どう反応していいのか分からない。
人は稀にそのような心理状態に陥る事があります。これをパソコンに例えますと、予想外の操作をされてフリーズしてしまうということでしょうか。これは人も同じで、予想外の出来事に直面した場合、どう反応していいのかわからずフリーズしてしまうのです。そして、ただただ、はにかむことしかできないのです。
先日のことでした。最近では異常に寒く、寒さに強い僕でも我慢ならない寒さで、僕のオフィスはすきま風とか入ってきますから、おちおち居眠りもできない状態になってしまったのです。本当に「寝たら死ぬぞ」ってレベル。
これまで、何度かの冬を暖房器具無しで凌いできた僕ですが、さすがにこの寒気はシャレにならないと判断し、主に備品などの購入を司っている女子社員に懇願し、なんとかハロゲンヒーターを購入してもらったのです。
まあ、2980円の安物で、暖房力も脆弱、真ん前にいないと全く暖かくならないゴミですが、ないよりはマシ。このハロゲンヒーターで暖を取りつつ職場での昼寝などを楽しんでいたのです。本当に今年の冬は寒すぎる。
そんな異常な寒さの中、ホント頭おかしいんですけど、今年の職場の忘年会は職場近くの河川敷でバーベキューにします、という意味不明な、ホント、形を変えた殺人じゃないの、それ、という企画が持ち上がってしまい、なんと、本気で河川敷でのバーベキューが催されることになってしまったのです。さすがの僕も、この計画を聞いた時はどう反応していいのか分からずフリーズするしかなかった。
さて、バーベキュー当日。気候はどんよりとした曇り空。夏場はキャンプの人やバーベキューの人で賑わう河川敷ですが、人っ子一人いません。そして、続々と集まってくる職場のメンツ、顔に精気はなく、言葉にしないまでも「なんで冬にバーベキューを」と思っているのがテレパシーのように伝わってきます。
そんなテンションの低い面々の中にあって一人大ハッスルの我が上司。まるでオモチャを手に入れた子供のようにハシャギ、普段は威張りくさってふんぞり返っているのですが、率先してバーベキューの準備などをしているのです。
それもそのはずで、何でも上司が大ハッスルするのにも、この季節に荒行とも言えるバーベキューが敢行されたのにも理由がありまして、なんか上司が間違って購入しただか、付き合いで購入せざるを得なかったかで牛肉が大量に手元にあったらしく、それを消費するために半ば無理矢理にバーベキューを開催したようでした。そりゃあ、ほっといたら腐るしかない肉を利用して会費を稼ぐにはバーベキュー大会くらいしかない。
死ぬほど寒い、早く家に帰りたい、という僕らの思惑と、肉を消費しなくてはならない、という上司の思惑が交錯する微妙にテンションの低いバーベキュー大会がいよいよ開幕。道行く人々も、あいつら頭おかしいんじゃなかろいうかという憐れみの眼差しで見つめてきます。
「やっぱり外でやると開放的でいいな!」
元気にそういう上司の吐息が白くなるくらいの気温です。それをみた僕らもテンションだだ下がり。
「はあ、まあ、そうっすね」
と微妙にはにかむくらいのことしかできませんでした。
「よっしゃ!そろそろ焼けそうだぞ!高級な肉だぞー味わって食べろよ!」
と炭に火がついたみたいで、いよいよ肉を焼ける体制が整ったのですけど、僕らはあまりの寒さに唇がガタガタ震えて肉どころの騒ぎではない。それどころか、肉なんてどうでも良くて炭がプロデュースする暖かさだけが何よりの救いでした。
しかしまあ、せっかく高級と言われる肉があるんだ、会費だって払ったし肉を食べましょうかという機運が高まってきた時、悲劇が起こった。
ドシャーーーーー
本気でそう表現するしかない雨が降ってきやがった。南米あたりのスコールかって雨が突如として、まるで僕らを洗い流すかのように降り注いだ。雲行きが怪しかったのでまさかとは思っていたけど、こんなに降りやがるとは。
ただでさえ寒いのに、さすがに雨は勘弁といった職場の面々は、肉食獣に狙われた小動物のように近場にあった小屋みたいな場所や自分の車の中に避難。ただ一人、大ハッスル上司を除いて。
「おい、どうした?そろそろ焼けるぞ?」
豪雨の中、一人バーベキューセットの前に佇む上司の姿はシュールそのもので、そこまでその肉を処理させたいか、と涙なしでは見れなかった。肉を食べるも何も、あんた、炭に雨が降りかかってジュワジュワいってますやん。
