技術の進歩に人類が追いついていない。
平日の昼下がりに電車なんかに乗ると、ほのぼのとした日常風景が広がっている。若妻が小さな子供を連れていて、子供は電車に夢中、靴のまま座席に飛び乗って慌ててお母さんが靴を脱がせる。向かいに座る老夫婦は仲睦まじく座っている。これからどこかの大きな公園に梅でも見に行くのだろうか。座席が空いているのにも関わらず座らない制服姿の女子高生は、スマホを操作しながら何やらゲームに夢中。今は学校の時間のはずだけど、試験期間なのかな?それともサボっちゃったかな。
なんてことはない、取るに足らない風景のはずなのだけど、こんな日常風景の中にも恐怖は潜んでいる。ハッキリ言って僕はこれを恐怖だと思うのだけれども、世の中の人は恐怖とすら思っていない。まるで普通で当たり前のこと、むしろ便利でいいじゃん、と流行しているくらいで、その事実もまた恐怖に感じるのだ。
何が恐怖かというと、上の例で出てくる、女子校生のスマホだ。よもや知らない人もいないと思うが一応説明しておくと、スマホとはスマートフォンの略で、パソコンの機能をベースとして作られた多機能携帯電話・PHSのことを指す。一般的な電話より賢いからスマートなんて言葉がついている。
このスマホは昨年あたりくらいから爆発的に普及しだし、今や携帯電話のスタンダードとなりつつある。ある試算では2015年にはスマホの契約台数が普通の携帯電話の台数を超え、過半数を占めるとまで言われている。多くの人が普通の携帯電話とスマホを2台持ちしている現状を考えると、もはやその頃には大半の人がスマホになっているのではないかと考えられる。
僕も例に漏れずiPhoneを、スマホと呼ばれる携帯電話を使っているのだけど、まあ便利だし、色々と使い勝手が良い。これが爆発的に普及するのもわかる。けれども冷静に立ち止まって考えてみると、これって実は結構恐ろしいものなんじゃないかという不安が心の中に湧き上がってくる。
そりゃあ、僕のようなデブが曲がりなりにもスマートなんて名前が付く電話を扱うなんていかがなものかって思う部分もあるのだけど、本質はそんなところではなくて、実際にスマートフォンを触ってみる、もしくは触ってる人の動きを見てみるといい。明らかにこれは人類の限界を超えた物だってわかるから。
オーパーツ(Out-of-Place Artifacts)場違いな工芸品、その時代や場所にあるはずのない物を指す。技術レベルや文明レベルを考えてもその時代にその場所に存在するのはおかしい物が遺跡などから出土することを指すことが多い。有名なところでは水晶ドクロやアンティキティラ島の機械、黄金ロケットなど。これらは賛否色々な見解があるが、本物だとするのならば明らかにその当時の技術レベルを超えた場違いな物である。
もし、今、核戦争か何かで現在の文明が滅亡し、遠い未来にまた高度文明を築いた人類が、僕らの生活跡を遺跡として発掘したとする。美少女フィギュアや、美少女抱き枕、ダッチワイフ、オナホールTENGAなどが出土さた日には古の人類は何やってたんだと頭を悩ませるのだと思うけど、もしスマホが出土した場合、間違いなくオーパーツとして扱われるのではないか、僕はそう思っている。
実際にスマホを触ってみるといい。まず画面が綺麗、重量もそんなに重くなく、大きさも手のひらサイズ、こんなものの中にパソコンと同等程度の機能が詰まっているというのだから驚きだ。けれども、それだけではオーパーツにはなりえない。すごい技術力だとは思うけど、別に人類を超えているわけではない。
僕が最も恐れ、確実に人類を超えていると考えるのは、そのスマホの画面、タッチパネルにある。携帯電話がスマホへと変化する時、あの携帯電話についていた1から9までの数字ボタンは姿を消した。それに伴い、画面を指でなぞるタッチパネル方式が採用され、いまやスマホといえばタッチパネル、は常識になりつつある。
今までボタンでやっていたこと、例えば数字や文字の入力、ページを進んだり戻ったり、ゲームの操作も全て画面をタッチして行う。ボタンをポチポチしていた時に比べて直感的に操作しやすくなったし、一度体感したら二度とボタン操作には戻れないだろう、それだけ便利だ。
けれども、少し考えてみて欲しい。この便利な画面タッチ。よくよく考えるとおかしくないか。うん、おかしい。絶対におかしい。実際に触ってみるといい、スマホをお持ちの皆さんは、そのスマホでNumeriでも開いてみるといい。
表示されるのは当たり前だけど、その画面を指でグッとやって上に払ってみるといい。シュルシュルーってものすごく滑らかに画面が下に流れていくはずだ。そして、適当なところでまた指をピタっとやる。ものすごくビビッドに画面が止まるはずだ。こんな動き、スマホなら当然なのだけど、よくよく考えると動きが良すぎて気持ち悪い。こんな直感的にヌルヌルと動かせるタッチパネル、絶対におかしい。
