隣の魔王は怖く見える(Numeri日記より) | ヌメラーのヌメラーによるヌメラーの為のNumeri日記

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※私が書いてるのではありませんので悪しからず(^^)/

隣の芝生は青い、なんて言葉がございます。

他にも「隣の花は赤い」という言葉もありまして、どちらも「人の持ってるものは良く見える」という意味合いなのですが、これがまた実に人間の心理を上手に表した素敵な言葉だと思うのです。

人間が他者を羨む気持ちとは相当なもので、それ自体が向上心だとかの原動力になる大切な感情なのですが、時にはそれが暴走し、取り返しのつかない重大な事態を引き起こすことがあります。それを諌めるため「そういうもんだよ、気に病むな」と救いの手を差し伸べるクリティカルな言葉なのです。

しかしまあ、この人口減少社会、少子化問題などに悩まされているとはいえ、決して人口密度が低いとは言えない日本社会において「隣の芝生」と言われてもいまいちピンとこないものがあります。都市部の住宅事情なんて最悪ですから、庭付き一戸建てなんて夢のまた夢、芝生が青かろうが関係なく、芝生が存在しないことの方が多いのです。ってか、例え隣の芝生が青くても「人工芝だろう」「着色してるんだろう」と裏を読むのが現代社会です。とてもじゃないが青いからと羨むことはそうそうありません。

そういった事情を加味して現代の住宅事情に照らし合わせると、隣のマンションの耐震強度は高く見える、ですとか、隣の家に施されたリフォーム詐欺工事はまだ良心的にみえる、ですとか、そういった按配になるかと思います。ちょっと脱線気味でしたが、とにかく、他者の物が良く見えて仕方がない、それはもういつの世も否定することができない真っ当な心理だと思います。

何度もお話しているように、僕の職場は完全なる個室制で、一部の事務系の方を除いてほとんどの同僚が個室で優雅に仕事をしているのです。当然ながら、その個室は千差万別で、かなり個人の趣味が入り乱れたものになりがちです。当然、各個室たちはそれぞれの芝生と化し、同僚間で様々にその青さを競うことがあります。

ある同僚などは、完全に仕事モードといった感覚で、ものすごく洗練されたデスクに未来風なインテリアの数々。パソコンだって何台も置いてあって、品の良いネットカフェみたいな構成。ある年配の方などは、ノスタルジックな部分に訴えかける古めかしい構成。古き良き昭和の時代といった貫禄すら感じる構成、それぞれの特色を活かし、ちょっと度が過ぎるんじゃないかと思うほど骨肉の競争が繰り広げられているのです。

それに引き換え、僕の個室はどうなってるのかといいますと、それはそれは酷いものがありまして、もうゴミと書類とコーラのペットボトルとエロ本が散乱。散乱じゃなくて産卵で勝手に繁殖してるんじゃないかと疑いたくなるカオス溢れる状態になっているのです。ちょうど、狼に育てられた少年に部屋を与えたらこうなんじゃないかと言いたくなるほどの酷さ。黒人がやる落書きみたいなジャカジャカさがありますからね。

当然ながら、他の同僚の個室が羨ましくて羨ましくて、チャンスさえあれば居直り強盗のヨロシクで乗っ取ってやろうとか思うのが当然かもしれません。それこそ、こんな荒んだ個室で仕事をしているのですから、隣の芝生は青く見えて羨ましく思うのは当然、そう思うのですが、これがまた不思議と羨ましくなんかない。それどころか、あんな素敵な部屋で仕事をするヤツなんてクソ、仕事ができないから部屋に入れ込んでやがる、と心の中で罵倒する始末だ。

