絶対に負けてはいけない。負けてはいけないのだ。ワンルームのアパートに据え付けられたキッチンとは呼べない粗末な流し台の前に佇み、蛇口をひねる。程なくしてカラカラと耳障りが良く、それでいて聴きなれないサウンドが聞こえる。その異様な音に耳を傾けながらpatoは決意した。
勝ち負けにこだわることは人生を面白くするが、勝ち負けだけにこだわることは人生をつまらなくする。patoはその言葉はひどく当たり前だと常々思っている。人生は勝ち負けがあり、いつも負けてばかりでたまに勝つから面白いのだと自らを鼓舞する際に言い聞かせていた。
全てをこだわるのは愚かなことだけど、ここだけはこだわってやろう、ここだけは勝敗にこだわってみよう、patoは心に決めていた。蛇口の前で自分自身に向けてそう決意表明するのだった。
patoはもう31歳だ。今年の夏に32歳になる。そろそろ職場にやってくるヤクルトのオバちゃんに「28歳です」と何の得にもならない嘘をつくのが苦しくなってきた年齢だ。かつての同級生達が家庭を持ち、出世をしていき、それなりに温かい家庭を築いていく中、歴然たる敗北を痛感していた。気分は敗残兵だ。
きっかけは古い友人からの連絡だった。突如アパートに届いた古い友人からの便りには、笑顔で佇む友人とその奥さん、生意気そうな子供が2人写っていた。その写真の下にはボールペンで小さく、「ブログ始めました」とURLが記載されていた。
アイツが家庭を……!?それもこんな幸せそうな家庭を……!?
様々な想いが脳裏を駆け巡る。この幸せそうな写真に心霊の一つでも写っていないかと目を凝らしたが、当たり前にそういったものも存在しなく、正真正銘、見紛うことなく幸せファミリーの写真だった。
焦る気持ち、震える指先を抑えてパソコンに向かい、ハガキに記載されたURLにアクセスする。「○○のキモチ」と思いっきり友人の本名が記載された冠番組ならぬ冠ブログが目に飛び込んできた。何がキモチだ、七回死ね。そして、思いっきり行間を空けて書かれたスカスカの文章は、明らかに僕の心の中のコアな部分を侵食していった。
親からの支援があったものの一戸建てを建てたこと。将来はこの部屋を区切ってマサシとコウヘイの子供部屋にしますとも書いてあった。職場で出世し、責任ある立場になったという緊張と共に決意ともとれる文章。子供が生まれた際の涙の感動回顧録。休日は家族でドライブに行く、この間、同級生とバーベキューしました。そこには「Numeriつまんない」とか掲示板に書かれるより心臓に悪い文章たちが所狭しと踊っていた。
こいつは悪質なインターネットだ。どんな闇サイトより詐欺サイトより違法サイトより学校裏サイトより、こういった同級生のブログこそ悪質だ。政府は本腰入れて取り締まるべきだ。patoは誰に聞かせるでもなくひっそりと呟いた。
そんなpatoの周囲を見回すと、うず高く積まれたゴミの山、家族のように常に寄り添うエロ本の山、エロ本の一戸建てだ。休日は寝たりパチンコしたりしているうちに一日が終わる。どうしようもない、丸っきり負け組みの姿がそこにあった。
「負けちゃったね、pato」
どこからかそんな声が聞こえる。幼き日、想像した自分はどうだったろうか。ただ漠然と何らかの素敵な未来を想像していたに違いない。21世紀の未来は車が宙を飛んでいて人々が透明なチューブの中を移動しているに違いない、そう思うと同時に漠然と未来の自分を思い描いていたはずだ。今、自分はその場所に立てているのだろうか。過去の自分が今のpatoを見たらムチャクチャ怒るんじゃないだろうか。考えれば考えるほど呼吸が苦しくなり、なんだか喉がカラカラと音を立てそうなほどに渇いてきた。
急いで流し台に走り、コップを手に蛇口をひねる。水でも飲んで気を落ち着かせないとやってられない。気を落ち着かせないとあまりのストレスに小学生チャットを荒らしにいってしまいそうだ。patoはありったけの力をこめて蛇口をひねった。
カラカラ