「早く食べないのかー?」
もう豪雨で彼の姿があまり見えないのですが、なんだかその声が凄く遠いような、言い換えれば生の向こう側にいるような絶対的な隔たりを感じてしまったのでした。
結局、下手したら川が増水してくるかもしれない、何かと危険だと言うことで諦めてくれた上司を引き連れ、バーベキューセットも片付けて職場に舞い戻ることにしました。
帰りの道中、僕とその上司は同じ車に乗っていたのですが、やっと正気に戻ったのか、それとも豪雨に堪えたのか
「寒い寒い、もうシャツまでビショビショだ」
と連呼していました。さすがに、それだけ濡れてると寒いだろうよ、いいザマだ、と思ったのですが、僕もちょっとピンときましてね、出世欲とかそういったものと大変関係してくるのですが、ここで上司のポイントを稼いでやろうと思いましてね、普段は減点ばっかりで北欧の方の冬場の気温みたいにマイナス続きでしょうが、一気にプラスにもっていってやろうと企んだんですよ。
「シャツでしたら、僕、新品持ってますけど」
僕はですね、なぜか職場に新品のシャツとパンツ、おまけに靴下などを完全に装備してましてね、本気でこの職場で生活できそうな勢いなんですが、これは来るべき隕石衝突に備えて職場で被災してもサバイバルできるようにとかなんとか話すと長いので別の機会に。とにかくシャツを提供してやってポイントを稼いでやろうと思ったんです。
「ほんとか!?もう寒くてかなわん、一着売ってくれ!」
「いやー差し上げますよ。是非着て下さい」
これでもう僕の出世は約束されたものだと思いましたね。将来的には凄い役職について、秘書なんかつけてもらったりなんかして、まあ、その秘書は能力とか度外視で完全に顔とエロさのみで選ぶわけなんですが、「社長、午後から会議が」「うむ、しゃぶってくれい」みたいな感じのサクセスストーリー、アメリカンドリームが約束されたものだと思っていました。
早速、今や将来の社長候補に上り詰めた僕と、僕が社長になったらまず最初にリストラするであろうずぶ濡れのドブネズミみたいになった上司とで僕のオフィスに向かいます。
「寒い!早くTシャツをくれ!」
ククク、今はそうやって威張り腐ってるお前だが、俺が社長になったらその日にクビだ!あと女子社員の制服はハイレグにする。とにかく、5枚1000円だった真新しいTシャツを差し出します。
「ホント悪いな!これで風邪ひかないですむ!」
驚いたことに、上司は嬉しそうにこの場で服を脱ぎ始めるではないですか。おいおい、他所で着替えろよ、と思うのですが、そんなことお構い無しにガンガンとびしょ濡れの服を脱ぎ始めていきます。
まったく、これで僕が筋金入りのホモで、しかもオジサマ大好きとかだったらどうするんだ。あら、ダンディーなわりにはカワイイ乳首してるのね、コリコリ、あひいぃ!とかなったらどうするんだ。ネクストコナンズヒーント!「アナル」とかになったらどうするんだ。もう全然意味がわからない。
とにかく、僕がホモでなくて命拾いしたな、貴様!などと思いながら、どう反応していいのか分からず微妙にはにかんでいたんですけど、それがまた気持ち悪いこと山の如しなんですけど、そんなことお構い無しに続々と服を脱いでいく上司。その瞬間、途方もない事件が巻き起こったのです。
いやね、もりっとチョッキみたいな服を脱いだんですけど、そしたらアンタ、その下におわすシャツ、びしょ濡れのシャツがですね、どう好意的に解釈しても美少女がプリントしてあるんですよ。明らかに何らかのキャラみたいな美少女がシャツの中央に鎮座しておられるんですよ。
おかしいおかしい。上司はもう僕の父親かって言うくらいの年齢、いわゆる団塊の世代。そのオッサンが美少女のシャツを着ていること事態がペレストロイカみたいなもんだ。意味が分からない。
最初は、娘のイラストなんかをプリントして、いつも芳江と一緒とか愛のあるお父さんで、それでも娘には嫌われていて、お父さんのパンツと一緒に洗濯しないで!とか言われてるかとも思ったのですが、どう考えてもこの美少女、頭髪の色がスカイブルーですからね。こんな頭した娘がいるはずない。