思うに、隣の芝生が青く見える、それは自分の芝生だってそこそこイケてるじゃん?と思う気持ちと、芝生では負けたくない、と思う気落ちがあって初めて生じるものなんじゃなかろうか。自分の庭に死体が埋まっている人は隣の芝生が青くたってあまり羨ましくないし、それより自分の庭が掘り返されるんじゃないかと気になってしょうがない。そもそも庭に無頓着でノラ猫の交尾場所と化してるような人は羨む気持ちの欠片すら存在しない。自分の芝生がやや青くそれがご自慢だからこそ隣の芝生が青く見え悔しいんじゃないだろうか。

だから、僕は最初から個室という面では諦めきっているので同僚の個室を見ても羨ましくも何ともない。もっと端的に言うとゲーム差がありすぎて巻き返せる気がしない。9月くらいに定位置に収まる広島カープの気分だ。

そんな心境でゴミの中に埋もれていた先日、ちょっとした用事があって同僚の個室を訪れた。確か、賃上げ要求みたいな血気盛んな書類に署名をするために回覧板の要領で書類を回していたのだけど、順番的に普段付き合いのない同僚の部屋に持って行くことになったのだ。

ドアをノックし、同僚に招き入れられると我が目を疑う光景が広がっていた。これは自分の個室かと目を疑うほどのゴミの山。パッと見たところ、コンビニの袋のカスから弁当の容器、空きペットボトル、どう考えても仕事に直結しないムシキングのカードみたいなものまで産卵してやがる。僕が言えた義理じゃないけど、コイツはちゃんと仕事してるのか。

どう見ても僕の個室とドッコイドッコイ、もしかしたらまだ自分の方がマシかも、と思わせるような個室なのですが、同僚の彼がある行動に出た瞬間、その考えは瞬時に消え去ってしまったのです。

「ああ、また署名?いい加減うんざりだよね」

そう言って物凄い爽やかな笑顔をする彼はとてもゴミ個室の主とは思えない。で、なにやら小洒落たティーカップに高級そうな紅茶を入れてくれる彼。その紅茶のカップも散乱している書類の上に置かれているのですが、その書類すら極上のコースターに見えてしまうほどの気品の高さ。もう、無性に気高い部屋みたいな印象を受けてしまうのです。

なんだなんだ、たかが紅茶でゴミ屋敷が気品高き貴族の部屋に変わるのか?不思議に思いつつ耳を澄ましてみると、なんだか格式高いクラシックの調べが聞こえてくるではありませんか。大きすぎるでもなく小さすぎるでもない、絶妙な音量で優雅なクラシックが流れてくるのです。

もうね、衝撃でしたよ。後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が走りましたよ。ゴミ屋敷がクラシック音楽とアフタヌーンティーだけで優雅な空間に早変わりとは。鈍器で殴られた衝撃どころか、そのまま失神してさらに首を絞められて、バラバラにされて山間部に遺棄された、しかし容疑者には死亡推定時刻の時間帯にアリバイがあって、13時04分上野発の特急に乗れないと犯行は不可能、そこで魔の時刻表トリックがあって、シベリア超特急の晴男さん並の名推理&名演技、実はほとんどの乗客が犯人だったくらいの衝撃でしたよ。

とにかく、自分と同程度のクズだった同級生の下山君が自衛官として立派にやってるという小粋なニュースを聞いた時のような、そんな気分に駆られました。同じゴミ屋敷個室なのに、同じクズなのに、クラシックがあるというだけでこんなにも格式高い雰囲気になるだなんて。

僕の中で同僚の部屋が一気に青光りし始めた瞬間でした。マジでヤツの芝生は青すぎる、羨ましいほどに青すぎる。他の素敵な部屋はゲーム差がありすぎてどうでもいいのだけど、この部屋は同じクズじゃないか、なのにこんなに格式が違いやがる。急に手の届く範囲に出現した同僚の部屋は僕の芝生魂に火をつけました。