僕の手元には、数年前に購入したデジカメがある。これは当時、シャッター以外のボタンを全て排除し、画面をタッチすることで画像を見たり消したり編集したりできるという画期的なものだった。タッチパネルデジカメ!とか大々的に宣伝していた気がする。
しかし、実際に使ってみると、これが実に使い心地が悪い。画像を見ていて次の画像を見ようと矢印ボタンを押すと、ただでさえ小さい画面の端っこに小さい矢印があるもんだからなかなか押せない。押せたとしても、全然反応してくれない。強く押して初めて反応してくれるのだけど、そこから砂時計が表示されて、しばらく待ってやっと次の画像が表示される。
毎回こんな調子じゃあ、タッチパネルマジ面倒くせえ、ボタンの方がいいわ、といなり、そのデジカメはほとんど使わなくなってしまった。これは別にそんなに大昔のお話ではなく、ほんの数年前のお話。その当時でもタッチパネルはこれくらいの技術が限界だった。
街に多く存在するATMの画面なんかもタッチパネルを採用しているが、あれだってそんなに感度は良くない。ババアなんて何度も操作をミスして、後ろに並ぶオーディエンスの視線を独り占めして何度も操作をしているくらいだ。うちの親父にiPadで将棋ゲームさせたら、コマを動かす時に画面が割れるかってくらいに強く押していた。多くの人のタッチパネルに対する認識は、反応が悪くて強く押さなくてはならない、のままなのだ。
これら反応の悪いタッチパネルとスマホのそれでは、技術方式が根本的に違うことくらいは僕でもわかっているのだけど、それにしてもあまりに飛躍的に進歩しすぎだ。普通、技術ってものは日進月歩で、少しづつ改善されて向上していき、完成されていく。けれどもスマホのタッチパネルはミッシングリンク。その間に悪戦苦闘、日進月歩した痕跡があまりにもなさすぎる。
いや、僕が知らなくて本当はスマホのタッチパネル技術も日進月歩だったのかもしれないけど、それでもヌルヌル動く画面を見ると、絶対に人類を超えている、そう思わずにはいられないのだ。宇宙人と何らかの密約があり、タッチパネルの技術を貰ったんだと僕は解釈している。
そう考えると、便利な技術に人類が全く追いついてないことがわかる。例えば、タッチパネル以外でもスマホってすごい機能が沢山あって便利に使えるのだけど、その機能をフルに理解して使っている人はほとんどいない。別にやってることはネット見たりゲームしたり、いままでの携帯でも普通に出来ることだったりする。
僕が初めてスマホにした時、ツイッターのアカウントと連動するとかいう便利機能があって、こりゃ便利、とその設定を有効にしたら、一瞬にして僕のツイッターのフォロワー7000人がどこどことアイコン付で電話帳に登録されていき、買ったばかりなのに電話帳7000人、アイコンまでついてるからクソ重くて、電話帳開くたびに7分くらいフリーズして、悲鳴をあげていた。
これは便利すぎる落とし穴で、例えば勝手にありとあらゆるアカウントが連動されて電話帳の友だちに通知される機能とかあって、秘密のツイッターアカウントで「おしっこ飲みたい」とかツイートしまくっていた青年が、友人全員に特殊性癖を理解されてしまったなどの笑えない話もある。他にも、便利になりすぎるあまりにネットにおける様々な場面で法整備が追いついていないだとか、とにかく、昨今の技術は人類を超えてしまったように感じる。僕はそれが恐ろしくてたまらないのだ。
プレイステーション3というゲーム本体がある。これはゲームだけに留まらず、DVDを再生したり、ブルーレイを再生したり、テレビ番組を録画できたりと、ゲーム機本体の枠を超えて家電としての役割を担い始めた機械である。僕は、プレイステーション4では冷蔵庫機能がつくんじゃないかと予想しているくらいだ。
これも実に便利な機械で、インターネットに接続することで友人や知らない人とゲーム対戦したり、協力プレイしたり、ちょっと前じゃあ考えられないものすごい機能がてんこもりで搭載されている。その中で、特にDVD再生機能が恐ろしい。
他のDVDプレイヤーがどんなものか分からないのだけど、プレイステーション3のDVD再生機能は本当に恐ろしい。どこで再生を止めたのかずっと覚えているのだ。例えばDVDである映画を見てる時に、急用があって途中で再生を止めたとする。その後、色々あって続きを見るのを忘れ、あ、そういえば途中だった!と思い出してまたDVDを挿入して鑑賞しようとしたとする。すると、プレイステーション3は前回、このDVDはどこまで再生されたかをちゃんと覚えていて、しっかりその続きから再生してくれるのだ。
これは、結構時間感覚が空いても有効だし、中断から再開の間にディスクを取り出すことはおろか、別のDVDを再生したり、ゲームをしたりしても有効で、プレイステーション3はずっとどこで再生を止めたのか覚えている。これがもう明らかに人類を超えている。