多くの人はご存知ないだろう。いや知りたいとも思わないだろう。水道を停められた状態で蛇口をひねると、もちろん水なんてこれっぽっちも出ないのだけど代わりにカラカラと音がする。それはそれは心地良い音がするのだ。水道管の奥深くから蠢くような乾いたサウンドが聞こえる。本当に空だから乾いたカラカラサウンドを聞かせる、水道局もなかなかトンチが効いてやがる。
「バカな、水道まで停められたというのか……?」
ハッキリ言って水道を停められるというのは余程の事態だ。電気、ガス、電話、ネットを停められるってのはほんの序の口、スキーでいうボーゲンみたいなものだ。しかし、最後のライフラインであるところの水道は違う。水道停めたら死ぬかもしれんなという仏心が働くのか、本当に本当、どうしようもない事態に陥らない限りなかなか給水停止とはいかない。スキーでいうと美女と遭難して山小屋で裸になって抱き合うくらいのレベル、水道停止にはそれだけの価値がある。
いくらひねっても水は出てこない。急いでゴミの山を確認すると「給水を停止します」という水道局からの脅迫文が紛れ込んでいた。そんな絶望的、四面楚歌の状態でpatoはニヤリと笑った。
「面白くなってきたじゃないの。絶対に負けてなるものか」
人生の勝ち組となった同級生の写真ハガキ、その幸せを綴ったブログ、かたや水道を停められるレベルの負け組みの自分に、アホなことばかりを綴ったNumeriというテキストサイト。全てが圧倒的に負けている中でpatoは勝負魂を燃やしていた。負けてなるものかと自らを鼓舞したのだ。
「負けてなるものか、水道局め!」
その相手は同級生にでも、人生についてでもなかった。ましてや巨大な何かでもなかった。ただ見当違いに水道局に向かって闘志を燃やしたのだ。明らかに何かを大きく逸脱している。
水道料金を滞納し、それが許せないレベルまで達したので停められるのは仕方のないことだ。停められるのなんて人間のカスだし、わざわざ停めに来た水道局の人を思って平身低頭謝らなければならないと常々思っている。しかし、そこで絶対に譲ってはいけない勝負のアヤが存在するのだ。
「水道を停められたからといって急いで水道料金を払ってはいけない」
多くの人は水道を停められると焦る。本当に焦る。なんとか水道を出してもらおうと急いで料金を支払い、頼む、早く復活してくれ!と蛇口の前で祈るはずだ。しかし、それは水道局の手の平で踊らされているに過ぎない。もう、圧倒的な負け組みと言わざるを得ない。水道を停められるだけでも負け組みなのに、それ以下の負け組みと言わざるを得ない。
逆に停める側、水道局サイドの人はどう思うだろうか。水道を停めたらいきなり水道料金が払い込まれた。「やりい、やっぱ水道停められるのはきつかったか!すぐに払いおったぞあのクズめ!ベロベロバー」くらいに思うかもしれない。これはもう負けを認めるようなものだ。停められたからといってすぐに払ってはいけない、それはもう負けを認め平伏したに等しいのだ。
もちろん、人道的、道徳的、社会的体裁、全てを加味してあらゆる面から見てもすぐに払う、申し訳ないと謝るのが普通なのだけどどうしても譲れない勝負がそこにあった。人生には負けた。同級生にも負けた、後輩のほうが先に出世したし、ついでにパチンコにも負けた、けれどもここだけは負けちゃならねえ、こうなったら勝負だ、どっちが根負けするか勝負だ!水道局!こうして、patoのアパートの水道を使わない孤独な勝負が始まったのだった。
水道停止から1週間。
大した問題はなかった。どうせ飲料水なんてコーラで代用できる。洗濯はコインランドリーでできる。風呂なんて健康ランドに行けば死ぬほど入れる。もしかして家に水道なんていらないんじゃないの?そんな余裕すら感じられた。
水道停止から半月。
そろそろ限界に近い。飲料水、洗濯水、風呂水、その辺は全く問題がないのだけど問題はトイレの水だ。もちろん、水道を停められると水洗トイレの水も流れない。基本的に垂れ流し、これを読んでる人で食事中の人がいたら本当に本当に、不快な気持ちにさせてしまって愉快なのだけど、茶色い水がモンマリと便器に溜まった状態になる。匂いが凄い。明らかに管理されていない公衆便所の匂いがする。