こうなったら、僕も部屋にクラシックをかけるしかない。

思い立った僕は書類を渡すと、出された紅茶に手もつけずに我が個室へと舞い戻りました。あいにくCDプレイヤーなどという文明の利器はないのだけど、僕にはパソコンがある。このパソコンにスピーカーを繋いでクラシックをかければ一気に格調高い部屋にジョブチェンジ。ヤツだってギャフンと言うはずだ。

しかしながら、ここで大きな問題が発生。あいにく、僕はクラシックの曲を全く持ってないはず。デスクの中や車の中にあったCDに思いを巡らせてみるのですが、どう考えても大塚愛のCDしか存在しない。それでも必死に車内を捜索していたらWindowsのインストールディスクだとか家計簿マムのディスクとかが出てきました。こんなん格式高くない。というか、なんで家計簿ソフトがあるんだ。

どうしよう、このままでは僕の部屋はゴミのままだ。憎きアイツに負けてしまう。何かに追い詰められるかのようにCDを探す僕。すると、途方もなく格式高いクラシックのCDが出てきたのです。諦め半分で探してたのに、まさか本当にクラシックのCDが出てくるとは。

そのCDには何故か手書きの注意書きで「名歌手18人による魔王熱唱」と書かれていました。うちの閲覧者さんにお会いした際に頂いたCDなのですが、どう考えても頭に水死体が詰まってるとしか思えないCDを頂いてしまったのです。

以前に僕は、魔王というクラシックの素敵な曲の思い出について日記に書き綴り、「お父さん、お父さん」の部分と「タエヌ」の部分が最高にキャッチーでロックだぜと表現したのですが、それが悪い方向に作用してしまったみたいで、こんなCDを僕にプレゼントしてしまうという奇行に走らせてしまったのです。「魔王」のCDならともかく、「名歌手18人による魔王熱唱」ですからね、頭が可哀想と言う他ない。

とにかく、魔王だってクラシックです。これで格式高い部屋を手に入れることができる!と部屋に戻ってCDをセット。絶妙の音量で聞き始めたのです。

最初にCDを見た瞬間、18人での魔王熱唱?何か合唱でもしてるのかな?それはさぞかし迫力あるぞ、と思ったのですがどうやらそれは大いなる見当違い。なんと、18曲全部魔王ばっかり入ってやがるのです。歌手を変えて18回魔王をリピートしてけつかる。いい加減にして欲しい。

しかしまあ、リピートかける必要なく18回も聞けてお得だね、とひどく前向きでポジティブな思考を曝け出し、なんとか優雅になったはずの我が部屋で仕事をしていたのですが、どうしても優雅じゃない。同じクラシックなのに魔王には優雅さの欠片がない。それどころか、どうしても「お父さんお父さん」の部分で笑ってしまって仕事にならず、しばらくすると「タエヌ」の部分は聞かないように耳を塞ぐようになってました。聞いてしまったら笑って仕事にならない。

1曲単体でも非常に笑えるのですが、常にリピートされてるとさらに笑える度は倍増。おまけに原作バージョンでは飽き足らず日本語バージョンまで混ぜて聞くようになったからさあ大変。書類に書く字がプルプル震えて大変なことになってました。全然格式高くない。

おかしい、おかしい、こんなはずじゃない。本当はもっと格式高くて葉巻を吸うような空間になるはずなのに、ゴミの山がガウディに見えてもおかしくないはずなのに、今は魔王が何か言ってるように見えて仕方ない。しかもそんな自分に自分で「なあに、あれはゴミのざわめきじゃ」とかフォローしてるのがおかしい。面白いという意味のおかしいじゃなくて、狂ってるという意味でおかしい。頭おかしい。

やはり魔王じゃダメなのか、魔王じゃ格式はあがらないどころか面白いのか、クソ、ヤツの部屋が眩しすぎるぜ、青すぎるぜ、と曲の切れ目に心なしかスピーカーの音量を上げたその時でした。