例えば、僕らは映画を途中で見るのを止めたとしても2、3日なら結構内容も覚えているし、続きを見なくちゃなって気持ちもある。けれども、そんなに長いこと、それこそ陰湿な恋人みたいに長いこと覚えていられても困る。そんなに長いこと間隔が空いた場合は最初から見るほうがいいに決まってる。
おまけに、途中で別のDVDを見たり、ゲームをしたりしても、それでもずっと覚えてる、なんてのは、別のコンテンツに気持ちがいっているわけだから、もう途中から見る気はないという宣言に近いのに、それでも覚えてるんだから、これはもう便利機能というよりも、機械側の怨念に近い。途中でやめやがって、という怨念に近い。
さらにこれが映画だと良いのだけど、エロDVDだった場合はかなり深刻だ。僕がどこで果てたのかをプレイステーション3がずべて覚えているのだ。僕がこの世界の権力者で支配者だったら、絶対に全てプレイステーションに記録されているオナニー終了ポイントをネットを通じて吸い上げてデーターベース化する。それくらいにこの機能は恐ろしい。
だいぶ前の話だけど、僕の家に女の子が遊びに来たことがあった。その日は朝からお祭り騒ぎで、死ぬほどの大掃除をし、なんかファニーなケーキとか準備したような気がする。もしかしたら今日、僕はおセックスしちゃたりするのかな?はしゃいじゃって良いのかな?とかワクワクしたのを今でも覚えている。
僕にはある作戦があった。机の上に色々と書類があったのだけど、そこにさりげなくエロDVDのパッケージを置いておいたのである。普通、こういった女性が部屋に来訪する場合、エロ本だとかエロDVDとかエロマターをとにかく隠す傾向にある。けれどもそれは大きな間違い。きちんと選別し、良いエロマターを見つかりやすい位置に置いておく、それが円滑な流れを生み出すのだ。
「あ、なにこれー!」
「あ、やばい、やめて!」
「あれれー?もしかしてエッチなやつですかー?」
普通、女の子と会話していて自然にエロスな方向に持っていくのはかなり難しい。それこそ人類の技術を超えている。けれども、一枚だけエロDVDを置いておいたらどうだろうか。それこそ極めてナチュラルにエロスな方向に会話が展開するのだ。
「ねね、ちょっと見てみようよ!」
「ダメだって!」
「ワタシ興味あるー!」
「いや、ダメだって!」
「ええー、いいじゃん!」
女の子ってのは結構こういったエロDVDに興味があるもんで、見よう見ようと言い出すに決まってる。もうオマタもグショグショだぜ!そこでダメだダメだと言いつつ、仕方ないといった感じで再生をはじめるのだ。
選ぶ作品はナチュラルなものがいいだろう。できればデビュー作あたりで、あの白い本棚が置いてあるソファーの部屋でインタビューを受けてるような作品が好ましい。「――――初体験は?」とか右側にテロップだけ出て女優が「高校の先輩と……」とか答えているのがいい。やはり最初に過激な奴はいくら女がエロだっていってもひいちゃうからね。
ちょとどその時も、僕が選んだDVDは、ちょっと後半は過激なシーンがあるんだけど、前半はナチュラルでインタビューから入るみたいな、前半と後半のギャップが凄まじい作品だったのだけど、まあ、前半だけ見せればかなりナチュラルだし、こいつもオマタグショグショだろとか思ってデスクの上に忍ばせておいたんですね。
作戦通り、その僕チョイスのDVDを部屋にやって来た女の子が発見し、見せてよ、ダメだよと茶番ともいえる押し問答の末、ついにちょっとだけだよって約束で再生することになったんです。もうこれでグチョグチョっすよ。あとはおセックスするだけっすよ、いやー作戦通りいったなーと少し感慨にふけりつつ、DVDをプレイステーション3に差し込んだ瞬間ですよ。
前に再生した時からすごい時間間隔空いているし、その間に色々なDVDを再生した。さすがにもう覚えてないだろ、いくらプレイステーション3でも覚えてないだろ、って楽観していた僕が甘かった。本当に甘かった。プレイステーション3のやつは覚えてやがった。前回、僕がどこで力尽き、満足し果てたかを覚えていやがった。
「いやー、ブリブリブリブリ」
とか、女優がウンコしてる瞬間から再生が始まりましたからね。この作品、最初はまろやかソフト展開なのに、後半は脱糞あり、SMありのハードコアで、そのギャップを楽しむ作品なんですけど、まさかプレイステーション3が覚えてて、まさかの脱糞から始まるとは。コイツ、確実に人類を超えていやがる。
もうね、女の子も呆然ですよ。まさか私もウンコさせられるんじゃみたいな不安げな表情になってましたし、少しお尻を隠してましたからね。ああ、こりゃあおセックスは無理だな、いやー!いやー!とか泣き叫びながらまだモリモリ出してる画面内の女優を尻目に悟りましたよ。
技術の進歩はもう人類を超えています。発達しすぎた便利機能は、便利すぎてもう人間には完全に使いこなすことはできない。完全にオーバーテクノロジーになっているのです。僕ら人類は、スマホの画面をヌルヌルと動かすことより、この男優のように、ウンコを指先につけて「すごい匂いだねー」「いやっ!」とかやってるくらいがちょうどいいのです。