水道停止から1ヵ月。
トイレの匂いが最強レベル。トイレだけに止まらず、部屋の中にまで漂ってくる始末。部屋全体が公衆便所。寝ていても公衆便所、飯食っていても公衆便所。心が折れそうになるも、負けてなるものかと固く決意する。これ以上のトイレ使用はやばそうなのでペットボトルにし始める。
水道停止から1ヵ月半。
匂い、ついに部屋の外へ。通路を歩いているだけで漂ってくる公衆便所スメル。不審に思ったアパートの管理会社がついに「アパート全体に異臭がしています。入居者各自でトイレ等の点検をしてください」などと異例の張り紙がされる事態に。そろそろマズいと思いつつも、負けてなるものかと唇を噛み締める。
水道停止から2ヶ月。
匂いに慣れる。周りの住人的にはたまったものじゃないだろうけど、もう慣れてしまったので全然楽勝。公衆便所臭い?ふーん、って感じ。水道なんてなくても2ヶ月も生きていける。これはもう勝利だろうと確信する。洗濯も風呂も無理なのでいつものようにコインランドリーに行って健康ランドに行くことに。
このまま2年くらい水道出なくても全然困らないよ、大勝利じゃん、などと鼻歌混じりに健康ランドの湯船に浸かる。いつもは体洗って湯船に浸かったらすぐに帰るのだけど、今日は2ヶ月も水道無しで生きられて気分が良い、いっちょサウナでも楽しむかと湯船を上がって意気揚々とサウナへ。
サウナの中には20人くらい人がいて、主にオッサンを中心に修行僧みたいになってダラダラ汗を流している。僕はこのサウナの息苦しさっていうか、ムーンと肺に来るプレッシャーみたいなのが苦手で5分といられない。それどころかサウナの何が楽しいのかサッパリ分からない。入ってみるもののやっぱりダメみたいですぐにギブアップ、もう帰ろうかと支度をする。するとサウナの横にあったある看板が目に留まった。
「蒸気風呂」
蒸気によって発汗を促します。サウナが苦手な人でも大丈夫。そう書いてあった。これならいけるかもしれない、サウナはダメだったけどこれならいける、意気揚々と蒸気風呂へ。
入ってみると、やはり蒸気風呂と銘打つだけあって蒸気がものすごい。入った瞬間にムーンと蒸気が押し寄せてきて部屋全体が暑い。中には先客が2人いるみたいで、一人はバーコードハゲのオッサンが汗をダラダラ流し、もう一人はボクサーみたいな若者が瞑想をしていた。
中は本当に蒸気だけ出るようになっていて、そこに4つ石の椅子が置かれている。それ以外に何もなく照明も暗い。テレビやなんかが置かれて人も多いサウナに比べるとあまりにも暗くて寂しい。けれども、息苦しさもさほどでもなく、確かに蒸し暑いけどこれなら我慢できると睨んだ僕はちょうど先客の間に置かれた椅子に腰かけた。
これならある程度我慢できるだろう。よし、勝負だ。僕は先客2人より長い間この蒸気風呂を我慢してみせる。絶対に負けない。心の中でそう決意し、勝手に勝負魂を燃やす。
30分経過。
バーコードもボクサーも微動だにしない。僕はもう限界に近くて汗をダラダラ流して大変な状態だった。はやく出ろよコノヤロウ、などと心の中で唱えていた。そこには負けられない戦いがあった。
45分経過。
ついにバーコード動く。「うひゃあ、暑い暑い」とか言いながらチンチンをブラブラさせて蒸気風呂から出て行った。ついに勝利。残すはボクサーを倒すだけだ。
50分経過。
異常発生。なにやらボクサーの動きがおかしい。
いや、ボクサーは動いてなくて、相変わらず下を向いて微動だにしていないのだけど、明らかに何かがおかしい。何か変だと思いながらよくよく見てると、ジリジリとこっちに動いてきていた。意味が分からない。
55分経過。
