規則と違反(Numeri日記より) | ヌメラーのヌメラーによるヌメラーの為のNumeri日記

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※私が書いてるのではありませんので悪しからず(^^)/

規則と違反は永遠のイタチゴッコだ。

社会的に容認できないような行為を行う人間を抑制するため、法律なり規則なりが定められる。それでも人はその規則の抜け穴を模索し、上手に違反をする。そうすれば、それを防ぐためにさらに規則が強化される。

そしてまた違反、規則、違反、規則とエンドレスループに陥る。違反をする人間は、その行為自体が自分の首を絞めていることに永遠に気がつかない。自分の行為が規制の強化に一役買っていることに気がつかない。

例えば、パブリックなスペースにおける喫煙。我が職場ではこれが規則と違反のイタチゴッコの最たるものだ。

つい最近までは、我が職場ではタバコはフリーダムにいくらでも吸ってよいとされていた。しかし、あまりに傍若無人にタバコを吸いまくる僕を含む喫煙者たち。モクモクと煙を吐き出し、非喫煙者の健康すら蝕んでいく。

そうすると、職場での喫煙が規制される。オフィススペースでは喫煙しないことと決められる。それでも、喫煙者たちは我慢できない。通路を歩きながらタバコを吸ったり、灰皿もないような場所でタバコを吸ったりする。

すると、歩きタバコの危険さや吸殻ゴミの問題から、通路での喫煙も禁止され、灰皿が設置された場所以外での喫煙が禁じられる。このあたりから破った場合の罰則などが設けられる。喫煙者は、歩きタバコや投げ捨てなどの行為によって自分の首をドンドンと絞めていく。

それでも喫煙者は止まらない。喫煙所でタバコを吸うものの、かなり離れた位置で吸うようになる。定められた喫煙所からはみ出し、ほとんど歩きタバコと変わらないような位置でタバコを吸う。それでも俺は喫煙所で吸っているんだ、文句あるのかと主張する。

今度は更なる規則として、喫煙所に白線がひかれる。灰皿周り1メートルぐらいを囲うようにして喫煙スペースを設ける。白線から出てタバコを吸ってはいけないと決められる。

決められた規則を絶妙な部分で違反する喫煙者たちは、自分たちの首をドンドンと絞めていき、最終的には白線で区切られた小さなスペース内でチマチマタバコを吸うようになる。見ていて情けなくなる光景だ。違反さえしなければ、まだ真っ当な形でタバコを吸うことぐらいお慈悲で許されていたかもしれないのに。

結局、規則の類、法律や条令、校則なんてのは全てが違反とのイタチゴッコなのだと思う。違反を防ぐ形でドンドンと強化されていく。規則を強化されないと守れないってのはちょっと情けない。

車を走らせて田舎の山道などを走っていると気がつくことがある。真っ暗な国道の脇に時折設けられている待避所のようなスペース。道の脇にちょっとばかりスペースが設けられており、車を停めて休憩することも景色を眺めることもできる場所だ。

そこに異様な看板がやけに目立つ。「やめよう不法投棄」などとオドロオドロシイフォントで書かれた看板だ。ほとんど全ての待避所に掲げられている。中には金網で仕切って待避所自体に入れないようにしたり、監視カメラを設けたり、見張りをする人がいたりするぐらいだ。道が田舎になればなるほどその傾向は顕著だ。

ゴミの捨て方に関する法律が強化され、ゴミを出しにくい捨てにくい世の中になってからこういった看板は目立つようになったと思う。

ゴミを捨てにくい世の中になったから、仕方ないから田舎の山道に行って目立たないようにゴミを投棄しよう。そう考える人が急速に増えたのだろう。人気のない待避所に積み上げられていくゴミの山。不法投棄の山。明らかに景観を損なう。

するとやはり対策され、上記のように金網で待避所自体を閉鎖されたり、監視カメラをつけられたりする。これではカーおセックスもできないし、車をちょっと停めて山間からのぞく星空を眺めることもできない。

先日も、深夜遅くにそういった山間の国道を走っていたのだが、やはり不法投棄に対応した待避所が目立つ。米軍基地ばりに高い金網で封鎖されていたり、親の敵のように「不法投棄やめよう」などとデカデカと書かれていたりする。なんともすごいものだなあ、などと眺めながら車を走らせていたところ、急に尿意をもよおしてきた。

