犯罪に罰を与える難しさ@当人認め判決無罪 | まだ?いまだ!神戸ニニンガ日誌

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何の役にも立たないが、特段面白い訳でもない。ましてや間違っても何かの為になど毛頭ならぬこと十全に請合う。勿論誰がどうみても上品であるはずもなく、履歴書に読者と書けば間違いなく不利となる。有閑男が白昼夢で口走る400字の戯言寝言放談放屁。それが神戸ニニンガ日誌

「神戸ニニンガ日誌」(第3,521号)
 

○「そこまで言って委員会」で知ったのだが、3年前の放火事件で罪に問われていた被告が無罪となった。この事件で男女2人が亡くなっている。要は放火殺人事件である。

 

○だが、取り調べ中に「住宅内で殺人が行われていた」や「次は自分がやられる」などの供述で、刑事責任能力が争点となった。鑑定の結果、検察は「責任能力があった」とし、弁護側は「心神喪失だった」と主張。結果、地裁は無罪判決をした。

 

○ネット等で何故無罪なのか、という疑問が上がっている。あまつさえ、被告本人が無罪を聞いて「おかしい、2人の命を奪っているんですよ」と泣き崩れたという。本人が「おかしい」と言っても無罪判決は覆らない。加害者が無罪判決を否定するのは前代未聞だ。

 

○適用されたのは刑法39条。「心神喪失者の行為は罰しない」とある。そういう状態では「処罰しても仕方ない」という考え方が基本にあるという。

 

○明治時代に整えられた法が令和に沿うかどうか。責任能力が無いとしても、殺人を犯した人に再犯の恐れがないとは限らない。

ⓜⓐⓓⓐⓘⓜⓐⓓⓐ まだいまだ。