もしかしたら、これが噂に聞く、秋葉原辺りで大ブレイクしているという萌えシャツなのかもしれない。特に最近では団塊の世代などがいわゆる美少女マーケットにはまってしまい、世間体を考えて表に出さないまでも、隠れてDVDやフィギュアなどを買い漁ってると聞き及んでいます。その一環で、この上司も見えない部分のオシャレとして萌えシャツを着用していたのかもしれません。
やっぱりこいつは僕が社長になったらクビだな、と思いつつ、どう反応していいのか分からずあっけに取られてフリーズ。それでも今は僕の上司です、なんとかご機嫌を取ろうと「そのシャツ、萌えですね~」とでも言おうと思ったのですが、さすがにそこまで核心に迫るとカクシンニセマラナイデとか言われそうなのでやめておきました。
「ありがとう、じゃあ仕事してくるわ」
着替え終わった上司は、萌えシャツなんてまるでなかったかのようにいつもの上司で、颯爽と部屋から出て行ってしまいました。僕もあっけに取られていたのですが、ふっと我に返り、落ち着いて辺りを見回してみると、そこには上司が脱いだばかりの濡れ濡れの萌えシャツが。
改めて広げてみてみると、まだ上司の体温が残っていて生ぬるく、微妙に気持ち悪いのですが、やはり美少女物の萌えシャツです。何のためらいもなく美少女がプリントされ、キラキラとした瞳で真っすぐこちらを見つめています。おまけに、どんなセンスか知りませんが、美少女の右頬あたりにデカデカと「LOOK!」とか書かれてます。そんなこと書かれなくてもこのシャツならみんな見るわ。
とにかく、何で上司がこのシャツを、とか、あの歳で萌えシャツとか気持ち悪い、とか色々と思うところはあるのですが、今はそれどころではありません。僕は社長への出世コースを駆け上がることだけを考えればいいのです。つまり、このシャツを完全に乾かして上司に渡す、これでまたもや高感度がうなぎのぼりです。
おそらく、こういった萌えシャツを着用されてる方々は、僕らでは想像できないほどにこの種のシャツを愛してしまってるはずです。洗濯して返すと言うのも考えましたが、この手のマニアは勝手に洗濯するとプリントが色落ちするとか怒ることも考えられますので、とにかく乾かすだけ乾かそうと決断。それもスピーディーに乾かして出来る男だと思わせるのが大切です。
結果、導入されたばかりのハロゲンヒーターで乾かそうと思いましてね。まるでハロゲンヒーターにシャツを着せるって感じでガバッとかぶせてマックスパワーで電源を入れたんです。
プリント美少女がこっちを向いていて、おまけにハロゲンの光が透過していて気持ち悪いことになってるのですが、出世のためには仕方ありません。
「はい、これ、大切なシャツなんですよね?乾かしておきました」
「おお、君はなって気が利く男なんだ!」
「いやあ、当然なことをしたまでですよ」
「いいや、なかなかできることじゃない!昇進決定!」
「社長、午後からは会食の予定が」
「うむ、しゃぶってくれい!」
まあ、そんなことを妄想しながら昼寝していたわけなんですが、目が覚めてビックリ。やけにきな臭いなと思って目を覚ますと。
メラメラ
と、そんな呪文みたいにシャツとハロゲンヒーターが燃え上がってるじゃないですか。僕はもうそれを見た瞬間に固まっちゃいましてね、自分のオフィスで火災が巻き起こってることが信じられず完全にフリーズ。どうしていいか分からず、おお、萌えシャツが燃えておる、と微妙に上手いことを言いながらはにかんでました。
本気でフリーズしたらしく、ずっと固まってましてね、通りかかった誰かが消火器で鎮火するまでずっとヘラヘラしてました。いやホント、想像を絶することが起こると人間はマジでフリーズするよ。
そんなこで、想像を絶することが起こったわけですが、やはり上司は怒るわけで、職場でボヤを出した僕はシッポリと、事情を知らない人が見たら「彼、このあと自殺するの?」と言われてもおかしくないくらい怒られました。
「お前は会社を焼け野原にする気か!」
という上司の怒りに対してどう反応していいか分からなかった僕は、はにかむくらいしか出来なかったのですが、こりゃあ昇進や社長になるどころじゃなくて、そのうちクビだなと思いつつ、人間は想像を絶することが起こらなくても、すごい怒られただけでフリーズしてはにかむんだ、と新発見をしたのでした。