テーマ:思うんですが・・・ http://ameblo.jp/sango-coral/
すいません! 今回も重いです。暗いです。
ま、タイトルからしてそうですけど。
サザエさんのことを思い出して、
久々にあの頃のことを思い出したところで、
えらい記事を見つけてしまって、
頭がグルグルしているので、
覚え書きも兼ねて書きますけんど、 暗いし、重いです・・・。
その記事っちゅうのは、 マダム・ロセスさんのブログ
。
いつも、ビビビとくる記事が多いです!
その記事は中村うさぎのブックレビューでした。
あたしはまだこの人の本を一冊も読んではいないのですが、
すごい整形をしまくった作家というのだけは知ってました。
彼女は「買い物中毒地獄」「ホスト中毒地獄」「整形中毒地獄」、
その結果、「借金地獄」に陥り、
「自分の女としての価値を感じたい」と風俗嬢になってみたり。
で、そういう現代の色々な「地獄体験」を書いて一躍有名になった人。
あたしの彼女に関する情報はここまでだったので、
体当たり取材をおもしろおかしく書いたレポートくらいに思っていたのだけれど、
実は彼女、そこから考察して色々な本を出していたのですねー。
調べてみると『鏡の告白』なんかも、
だたの「イタい女たち」だと思われがちな女性10人と対談をして、
彼女なりに分析を加えて、
彼女たちの「心の叫び」をひも解いたりしているみたい。
河合隼雄の本に通じるものがありそう…。
これもちょっと興味があるな。
で、そのブックレビューの衝撃だった部分がこれ。
中村うさぎさんの一連の作品に共通するテーマなのですが、
今回読んだ「愚者の道」では、彼女の総括が載せてあり、
“私を(自滅の方向に)駆り立ててきたものは 罪悪感であった” と、
結論を出してこられています。
その罪悪感というのは、
“女たるもの、他人のために自分を犠牲にするべきものであり”、
“子供を産んで育てなかった自分に対する罪悪感”なのだそうです。
(すみません、若干言葉遣いなど違っているかも知れません)
なんか、これを読んでガーンって思ったのです。
サザエさんであたしを泣かせたのも罪悪感だったじゃないかと。
あたしの場合は、結婚した、子供も産んだ、
だけど、そこだけに留まっていられず、
「社会の中にも自分の居場所が欲しい」と思うことへの罪悪感。
○○くんのお母さん、 △△さんの奥さんだけじゃ、
なんでだめなのか。
なんで「△△うう」の名刺を出して仕事がしたいのか。
当時はなんでなのか、よくわからなかったけど、
とにかく、 「△△うう」としても認めて欲しいと思った。
それをするには、
○○くんのお母さんとか△△さんの奥さんの割合を削らないといけなくて、
それを削ってでも自分の自己顕示欲を優先させても、
よいのかどうかにすごく悩んだのですよ。
結果として、
そういう自己顕示欲のないサザエさんがうらやましくなった。
そういうのがなかったら、悩むことなんかないものって思って。
あほあほあほあほあほ。あたしのあほって思ったり。
元夫にそんなまわりくどい気持ちがわかるわけもないのに、
なんであたしばっかり削らなきゃなんないんだよ、
あほあほあほあほあほ。と八当たりしたり。
でもね、じゃあ、今、専業主婦やっている人の心が平安かというと、
それが、そうでもない。
「あたし、このままでいいのか?」みたいな気持ちもあったりするのを聞く。
子供が小さいうちはまだいい。
あたしの周りで子供もすっかり手がかからなくなって、
「燃え尽きてる」人もチラホラいる…。
で、最後に結婚もしてなくて、子供もいない人。
じゃあ、こういう人の心は平安かというと、
このレビューのようなことが起こっていると…。
じゃあさ、女はどうしたらいいわけよ?
結婚してなくて、子供を産まなくても、
結婚して、子供を産んで仕事しても、
結婚して、子供を産んで専業主婦でも、
どう転んでもモンモンが残るわけですか?
このモンモンは仕事が上手くいってようが、
家庭が上手くいってようが、
それで解決するもんじゃないじゃないか。
仕事が上手くいってても、
「でも子供産んでない」とか
「家族のための時間を削っている」とか
そんなことが気になり、
家族のためにいろいろなことして喜ばれても、
「でも、社会に出てない」とか、
そういうことが気にかかるってことじゃないのか。
男は仕事が上手く回って、
給料を家に入れられれば、
残業で遅くなろうが、
その結果家事ができなかろうが、
「そういうもんさ」で後ろめたいことはなかろう。
あったとしても、女よりはましだろう。
子供だって、経済的な余裕ができてから、
自分がいくつになっても、
嫁が若けりゃ産んでくれるだろう。
だから、男はけしからんとも思わない。
だから、女は可哀そうだとも思わない。
ただ、なんやねんな!このしくみ!って思う。
すごく深い深い気持ちの問題だから、
ひとりひとりがこういう潜在的な罪悪感から解き放たれないと解決しないし、
すでも解き放たれている人も実はいっぱいいて、
あたし一人が取り乱しているのかもしれない。
あたしらの息子らの世代には、
こんな罪悪感はもう存在しないかもしれないとも思う。
でも、もしも残ってくるのなら、
こういう罪悪感ってのが存在することを
男も女も知っておく必要があるのではないかと思うのね。
知ったうえで色んなこと考えないといけないんじゃないかと思う。
正直、だから何をどうしたらいいのかまで考えられないの。今は。
「大丈夫!気にすることない」って言って、
信じてもらえるくらい、自分がハッピーでいることだろうか。
まずは、そこからかな。
あたしはね、
子供を産んだこと、
それがもう大きくなったので少々ほっといても大丈夫なこと、
ダンナもいないので気にしなくていいこと、
自分で稼いで生活していることで、
こういうことで罪悪感から逃げおうせています。
罪悪感が消えたのではなく、逃げきっただけだと思う。
でも、これが消えるまであたしも精進だね。
どれかが欠けていた昔は逃げ切れずに、
モンモンしてました。
モンモンとしていたのは事実だが、
やってきたことに全く後悔はないのです…。
ひょっとしたら、モンモンしなくてもよかったんじゃないのか?!と今なら思える。
ああ、うまく終われないけど、終わります。
私も仕事がテンパって、
「ごめんね。いつもいっしょに遊んであげなくてごめんね」と泣いて子供に謝ったこともあります(確か先週)。
すると子供は、「なんでー。いんだよ。いまのままでいいよ」みたいに言ってくれます。(言い訳すると、基本的にSOHOなので、「いっしょにいない」ってことはないんだけど、遊んだりするのはものすごく辛い。体力的に? やっぱりやればやるだけ収入増えるわけだし。メール、1分遅れると取れる仕事も取れなくなるし。時差があるから基本、1日18時間くらいメールチェックしてるし)
でもって、お金が入ると、ふたりで買い物に行ったり、時間を作ってお菓子焼いたりしているわけです・・・。
「罪悪感」なのかなあ・・・?
子供は私が落ち込んだり疲れたりしていると、「よしよし」と頭を撫でてくれます・・・。