日本の古典の現代語訳、原文、解説を一冊にまとめた角川ソフィア文庫の初心者向けシリーズ。

「賢人右府」と呼ばれ、90歳で亡くなるまで右大臣という要職(当時の太政大臣は名誉職のため右大臣が次席大臣。かつ関白頼通が左大臣を兼任していたため陣定に出席することはできず、実質的な朝廷の最高会議の首班であったといえます)にあった野宮大臣実資の日だから

『小右記』と呼ばれています。(同様の理由で『野府記』とも)

 

数多いる平安貴族の中でも関白を務めた祖父・実頼の養子という抜群の血筋の良さと、

豊富な知識に裏打ちされた実資の言葉は最高権力者となっていた道長でさえ意見を求める程で、

『小右記』からは貴族が何のために日記をつけていたのかがよくわかる儀礼の先例、

とても公言できないような批判も含めて、平安時代の貴族社会が持つ一面を現代に伝えてくれています。

 

道長が詠んだ「此の世をば我世と思ふ望月の欠けたる事も無しと思へば」という有名な歌も、

実資が寛仁2年10月16日条に記し、しかもそれが現代まで伝わっていなければ伝わらなかったというものです。(『御堂関白記』をはじめとする同時代の貴族の日記にも記載はなく、『小右記』でも前田本甲にしかその全貌が記されていないのです)

 

 

 

 

一方で、実資自身は怪異などを信じず、自身の和歌も残さない(詠まないわけではなく、『小右記』に記さない)という性質の持ち主であり、かと思えば70歳を過ぎて烏帽子を被らず粗末な服で頼通と抱き合っていたという夢を見た(解説によると、男色ではなく昇進の兆しを予兆したものだそうですが、現実には実資が昇進することはありませんでした)と言うことも書かれています。

 

伊周・隆家兄弟が左遷される原因となった「長徳の変」についても記すなど、

実資が残した事件の顛末から「殴り合う貴族たち」の側面もうかがい知ることができるのも、

日記という記録が持つ特性の一つです。

 

それにしても、本書は700ページを超えるにもかかわらずダイジェスト版だというのですから、恐れ入ります。

(散逸してしまい写本すら残っていない時期もあることを勘案すると、賢人右府恐るべしとしか言いようがありません)

 

 

大河ドラマ『光る君へ』に登場する政治事件を伝える良質な史料であることもあり、

帯には「必読古典」の文言も見えます。

編者が考証担当を務めていることもあり、平安貴族の日常を知る上でも有為な一冊といえます。

ネックは先述の通りダイジェスト版にもかかわらず700ページを超えるボリュームだけでしょうか?