ハッキリ言って、尿意ぐらいなら焦るほどのことでもない。ウンコなどの便意なら腹痛に苦しみ、下手したら漏らしてしまうこともあるので一大事だが、尿意ならさほどでもない。ウンコでノグソはちょっと抵抗があるが、立小便ぐらいならさほどでもない。ちょっと車を停めてモロンっとチンコ出して済ませるだけだ。

よし、ここらでいっちょ立小便でもしてやろうと思うのだが、車を停めるスペースがない。何度も言っているように、ほとんどの待避所は金網によって閉鎖されている。ハイスピードコースであるこの国道の車道に路上駐車するのも危険すぎる。やばい、車を停めることができない。

やはり僕らは自分で自分の首を絞めてるのだ。車をちょっと停めて立小便しようにも、車を停めることができない。全ては他の誰かが不法投棄をすることが原因なのだ。その行為が僕らの自由をどんどん奪っていく。

なんとか、なんとか車を停めて立ち小便する場所はないものだろうかと、漆黒の闇に包まれた国道を爆走するのだが、やはり全ての待避所が閉鎖されている。お小便は余程のことでもない限り漏らさないと上で述べたが、もはやこれは余程のことだ。漏れる、漏れる。などと焦りながら運転していたところ、閉鎖されていない待避所を発見した。

おお、これぞ天の助け。と言わんばかりに感激し、シュルシュルと待避所に進入する。さあ、これで小便をすることができる。この尿意とお別れすることができると喜び、足早に車から降りた。

やはり、この待避所も閉鎖されていないとはいえ、不法投棄はバリバリに意識してるらしく、「不法投棄、ダメ!ゼッタイ!」などとカードレール上の看板にデカデカと書かれている。

まあ、僕ちんはゴミを捨てるわけではないし、別に構わないかとガードレールに近づいて立小便をしようとしたその瞬間だった。

ウーウーウーウープルルルルルルルルル

けたたましいサイレンの音共に、あちこちに仕掛けられたランプがビカビカと瞬き始めた。深夜で街頭もなく、真っ暗の静寂だった待避所が、一気に明るくなり賑やかになる。その爆音と光の強さは、心臓の弱い人なら死んじゃうんじゃないかと思うほどだ。

どうも、不法投棄などを防ぐため、この場所には深夜だけ赤外線センサーによる監視を行っているようなのだ。誰かがゴミを捨てようとガードレールに近づくと、センサーが発動しサイレンが鳴りランプが光る。物凄い音量と明るさで。映画なんかで、逃げ出した捕虜が兵士に見つかり、サイレンを鳴らされてライトをあてられるようなシーンがよくあるけど、ちょうどあんな感じだ。

ホント、ビックリした。僕は不法投棄する気なんか全然なくて、普通に立小便をしようとしていただけなのに、見つかった脱走兵のようなこの仕打ち。ビックリしてオシッコじゃちょっと漏れた。

さすがに、こんなサンバカーニバルのような場所で立小便をするのもアレなので、小便は我慢し、大人しく車に乗り込んだ。

ゴミの不法投棄がなければ、僕は何の苦もなく立小便ができただろう。度重なる違反により、規則が強化されていなければ大丈夫だったろう。違反と規則のイタチゴッコは、僕らの私生活の自由度をドンドンと奪っていくものであり、あまり望ましいものではない。

非道徳的な違反は、規則の強化を招き僕らの生活の自由を奪うものだから、最も憎むべきものなのだ。規則で定められるまでもなく、道徳的なマナーは当然として守る、そういった気持ちが大切なのではないだろうか。

規則違反は許せない。そのせいで僕が立小便ができなくて苦しんでいるんだ、と憤慨しながら車を運転していると、そういや立小便も厳密には不法行為だ。こりゃあどっちもどっちだな。と根本的な部分にやっとこさ気がつきました。

そしたら小便が我慢できない臨界点に達したため、車内にあった空ペットボトルに小便をし、丁寧に蓋をした上で、ふもとのコンビニのゴミ箱に投棄しておきました。

そのうち、「小便を入れたペットボトルをゴミ箱に捨てないこと」などと法規制されるかもしれんな。