コンコン、「こんにちはー」

と僕の個室に来客ですよ。

「今ですね、ちょっと聞き取り調査していまして」

詳細を書くと色々と問題があるのですが、なんでも本部の偉い人の査察みたいなのがあったらしく、末端の構成員の中から僕が聞き取り調査の対象として選ばれたみたいで、なんか抜き打ちで予告なしに調査員さんが来たんですよね。もちろん、この調査員さんもけっこう偉い人なのですが、瞬時にヤバイって思いましたね。

こんなゴミのような個室で仕事してるなんて実態がお偉い人に知られたらクビとまではいかなくても相当にリスキーであるのは明白です。現にお偉いさんも

「えーっと・・・いつもこの部屋で仕事を?」

と部屋の乱雑さがけっこう気にかかってる様子。やべーなーと思ってたその瞬間ですよ。

ジャジャジャジャジャジャッジャッジャーン!

この特徴的でアグレッシブな前奏は、ま、まさか・・・!?

ええ、曲と曲の間で切れていた魔王が再び演奏を始めやがったのです。おまけにちょっと音量大きめ。しかも間が悪いことに日本語バージョン。

「ではですね、職場環境についてお聞きしますが、現在の環境には満足していますか?」

前奏なんてお構いなしに聞き取り調査を始める調査員。話をしている場所からPCは遠いので今更演奏を止めに行くのも不自然だ。

「ええ、大変満足しています」(お父さん、そこに見えないの 魔王がいる 怖いよ)

「そうですか。では上司からパワーハラスメント的なことを受けた経験はありますか?」

「ないですね、みんな優しい方ばかりです」(お父さんお父さん、聞こえないの 魔王が何か言うよ)

「昇進に関して、あの昇進は不公平だ、もっと公平にして欲しいと思うことはありませんか?」

「ないですね。皆さん有能な方が昇進されてると思います」(お父さんお父さん、それそこに 魔王の娘が)

「なるほど、年配の方の昇進にも納得してると」(坊や坊や、ああそれは、枯れた柳の幹じゃ)

「はい」(かわいいやいいこじゃのう坊や、じたばたしてもさらってくぞ!)

「ありがとうございました。他に質問したいことがあったら後日メールします」

「はい、わかりました」(子はすでーにーいーきー タエヌ)

とまあ、調査員の人と僕の会話の無言時間(調査員の人がメモを取ったり僕が返答を考えたりしていた)に絶妙に魔王の歌詞が入ってきやがるもんだから、けっこう真面目で重要な調査なのに途中で何度もブホッって笑いそうになった。微妙に内容にマッチしてるんだかしてないんだか分かんないのが殺傷力が高かった。

手の届きそうな青い芝生に憧れて個室にクラシックを流したまでは間違ってなかったのですが、それが魔王だったのがそもそもの敗因。格調高い個室に憧れただけだったのに、何も凄い個室じゃなくて、ゴミながらも格調が高い、手の届きそうなものに憧れていただけなのに、手の届く青い芝生に憧れていただけなのに、とんでもない大失態を演じてしまいました。

詳しい内容は知りませんが、おそらく「部屋が汚い」「仕事中に音楽聴いて遊んでる」「半笑いしながら返答、不真面目」とか調査員から上司に報告がいったのでしょう、上司が僕の個室に怒鳴り込んできて大変しっぽり起こられました。

青い芝生に憧れる向上心は、最初から諦めてる人よりも素敵なことです。しかしその方向性を間違えると芝生を青くするどころか怒られて自分の顔が青くなります。気をつけましょう。

「こんなゴミだらけの部屋で仕事するな!」

怒りのアフガンと化している上司に怒られながらも、僕は心の中で魔王を歌い、「お父さんお父さん、魔王が何か言うよ」と一人で格調高い気分に浸っていましたとさ。隣の部屋の魔王上司は怖く見えるね。


参考リンク
http://www.ongakushitsu.net/NENPYO/04/SCHUBERT/TUNES/erlkonig.html