とんでもないことを発見する。1分間に数ミリくらいのオーダーで僕に近づいてくるボクサーをチラチラと見ていたのだけど、その股間が明らかに大変なことになってる。フルチャージで勃起してやがる。フェイスタオルで股間を隠していたのだけど、そんなの意味ないぜって言わんばかりダイナマイトしていた。その立ちっぷりや、そびえ立つソビエトみたいな感じ。意味分からんけど。
とにかく大変なことになった。今やこの狭くて仄かに暗い蒸気風呂の中で僕とボクサーは2人っきり、しかも相手は勃起してやがる。ジリジリと僕に近づいてきやがる。ここは大事をとって逃げ出したいのだけど、彼より先に蒸気風呂から出ることは敗北を意味する。徹底的に勝負にこだわっている僕はこんなところで負けるわけにはいかない。
もしかしてこの蒸気風呂だけ目立たない場所にあって暗いのは理由があるんじゃなかろうか。じつはここはホモのハッテン場とかになっていて、それがユーザーの間では暗黙の了解。だからさっきのバーコードも妙にソワソワしていたんじゃなかろうか。そんなところにやってきた僕、これはもう貫かれてしまうんじゃないだろうか。逃げ出したい、今すぐ逃げ出したい。でも勝負に負けるわけにはいかない。
ビクビクしているとボクサーが動いた。
「ふぃー!」
安堵の呼吸をしておもむろに立ち上がる。あまりの事態に驚いた僕は
「ヒィ!」
と意味の分からない悲鳴を上げていた。相変わらずボクサーはギンギンだ。まるで僕に見せびらかすように己のマグナムを見せ付けている。それを見た僕がウットリするとか思ってるのかもしれない。
しかも恐ろしいのは、立ち上がったボクサーが蒸気風呂から出て行くわけでもなく、その場でスクワットを始めたからさあ大変。フンッフンッ!とか上下に動くボクサー、おまけにギンギンですよ、歩く電動こけしみたいな状態になっとった。これはもう盆と正月が一片に来て、ついでにお婆ちゃんにも生理が来たみたいな状態ですよ。
これは不器用なボクサーの愛情表現!求愛行動!そうとしか思えない僕は恐怖に震え、もうボクサーの方を見ることも出来ず、俯きながら「ごめんなさいごめんなさい、許してください、水道料金もちゃんと払います、弟のお金も返します、本もちゃんと送ります」神様に向かって必死の懇願。蒸気の中でスクワットするボクサーに体育座りみたいな状態でブツブツ呟く僕と、まあ知らない人が見たらすごいシュールな光景ですよ。おまけにボクサービンビンですからね。
結局、あまりに激しいスクワットのためにフェイスタオルがハラリとめくれて僕の眼前に落ち、それをボクサーが「おっとっと」とか言いながら照れくさそうに拾いに来た時点であらゆる意味で限界と感じ、そそくさと逃げるように蒸気風呂から出たのでした。歴然たる敗北。
寒さではない、恐怖でブルブルと震える僕は、圧倒的な敗北感を胸に家路へとつき、大人しくコンビニで水道料金を払ったのでした。もうこんな何の意味もない無益な勝負に熱中しない、そんな意思表示でした。間違った勝負だけはしちゃいけねえ、部屋は臭いわ怖い思いするわ何も得るものがねえ。
人生とは勝負の連続です。勝つこともあるでしょう。負けることだってあるでしょう。その勝敗にこだわることは人生という退屈なクソゲーを面白くしてくれます。僕のように勝負どころを間違わず、もっと有益な部分で勝敗にこだわってみる、それこそが極上のスパイスなのです。負けたっていい、勝てる部分で勝てばいいのです。
件の同級生のブログ、人生レースの敗北という辛酸を味わされた悪魔のブログですが、人生では負けたけどインターネットでは負けないぜ!俺、インターネットは得意なんだ!負けないぞ!とそのブログに
「久しぶり!高校の時同級生だった○○だよ!この間健康ランド行ったらボクサーみたいなホモにギンギンのチンコを見せつけられたよ!怖かった!」
と全てのエントリーにコメントにしまくってたら、「このブログは子供もみるのでそういう書き込みはご遠慮ください」とひどく他人行儀なメッセージと共にアクセス禁止にされました。インターネットでも負けた。その横でトイレ代わりに使っていたペットボトルが腐臭を放ち始めていた。