

 

いちばん可愛い頃なんだろうけど、渦中にいるときにはいちいち立ち止まってその可愛さを噛みしめていられないときもある。可愛さが日常生活にあふれているから、麻痺してしまってあまりappreciateしなくなったり。

 

親になるより孫ができるほうが楽しめるって、そういう意味合いも強いんだろうなと思う。基本、責任なく、都合のよいときに可愛がるだけでいいと言うのか。ダイジェスト版、ハイライト、みたいな。

 

とは言うものの、似たようなことなら私もいろいろやってるんだろうなと思う。体が動くうちにもっと運動しとけばよかった、と20年後には思っているかしれない。たとえばだけど。

 

Love,